婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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4-3:書庫の魔導具と記憶の棚

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 図書館の書庫は、いつも静かで、少しひんやりしている。

 紙の香り、古い革装丁の重厚な存在感、かすかに揺れる埃――そのすべてが、私にとって心地よい「世界」だった。そこには余計な雑音もなく、ただ言葉と記憶だけが静かに積み重なっていた。

 けれど今日は、いつもと少し違っていた。

「この棚と、あちらの棚の湿度調整が不安定でね」

 そう言って、館長のエルネスト氏は、私に一冊の薄い手引書を差し出した。

「これは、図書館の環境制御魔導具の説明書だよ。クラリス嬢には、そろそろ任せてみようと思ってね」

「わ、私に……ですか?」

「君ならできる。君は、“この場所”の空気を読める人だ」

 彼の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。信頼というものが、こんなにも静かに心を震わせるのだと初めて知った。

 そうして私は初めて、書庫の隅にある小さな制御盤の前に立った。

 青と緑の魔導石がはめ込まれた板には、見慣れない文字と刻印が並ぶ。手のひらに触れる金属は冷たく、それでも不思議と心は落ち着いていた。

 少しだけ指先が震えた。でも、それは“怖さ”ではなかった。

 “責任”を任されたことへの、誇らしさだった。

 私は書を読みながら、慎重に魔導具の操作を試みた。石の色がゆっくりと淡く光を灯し、刻印が微かに脈打つ。

 ――次第に、空気がすうっと柔らかくなるのを感じる。

 まるで、棚が呼吸を始めたように。書物たちが静かに安堵しているような、そんな気さえした。

「……うまくいった、かな?」

 ぽつりとつぶやくと、誰かの気配が背後にした。

「上出来だと思いますよ」

 振り返ると、そこにはリュカがいた。

「調整後の空気の流れが穏やかになった。あなたらしい手順ですね」

「……見ていたんですか?」

「ええ。静かに、ね。邪魔しないように」

 その声は、まるで書庫の一部であるかのように自然だった。

 私が手を止めると、リュカは書棚のひとつをそっと指差した。

「この棚の上段に、少し珍しい写本があります。内容も独特で……たしか、亡き恋人への手紙形式だったかな」

「……手紙、ですか」

「大切な人を失った者が、言葉にできなかった思いを綴る……そんな本でした。少し切ないけれど、美しい話でしたよ」

 私は無意識に、胸元に手を置いた。

 言葉にできなかったもの――それは、私の中にもあった。

 伝えられなかった後悔、見返してほしかった過去、心の奥に仕舞ったままの痛み。

 誰かに届くことなく、けれども確かにそこにあった感情。

「……読みたいです。その本」

「ええ。きっと、クラリス嬢の心にも何かを灯してくれると思います」

 そう言ったリュカの声は、まるでその本の語り部のようだった。

 書庫の空気は、今、穏やかであたたかい。

 本と人、そして想いが静かに交差するこの場所で、私は自分の記憶の棚をそっと開けていた。

 いつか伝えたいと願っていた言葉たちが、ページの間から静かに目を覚まし始めていた。
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