婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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4-4:焼き菓子の午後、木の葉の影で

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 図書館の午後は、穏やかだった。

 高い窓から差し込む陽光が、閲覧室の床にやわらかな光の帯を描いている。そこには数名の常連が静かに本を開いていて、時折ページをめくる音だけが心地よく響いていた。

 私は午前中のカウンター業務を終え、リリアと一緒に休憩を取ることになった。

「はい、できたてです」

 リリアが布に包まれた小さな籠を差し出してくる。中には、彼女の手作りと思しき焼き菓子が数種類、色とりどりに並べられていた。

 アーモンドの香ばしい匂いがふんわりと漂い、それだけで心がふっとほどけるようだった。

「いつも、ありがとう……」

「ううん、クラリスさんと一緒に食べるのが楽しみなんです」

 そう言って笑う彼女に、私も自然と微笑みを返していた。

 私たちは図書館の裏手、大きな楡の木の下に腰を下ろした。春先に新芽をつけ始めた枝葉が、優しく陽射しを和らげてくれている。足元には野の花がそっと咲き、風が吹けば葉がさらさらと揺れて心地よい音を立てた。

「アシュベリーって、静かだけど、なんだか安心する町ですね」

 私が思わずこぼしたつぶやきに、リリアはにこっと笑って頷いた。

「そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいです。子供のころからずっと住んでる町だから、そう言ってもらえると、自分のことみたいに誇らしくて」

 私は、その言葉に小さく微笑み返す。

「……以前は、こういう時間を過ごすこと、あまりなかったんです」

「王都では?」

「ええ。社交の場は賑やかで華やかだったけれど、どこか息苦しくて。いつも誰かの視線を気にしていて、本音を話すことなんてほとんどなかったように思います」

「クラリスさんって、ゆっくり話すから、静かな場所の方が似合う気がします。落ち着いてて、安心できるというか……」

 その素直な言葉に、私は思わず頬を少し染めてしまった。

「でも、そんな“ゆっくり”な私が、“退屈”って言われたんです」

 不意に、あの記憶が口をついて出た。自分でも驚くほど、あっさりと。

 リリアは驚いたように目を見開き、それからゆっくりと首を振った。

「退屈なんかじゃありません。クラリスさんのお話、私は大好きです。優しくて、静かで、でもちゃんと中に熱があって……そんな風に話せる人、なかなかいませんよ」

「ありがとう……ございます」

 その瞬間、胸の奥にあった小さな棘が、すうっと溶けていくような気がした。

「それに、リュカさんもきっと……」

「えっ?」

「いえ、なんでも!」

 リリアは慌てて目を逸らし、焼き菓子にかじりついた。サクッと心地よい音がして、笑いそうになるのを私は堪えた。

 頬を赤らめたその横顔を、私は少しだけ羨ましく、そして心からありがたく思った。

 誰かと向き合うことは、怖くもあるけれど、同時に救いにもなる。

 この町で私は、ようやくそれを知り始めたのかもしれない。

 木の葉の影が、午後の光に揺れている。

 その優しさの中で、私は焼き菓子の甘さと、心のあたたかさをゆっくりと噛みしめていた。
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