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5-1:王都の影、静かな問いかけ
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静けさに包まれた図書館の閲覧室で、私は貸出記録の整理をしていた。
リリアが貸し出しを担当し、館長は今日は町役場との打ち合わせに出ている。
だから今日は、閲覧室の一角が少しだけ、私たち二人の世界になっていた。
ふと、カウンターの向こうに、いつもの青年の姿が見えた。
「……こんにちは、クラリス嬢」
「リュカさん。いらっしゃいませ」
丁寧な挨拶を交わす――それは日常の一部になっていたけれど、今日は少し、彼の表情が硬いように見えた。
「この本を探していて。アシュベリーにあるとは思っていなかったけれど」
リュカが差し出したのは、一冊の古い目録だった。
『エルミントン王国と周辺諸国の交易史』――地味だが資料価値の高い本。
そしてその目録には、王都中央図書館の蔵書印が押されていた。
「……どうして、王都の本が?」
思わず、私はそう口にしていた。
「一部の貴族が“調査のため”と称して持ち出し、返却されなかった本らしいですね。アシュベリーに回されたのは偶然のようですが……」
その言葉に、私は小さく息を呑んだ。
あまりにも自然に――“王都の内部事情”を語るその口調が、まるで当事者のようだったから。
「……リュカさんは、王都のことにお詳しいんですね」
「……そうですね。少しばかり、縁がありましたので」
彼は柔らかく微笑んだが、その瞳の奥に、わずかな緊張が宿っていた。
「クラリス嬢」
「……はい?」
「王都を離れた理由を、お聞きしても?」
リュカはそう問いかけてきた。
穏やかで、無理強いではない。それでも、その声は真剣だった。
私は、黙って視線を本へ落とす。
けれど言葉は、不思議と自然に口をついて出ていた。
「……私は、“退屈な女”だと、言われたんです。婚約者に。社交の場でも、家の中でも……居場所がなくて」
「…………」
「本だけが、私にとっての“会話”でした。だから、ここに来たんです。せめて、書の中で誰かの役に立てたらと」
少しだけ、笑ってみせた。強がりでもなんでもなく、今の私は、それを「過去」として語れるから。
すると、リュカが静かに言った。
「クラリス嬢」
その声には、深い響きがあった。
「あなたの言葉は、誰よりも美しくて、誰よりも静かで、……そして、誰よりも力強い」
私は、目を瞬かせた。
思いもよらぬ言葉に、胸の奥が、じんとあたたかくなる。
「……そんなふうに、思ってくれる人がいるなんて」
「思っているだけではありません。私には、あなたの声が、確かに届いています」
その声に、嘘はなかった。
その目に、見栄も虚飾もなかった。
そして私は、まだ知らない。
この人が何者なのかを。
でも、それでも――
私は、初めて“心の一部”を、他者に預けた気がした。
リリアが貸し出しを担当し、館長は今日は町役場との打ち合わせに出ている。
だから今日は、閲覧室の一角が少しだけ、私たち二人の世界になっていた。
ふと、カウンターの向こうに、いつもの青年の姿が見えた。
「……こんにちは、クラリス嬢」
「リュカさん。いらっしゃいませ」
丁寧な挨拶を交わす――それは日常の一部になっていたけれど、今日は少し、彼の表情が硬いように見えた。
「この本を探していて。アシュベリーにあるとは思っていなかったけれど」
リュカが差し出したのは、一冊の古い目録だった。
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そしてその目録には、王都中央図書館の蔵書印が押されていた。
「……どうして、王都の本が?」
思わず、私はそう口にしていた。
「一部の貴族が“調査のため”と称して持ち出し、返却されなかった本らしいですね。アシュベリーに回されたのは偶然のようですが……」
その言葉に、私は小さく息を呑んだ。
あまりにも自然に――“王都の内部事情”を語るその口調が、まるで当事者のようだったから。
「……リュカさんは、王都のことにお詳しいんですね」
「……そうですね。少しばかり、縁がありましたので」
彼は柔らかく微笑んだが、その瞳の奥に、わずかな緊張が宿っていた。
「クラリス嬢」
「……はい?」
「王都を離れた理由を、お聞きしても?」
リュカはそう問いかけてきた。
穏やかで、無理強いではない。それでも、その声は真剣だった。
私は、黙って視線を本へ落とす。
けれど言葉は、不思議と自然に口をついて出ていた。
「……私は、“退屈な女”だと、言われたんです。婚約者に。社交の場でも、家の中でも……居場所がなくて」
「…………」
「本だけが、私にとっての“会話”でした。だから、ここに来たんです。せめて、書の中で誰かの役に立てたらと」
少しだけ、笑ってみせた。強がりでもなんでもなく、今の私は、それを「過去」として語れるから。
すると、リュカが静かに言った。
「クラリス嬢」
その声には、深い響きがあった。
「あなたの言葉は、誰よりも美しくて、誰よりも静かで、……そして、誰よりも力強い」
私は、目を瞬かせた。
思いもよらぬ言葉に、胸の奥が、じんとあたたかくなる。
「……そんなふうに、思ってくれる人がいるなんて」
「思っているだけではありません。私には、あなたの声が、確かに届いています」
その声に、嘘はなかった。
その目に、見栄も虚飾もなかった。
そして私は、まだ知らない。
この人が何者なのかを。
でも、それでも――
私は、初めて“心の一部”を、他者に預けた気がした。
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