婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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5-3:過去を語る人、未来を願う人

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 図書館の閲覧室の片隅、午後の来客が引けた静けさの中、私はリュカと並んで資料を広げていた。

 彼が持ち込んだ王都の古文書の写本には、さきほど見つけた記号とよく似た図形がいくつも記されていた。

「この文様……やはり王家の書式ですね。かなり旧い形式ですが、間違いありません」

 リュカは落ち着いた声で言う。

 私はふと、指先で紙の端をなぞりながら、ぽつりとつぶやいた。

「……もしこれが、重要な文書だったとしたら。こんな辺境の町の図書館に紛れていたのは、なぜなんでしょうね」

「偶然とは思えませんね。何かの意図か、あるいは……忘れ去られることを望まれていたのか」

 その言葉に、少しだけ胸がざわめいた。

 “忘れられることを、望まれた存在”――まるで、過去の自分をなぞられるようで。

「……私、昔、家の中でも“見えない存在”みたいでした」

 言葉が勝手に零れていた。気を抜くと、彼の前では心の奥が緩む。

「本ばかり読んでる。空気が暗い。社交の場でもうまく話せない。だからって、誰かに迷惑をかけたつもりはなかったのに」

 リュカは何も言わず、ただそばにいてくれる。

 だから私は続けた。

「……婚約破棄のとき、“君の隣にいてもつまらない”って言われたんです」

 それは、笑って話せるようになったと思っていた記憶。でも、語りながら気づいた。胸の奥が、まだ少しだけ痛んでいることに。

「クラリス嬢」

 リュカの声が、ゆっくりと、私の傷の上にそっと触れるように響いた。

「私には、あなたの話が“退屈”だったと思ったことは一度もありません」

「……リュカさん」

「むしろ、あなたの視点や言葉には、私が知らなかった“美しさ”があります」

「……」

「その本質を見抜けなかった男は、愚かだっただけです」

 優しい声なのに、彼の瞳には、どこか許せないものを抑え込んだような鋭さがあった。

「あなたの過去が、どんなに理不尽だったとしても――」

 彼は、そっと手を差し出した。

「これからは、あなたの未来に、私が“在る”ことを許してもらえますか?」

 その手は、触れもしていないのに、温かかった。

 私の胸の奥で、なにかがほどける音がした。

「……はい」

 私の声は、小さく震えていたけれど、それは不安のせいではなかった。

 ようやく、“信じてもいい”と思えたから。

 人を。未来を。そして、何より――自分自身を。
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