婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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6-3:ささやかな日常と、守られる温もり

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 カイルの姿が図書館から完全に消えたのを確認すると、リュカは何も言わず、そっとティーカップを差し出してくれた。

 それは、リリアが休憩中に淹れてくれたカモミールティーだった。白い陶器のカップから立ちのぼる湯気は、どこか安らかな香りをまとっている。

「甘くしてあります。……今日は、そういう日ですから」

 湯気越しに見えるリュカの表情は、いつもよりもずっと穏やかだった。鋭さを秘めた目元も、今はやわらかな光を宿していた。

 私は「ありがとう」と小さく呟きながら、カップを両手で包み込むようにして持ち上げる。一口、静かに口に含んだ。

 ほんのりとした甘さが舌に広がり、心の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。まるで、張り詰めていた感情の糸がふわりと緩んでいくように。

「……どうして、あんなに冷静でいられるんですか?」

 ふと、私はそんなことを訊いていた。問いかけた自分に少し驚きながらも、声にはどこか頼るような響きがあった。

 リュカは少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐにふっと笑った。

「経験、でしょうか。それと――」

 彼は少し目線を逸らし、図書館の窓の向こうに視線を投げる。

 窓の外では、アッシュ川の水音が静かに流れていた。葉の擦れる音も、時折風に乗って聞こえてくる。

「大切な人が、不当な扱いを受けるのを見るのは、想像以上に胸が痛むものです。だからこそ、冷静にならなければと思ったんですよ」

 その言葉の中にある「大切な人」という部分に、私は思わず言葉を失った。

 熱いものが、喉の奥にゆっくりと込み上げてくる。けれど、リュカはそれ以上は何も言わなかった。ただ静かに、そばにいてくれた。

 図書館の午後は、いつもよりも静かだった。

 あの出来事があって以降、利用者たちの間にも「何か」が起きたという空気が伝わっていたのだろう。けれど誰もそれを言葉にせず、皆、静かに書物と向き合っていた。

 それでも、子供たちは無邪気に絵本を選び、大人たちは黙って古い書物に目を通している。

 そんな当たり前の光景が、どれほど貴いものか――今なら、はっきりとわかる。

「……今日の読書会、予定通り開催しますか?」

 リリアが小声で訊いてきた。彼女の手には、紙芝居と色鉛筆が用意されていた。

 私は頷いた。

「はい。こんな日だからこそ……いつも通りが大事だと思うから」

 夕方、図書館の児童室に子供たちの声が響く。小さな靴音、笑い声、ぱたぱたと走り回る足音。

 私は本を手に取り、優しくページをめくる。

 声を整え、読み聞かせを始めた瞬間――。

 私は、自分の中に残っていた不安や揺らぎが、少しずつ消えていくのを感じた。

 本と、子供たちと、私。

 そしてその背後には、変わらずリュカの温かな視線があった。

 私の居場所は、きっとここにある。

 そう、心から思えた。
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