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9-1:王宮の扉と、貴族たちの視線
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祝宴の日、王宮は金と光に満ちていた。
大広間の天井には、繊細な彫刻が施された燭台が無数に吊るされ、そこからこぼれる琥珀色の光が大理石の床に揺らめきながら反射している。足元を照らす光の粒は、まるで星々のようにきらめいていた。
壁を飾るタペストリーには、王家の歴史が刺繍され、絹糸が波のように流れる。その前で談笑する貴族たちは、宝石をちりばめたような衣装に身を包み、笑い、囁き合い、視線を交わしていた。
私はその場に、ひときわ地味な存在として立っていた。
藤色のドレスは、たしかに美しい。仕立屋の技術と素材の良さがひと目で分かるものだった。けれど、周囲の貴婦人たちの華やかさ――金糸に刺繍、真珠やルビーのアクセサリーに彩られた装いの中では、私など風景の端に過ぎないように思えた。
それでも、私は胸を張っていた。
この場に私を連れてきたのは、リュカ自身だ。その手に導かれてきた場所で、彼の隣に立つこと――それは、選ばれた証ではなく、選び取った結果だと信じていた。
「まあ……誰かと思えば、あれが第二王子の“図書館嬢”ですって」
「随分と控えめなお召し物ね。お里が知れるわ」
冷笑混じりの囁きが、耳に届く。だが私は、それらの言葉をまるで本の余白に書かれた注釈のように、淡々と心の端に重ねていった。
「貴族令嬢としての矜持があれば、せめて人前で王子に相応しい態度を取るべきでは?」
「本ばかり読んでいて、世間の常識も知らないのでしょう」
静かな毒が交わされる中、ふと、誰かの肩越しに視線を感じた。
見ると、一人の貴婦人――侯爵夫人と呼ばれていた人物が、涼やかな瞳でこちらを見つめていた。興味と値踏みが半分ずつ混じったその目は、まるで陳列棚の希少な品物を吟味するようだった。
けれど、その視線の奥にあるのは、猜疑と不安、そして“脅威”に対する無意識の防衛反応だったのかもしれない。
そのとき。
「――彼女が、私の隣に立つ女性です」
低く、けれど確かに響いたその声に、広間の空気が一瞬にして変わった。
人々がざわめき、視線が一斉にこちらに注がれる。
リュカが、堂々と私の隣に立っていた。凛とした立ち姿は、誰よりも自然で、誰よりも確かな意志を湛えていた。そして彼は、ためらうことなく手を差し出す。
「クラリス・ヴァルデン嬢。アシュベリー公立図書館に勤める才知ある女性。私が最も信頼し、そして愛する人です」
波のように広がる驚きの気配。けれどその中心にいる私は、不思議なほど落ち着いていた。
一瞬だけ戸惑い、けれど――私は静かにリュカの手を取った。
「……ありがとうございます。リュカ様」
その言葉に、彼は優しく微笑んで言った。
「“様”は不要です。今日は、ただの私として、あなたの隣にいたい」
その柔らかな声に、心がほどけていくようだった。
ああ、そうか。私は今、この空間の中で、確かに“誰か”になれたのだ。
初めて、この王宮という煌びやかな舞台に、自分の足で立っている実感を覚えた。
それは、彼が私を肯定してくれたから。
――図書館の静寂の中で紡いだ言葉が、今、王宮の中心で、光となって私を照らしていた。
大広間の天井には、繊細な彫刻が施された燭台が無数に吊るされ、そこからこぼれる琥珀色の光が大理石の床に揺らめきながら反射している。足元を照らす光の粒は、まるで星々のようにきらめいていた。
壁を飾るタペストリーには、王家の歴史が刺繍され、絹糸が波のように流れる。その前で談笑する貴族たちは、宝石をちりばめたような衣装に身を包み、笑い、囁き合い、視線を交わしていた。
私はその場に、ひときわ地味な存在として立っていた。
藤色のドレスは、たしかに美しい。仕立屋の技術と素材の良さがひと目で分かるものだった。けれど、周囲の貴婦人たちの華やかさ――金糸に刺繍、真珠やルビーのアクセサリーに彩られた装いの中では、私など風景の端に過ぎないように思えた。
それでも、私は胸を張っていた。
この場に私を連れてきたのは、リュカ自身だ。その手に導かれてきた場所で、彼の隣に立つこと――それは、選ばれた証ではなく、選び取った結果だと信じていた。
「まあ……誰かと思えば、あれが第二王子の“図書館嬢”ですって」
「随分と控えめなお召し物ね。お里が知れるわ」
冷笑混じりの囁きが、耳に届く。だが私は、それらの言葉をまるで本の余白に書かれた注釈のように、淡々と心の端に重ねていった。
「貴族令嬢としての矜持があれば、せめて人前で王子に相応しい態度を取るべきでは?」
「本ばかり読んでいて、世間の常識も知らないのでしょう」
静かな毒が交わされる中、ふと、誰かの肩越しに視線を感じた。
見ると、一人の貴婦人――侯爵夫人と呼ばれていた人物が、涼やかな瞳でこちらを見つめていた。興味と値踏みが半分ずつ混じったその目は、まるで陳列棚の希少な品物を吟味するようだった。
けれど、その視線の奥にあるのは、猜疑と不安、そして“脅威”に対する無意識の防衛反応だったのかもしれない。
そのとき。
「――彼女が、私の隣に立つ女性です」
低く、けれど確かに響いたその声に、広間の空気が一瞬にして変わった。
人々がざわめき、視線が一斉にこちらに注がれる。
リュカが、堂々と私の隣に立っていた。凛とした立ち姿は、誰よりも自然で、誰よりも確かな意志を湛えていた。そして彼は、ためらうことなく手を差し出す。
「クラリス・ヴァルデン嬢。アシュベリー公立図書館に勤める才知ある女性。私が最も信頼し、そして愛する人です」
波のように広がる驚きの気配。けれどその中心にいる私は、不思議なほど落ち着いていた。
一瞬だけ戸惑い、けれど――私は静かにリュカの手を取った。
「……ありがとうございます。リュカ様」
その言葉に、彼は優しく微笑んで言った。
「“様”は不要です。今日は、ただの私として、あなたの隣にいたい」
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ああ、そうか。私は今、この空間の中で、確かに“誰か”になれたのだ。
初めて、この王宮という煌びやかな舞台に、自分の足で立っている実感を覚えた。
それは、彼が私を肯定してくれたから。
――図書館の静寂の中で紡いだ言葉が、今、王宮の中心で、光となって私を照らしていた。
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