婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

文字の大きさ
34 / 40

9-2:王宮の図書室と、古文書の声

しおりを挟む
 王宮の奥にある図書室は、静謐という言葉がこれ以上なく似合う場所だった。

 高い天井には優美なアーチが巡り、淡い光がステンドグラスから差し込んでいる。壁一面には、時代ごとに分類された古書や巻物が、まるで時を超えて息づくように整然と並んでいた。空気は紙と革と少しのインクの匂いに包まれ、どこか懐かしく、それでいて神聖な空気が漂っている。

 中央には、精緻な彫刻が施された重厚な閲覧机が数台置かれ、その上にはすでに何冊かの古文書が開かれたままにされていた。

「ここは、王国の歴史と知識が眠る場所です。言葉にすれば、それだけのことですが……中に詰まった重みは、言葉以上のものです」

 案内してくれたのは、王宮付きの書記官だった。知的で落ち着いた口調のその人物は、私の名前を耳にすると、ふと目を細めて微笑んだ。

「クラリス・ヴァルデン嬢。貴女のレファレンス技術と知識には、王子殿下もたいへん感服されておられますよ」

「……そんな、大層なものではありません。ただ、私は本を読むのが好きなだけで」

 私がそう答えると、書記官は穏やかに首を振りながら、私を閲覧机のひとつへと導いた。

 そこに開かれていたのは、古びた羊皮紙に書かれた、一見しても非常に傷みの激しい文書だった。王国建国以前のものであり、古語で綴られた外交記録であるという。

 私はそっと椅子に腰を下ろし、文書の文字へ視線を落とす。すると、すぐに――いや、いつも以上に鮮明に、“言葉が訴えてくる”感覚に包まれた。

 紙の繊維を通して、言葉の裏にある意図や、文脈の変化、書き手のわずかな迷いまでが伝わってくるような――まるで古書が「話して」いるようだった。

(これは……王家の婚姻政策に関する記録? でも、この言い回し……表の意味と裏の目的が乖離している)

 私は読み進めるうちに気づいた。

 これは単なる歴史的婚姻の記録などではない。もっと根深い、王家とある古の魔法大国との間に結ばれた、“見えない契約”――外交と魔術、そして血筋の継承にまつわる密約が、この文書には含まれていた。

「……リュカ様に、お伝えすべきかもしれない」

 考えを巡らせていると、静かに扉が開いた。

 振り向けば、そこにはリュカがいた。

 彼は私の様子を見て、少し笑みを浮かべた。

「どうやら、貴女は王宮の図書室でも変わらず輝いているようですね」

「そんな……でも、少し気になる記述がありました」

 私は、できるだけ簡潔に、文書の内容とその裏にある可能性について説明した。リュカは私の言葉を遮ることなく最後まで聞き、やがて深く頷いた。

「ありがとう、クラリス。君の目はやはり確かだ。これは今夜の評議の場で、大きな意味を持つかもしれません」

「……お役に立てたのなら、嬉しいです」

 胸の奥で、静かな安堵が広がった。

 “古書の囁き”――この力は、剣のような力ではないし、人を傷つけるものでもない。けれどこうして誰かの助けになれるのなら、私は迷わずこの力を受け入れたいと思った。

 それは、クラリスという私自身を肯定する、一つの答えでもあった。

 王宮の静かな図書室の中で、私は再び、“本”という言葉を通して世界と繋がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

「影が薄い」と 捨てられた地味令嬢は、王太子に見初められました ~元婚約者と妹は、どうぞご勝手に~

有賀冬馬
恋愛
「君は影が薄い」――そう言って、婚約者の騎士様は華やかな妹を選び、私を捨てた。 何もかもを諦めて静かに暮らそうと決めた私を待っていたのは、孤児院での心温まる出会いだった。 そこで素性を隠して旅をしていたのは、なんと隣国の王太子様。 「君こそ、僕の唯一の光だ」そう言って、私のありのままを受け入れてくれる彼。その彼の隣で、私は生まれ変わる。 数年後、王国間の会議で再会した元婚約者は、美しく気品あふれる私を見て絶句する……

地味子と蔑まれた私ですが、公爵様と結ばれることになりましたので、もうあなたに用はありません

有賀冬馬
恋愛
「君は何の役にも立たない」――そう言って、婚約者だった貴族青年アレクは、私を冷酷に切り捨てた。より美しく、華やかな令嬢と結婚するためだ。 絶望の淵に立たされた私を救ってくれたのは、帝国一の名家・レーヴェ家の公爵様。 地味子と蔑まれた私が、公爵様のエスコートで大舞踏会に現れた時、社交界は騒然。 そして、慌てて復縁を申し出るアレクに、私は……

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~

有賀冬馬
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。 居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!? 彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。 「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

ごめんなさい、私、今すごく幸せなので、もう貴方には興味ないんです

有賀冬馬
恋愛
「君は聖女に不相応だ」。 その言葉と共に、私は婚約者だった神殿騎士団長に捨てられ、都を追放された。 絶望の中、辿り着いた山奥の村で出会ったのは、私を誰よりも大切にしてくれる竜騎士様。 優しい彼との出会いが、私の世界を変えてくれた。 一方、私を切り捨てた都の神殿では、汚職が発覚し、元婚約者と新しい聖女は破滅へ。 落ちぶれ果てた彼が私の前に現れた時、私の隣には、かけがえのない人がいました。 もう貴方には、微塵も未練なんてありませんから。

処理中です...