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1.エルウィン・シュティーフェル
しおりを挟むルイーゼがエルウィンと出会ったのは、ルイーゼが十歳、エルウィンが十二歳の時だ。
季節は春。
父メーベルト伯ディーター・メーベルトに手を引かれ、訪れたシュティーフェル邸。その中庭で、二人は出会った。
父親同士が子供には分からない話を始めたため、ルイーゼはやがて暇を持て余し、父親らの目を盗んでシュティーフェル邸内の散策をはじめた。ルイーゼは好奇心旺盛で活動的な性格をしていた。
シュティーフェル邸には沢山の花壇があった。自邸のそれにも劣らない――いや、もしかしたらこちらの方が美しいかもしれない。そんなことを思いながら、鮮やかな色彩と香りに導かれるように、ルイーゼは彼を見つけた。
花壇の手入れをしていた、きれいで儚げな雰囲気を持つ彼を。
◇
「貴方、そんなところでなにをしているの?」
「え?」
いきなり声をかけられるとは思ってもいなかったため、少年は驚いた顔でルイーゼを振り返る。
――き、きれい? カッコイイ?? でも、とてもすてき!
驚いた彼の顔には中性的で繊細な美しさと冷たさがあった。それでいて年相応に愛らしく、ルイーゼを強烈に惹きつけた。
「花の、世話」
一瞬の間の後、少年の口から出てきたのはいかにも邪魔だと言いたげなぶっきらぼうな返事だ。
しかし、ルイーゼは腹を立てることはしなかった。
少年の赤くなった頬やら耳やらが目に入ったから。
美しく整ったはかなげな面立ちに、孤独を彷彿とさせる繊細さを漂わせる居ずまいに、目がはなせない。
少年の身なりはあまりよくなかった。
だから、ルイーゼは彼のことを年若い使用人かと、一瞬考える。しかし、彼の所作が気品溢れるものだったため、分からなくなってしまった。
「おい! 近づくな」
「お願い! 花を傷つけるようなことはしないわ! 私の家の花壇より綺麗なんだもの。香りも柔らかくて、見ていて幸せな気分になるわ!」
ルイーゼは別に花壇に立ち入り、花を踏みつけているわけではない。観賞用のスペースギリギリに近づき、花をより詳しく見たいと思っただけだ。
楽しげに花に夢中になっているルイーゼを、少年はしばし眺めていたが――
「アンタ、ボリソヴィチ・バッソの婚約者だろ」
「だれそれ??」
「……は?」
――さては、お父様……謀ったのね!
ここでようやく、ルイーゼは自分が、婚約者の顔合わせをするために連れてこられたと気づいた。
ならば退屈な話なんかしてないで、さっさと教えてほしいのに――と父親への文句が脳内を駆け巡っていたが、あることに気づいた。
「どうして、私がその婚約者だと思ったの?」
ルイーゼにとっては素朴な疑問だった。
自分はまだ名乗っていない。自分の情報がどこでどう流れているのかなど、まだ幼いルイーゼは気づかない。
問われた少年は、しばし口をつぐみ……ふいに、ルイーゼの赤いくせっ毛に手をのばしてきた。
家族以外の突然のぬくもりに、知らずルイーゼの心臓がはねるが、まだ幼い彼女には、それが何を意味するのか分からない。
「……バラのようによい香りのする赤い髪、深く温かい琥珀のような大きく潤んだ瞳、血色のよい薄紅色のほほ…………とか、手紙に書いてあった」
彼は静かにそう言うと、ルイーゼから手を放して再び花に向きなおる。と、同時にその場に柔らかな風が吹いた。
そんな手紙が実在するのか、ルイーゼはそこまでは考えられない。
ふいに触れた少年の温もりに、心を奪われたままだ。
――あ、花の香り。
花を扱う彼の手からルイーゼの髪に花の香りがうつったことに気づいた。
それがどこか、気恥ずかしい。
「ねえ、婚約者って……貴方?」
「え……はは、笑える。こんなかっこうをしてる貴族がいると思う?」
自嘲気味に笑う彼の顔が、苦痛そうに歪むから、ルイーゼの心は痛んだ。
――う、ご機嫌ナナメになっちゃった……というより、傷つけちゃった? どうしよう!
「ごめんなさいっ、変わり者だと思ってただけで悪い意味は、えっと、その……」
貶めるような意味はないのだと、ルイーゼは必死に頭を下げる。そんなルイーゼを、やはり少々驚いた顔で見て――、
「なにそれ、アンタも人のこと言えないんじゃないの?」
少年が笑う。
相手を傷つけてしまったのかと不安だったルイーゼだが、彼の笑うような口調に、下げていた頭をあげてみれば、彼の笑顔が目の前にあって、安堵を覚えた。
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