私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ

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3.ソフィア・メーベルト

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 この世界には、精霊や妖精が存在している。

 それらは普通の人間の目で確認することはできないが、ふとした瞬間に『確かにそこにいることを、感じられる存在』だった。

 例えば、近くに花などないのにふと、花の香りを感じたり――
 例えば、暖かな毛並みのようなふわっとした感触を肌で感じたり――
 例えば、誰かに引っ張られたような気がして振り返ると、そこには誰もいなかったり――

 そういう時、には微かな『魔力とは似て非なる何か』が、残っているのだという。

 それらを通称、『精霊の予兆』という。


 ◇◆◇ ◇◆◇

 ルイーゼが、義妹ソフィア・メーベルトと出会ったのは十五歳のことだった。
 その頃、ルイーゼには悩みがあった。一度は待つと決めた愛しの婚約者の心に……そろそろ踏み込みたい。

 あれから五年――ルイーゼはずっとエルウィンのそばにいて、彼だけを見てきた。それでも、彼の心に影を落とす危うさがなくなることはなかった。

 そんな中、彼を見つめ続けひっつき続けていたルイーゼは、とある可能性に気づいた。
 エルウィンのそばにいると『精霊の予兆』にあう確率が増えるような気がする。さらに、『精霊の予兆』相手に、説教をしているような、怒っているような言動をとっているような気がする……。

 ――もしかするとエルウィンは、妖精や精霊と呼ばれる類いのものが、見えているのかしら? それどころか……意思の疎通までできているんじゃ……?

 それが彼の心理的外傷と関係があるのかは分からない。
 妖精や精霊は、人間よりも上位の存在と位置づけられている。この世の命の全てをつかさどっており、自由自在にその構造すら変えることができる存在だ。普通の人間ではその姿を、目に映すことすら不可能なほど尊い存在。

 だから、この世界で妖精や精霊の姿を見ることができるというアドバンテージはかなり大きい。
 ボリソヴィチ・バッソがこのことを知っていたら、顔を真っ青にして、エルウィンに土下座をすることだろう。

「エルウィンってもしかして、精霊が見えたりするの?」
 ルイーゼがエルウィンにそう問いかけた時、エルウィンは激しく動揺していた。肯定しているも同然だ。

「精霊や妖精を、ルイーゼはどんな存在だと思ってる?」
「そりゃ、この世の命の源で、尊い存在!」
「抽象的なことじゃなくて」
「うーん、やっぱりふわふわと可愛い見た目をしてる、とか? 明るくていいイメージは……あるかな?」

 ルイーゼの答えを聞いて、エルウィンは困ったように笑んだきり先を続けることはなかった。明確な答えを返す気はなさそうだ……と、もう短い付き合いとは言えないルイーゼには分かった。

 しかし、ルイーゼは諦めなかった。自分は知識がなさすぎる。エルウィンを問い詰めて追い詰めるようなことがしたいわけじゃない。不用意に彼を傷つけてしまわないためにも、知識を持つに超したことはないはず! ――と、持ち前のむだな行動力を発揮して、ルイーゼはその手の資料を集めまくった。エルウィンには内緒で。

 ――もう、あんな顔はさせない……!

 固い決意のもと、ルイーゼはメーベルト邸に出入りしている牧師に頼み込み、精霊や妖精に詳しい家庭教師を、内密に紹介してもらうことにした。
 父にばれればエルウィンにばれる。

 また、悲しげな顔をさせるわけには、いかない。



 ◇◆◇

 明くる日、牧師が連れてきた聖職者は、元聖女の修道女だった。

 ――なんて大御所、連れてくるのよ、この人!!! 父様には内密に、って言ってるでしょう!!!

 いつものように、メーベルト邸の礼拝堂で、ルイーゼは牧師が来るのを待っていた。そこへ、元聖女を連れて牧師が現れたのだから、ルイーゼは大パニックだ。
 そんなルイーゼの胸中などお見通しと、元聖女は穏やかに微笑みながら。

「ここへは内密で来ました。私も、大聖堂の奥に閉じ込められたままでは、退屈ですもの」

 現役を退いたとはいえ、聖女の貫禄かんろくは健在だった。
 修道女の制服に、白いベール。元聖女はベールをとり、優しい微笑ほほえみをたたえてルイーゼへと向き直った。

「私はマルグリート・ビアホフと言うの、よろしくね」
 差し伸べられた手を、ルイーゼは緊張した面持ちで握る。

 ――や、柔らかい……!

 おかしな感動を覚え、ルイーゼは感極まってしまう。
 そんなルイーゼに本題を切り出したのは、マルグリートの方だった。

「精霊や妖精のことを聞きたいのだったわね?」
「はっ、はい! あの、それで、見えていることを隠しているのだとしたら、どんな理由が考えられるのかな、と」

 ルイーゼがそこまで言うと、マルグリートは「そう」と言って、しばし顎に手をあてて考え込み。

「ねえ、あなたは精霊や妖精をどのような存在だと思っているかしら?」

 と、エルウィンと同じことを聞いてきたことに、ルイーゼは動揺する。
 マルグリートは、ルイーゼがこの質問に動揺したことに気づき、納得したようにうなずいた。

「ごめんなさい、責めようとしているわけではないの。ただ、精霊や妖精は、どちらかというと、に近い存在よ」

 教会所属の元聖女の口から出てくる言葉とは思えない。
 ルイーゼは今日、一番の動揺をみせた。



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