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41.運命は選択された
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ダイニングのドアを開けて飛び込んできた光景に、ルイーゼは一瞬言葉を失った。
自分の婚約者が義妹と抱き合っている――そう見えた。よく見れば、いつものようにソフィアがエルウィンにひっついているだけだ。エルウィンはこちらに助けを求めているような……気さえする。
とても自然な光景に見えた。愛し合い抱き合う二人……にしか見えない。
昼間あれだけ彼と共にいたのに。確かに愛を向けられていると実感していたのに。それはただの自分の思い込みだったのではないかと、望むあまり夢を見ていたのではないかとすら思えてくる。
絶対に誰にも渡さないと……彼の側にいるのだと、あれだけ強く願っていたはずなのに――。
「どうしてお姉さまがここにいるの……?」
開いたドアから姿を現したルイーゼを目の当たりにして、ソフィアが驚愕の声を上げる。その顔がただ純粋な驚きから、徐々に不快感に塗り固められていく。
それはこっちの台詞だと言いたい。目の前のこの子には到底納得されないだろうけど。
「それにその恰好……どうしてそんな姿で……」
今のルイーゼはどこからどうみても村娘だ。ソフィアがそれを不審に思うのは当然のこと。
今の自分の格好を見て、ソフィアはその理由を考えるだろうか?市井に溶け込むために村娘の格好をして、やがては誰も知らないところへ、エルウィンと二人で落ち延びようとしている――この状況を、彼女はどこまで読み取ることができるかな?
――その答えは直ぐに分かった。
胸に鋭い痛みが走る!
息苦しさと脈打つ度に鈍く痛む心臓……この感覚には覚えがあった。目には見えない何かが自分の体を取り囲んでいる感覚。急に頭が重く感じ、平衡感覚が保てなくなり、膝をつく。
「ルイーゼ!」
胸を押さえてうずくまるルイーゼを目にして、背中に張り付くソフィアを投げ捨てルイーゼの元へ駆け寄り、その肩を抱き寄せ、一心に祈る。
ルイーゼが苦しい呼吸の中、何とかして目を開けると……目の前には心配そうなエルウィンの顔があった。このままルイーゼを失ってしまうことへの恐怖が見て取れる。そんな顔をさせる自分が嫌いだ。
――これがソフィアの望みだというのなら……『神の奇跡』は、随分と業が深い……。そんなものを人間が求めるなんて、根本が間違ってるんじゃないの?!
ルイーゼに寄り添い必死に呼びかけるエルウィンの姿を前に、ソフィアが哀しみに声を震わせる。
「エルウィン様……どうしてお姉様の味方をするの?」
「どうして……? 君がそれを言うのか?!」
「エルウィン様……?」
激昂するエルウィンの声か、それを聞いたソフィアの動揺か――に比例してルイーゼの体を呪いが蝕む。
ルイーゼからは怒りに震えるエルウィンの表情を見ることはできないが、彼が激しい怒りをソフィアに向けていることが分かる。
「お姉様が悪いのよ! 彼はもう私の婚約者なのよ?! 人の婚約者に手を出すなんて恥知らずだわ! お姉様にはもう別の婚約者がいるんだから!」
――あの男のこと? 最悪だわ。あの男のもとにとつくくらいなら、死んだほうがまし。家はジェヒューが継ぐし……最悪、私が貴族籍を抜けたとしても問題はないわ。
国王陛下は常に貴族が一人でも減ることをお望みなんだから!
「お嬢様も、我々同様不測の事態でこちらに参られたのでしょう。エルウィン様も、そう、ですよね?」
膠着状態を打破すべく、老紳士がやや慌てた様子で声を上げた。
同時にソフィアに感づかれることなく――彼女の視界からルイーゼを隠すように立ち、ルイーゼは自分が介助をするからとエルウィンの手を放させ、ルイーゼとエルウィンの間に距離を保たせる。ソフィアの目でもはっきりと分かるように。
老紳士の手腕にエルウィンが戸惑っている間に、彼を自分の背後……ソフィアの前に誘導する。
「そう……なの? やだもうお姉様ったら、それならそうと早く言ってくれなくちゃ。わたし、誤解しちゃったじゃない」
老紳士の思惑通り、再びエルウィンを取り戻したソフィアはご満悦だ。
にこやかに微笑むソフィアに、ルイーゼは胸の痛みが消えていくのを感じた。全く以て忌ま忌ましいとしか言いようのない感覚。
苦痛が和らぎ、下を向いていた視線を上げると、エルウィンの腕に自分の腕を絡め、夢うつつの表情で楽しみに微笑んでいるソフィアの姿があった。
何でこんなことになってしまうのか分からない。彼の隣にいたいと願う自分が悪い……?
「そう言えば、お姉様の婚約者さんってば、お姉様のことすっごく心配してたのよ?! 仲良くしたがってたし、いい人じゃない。お似合いだわ、すっごく!」
――それならあなたが婚約者になればいい! 脳が焼き切れそうなほどの怒りが込み上げてくる。今すぐこの女の首を絞めて、その言葉を命ごと封じてしまいたかった。
あいつから何をされたのか、ソフィアに話す気にはなれない。ソフィアがきちんと理解してくれればいいが……余計、こちらの精神が疲弊する結果しか想像できない。
ルイーゼは体調が戻ると、ゆっくりと立ち上がり、執事に礼を言った。エルウィンが自分に近づこうとして、ソフィアに阻まれているエルウィンを視界の端に収め、顔を伏せる。
――気を取り直さないと。どうしてここにソフィアがいるのかを、ちゃんと考えないと……。
「それにしても、お腹すいちゃった! ねえ、ご飯にしましょうよ!」
次の行動を起こせないでいたルイーゼとエルウィンに代わるように、ソフィアが慣れた様子で執事に命令半分に問いかけた。彼の仕事は主人の補佐なのだが……ここに父が来ている様子はない。それに、よく見たら彼の服は汚れてすり切れている。もしかして怪我をしている? 動きを見ている限り、どこかを痛めているようには見えない。
ルイーゼの視線に気付いたのか、執事が恭しく頭を垂れた。
「我々は、龍神を祀る教会主催の会合に出席するため、国境にある教会へ向かっておりました。教会より、正式に次代の聖女となるよう要請がありまして……」
ルイーゼが屋敷を出てから、まだ数日しか経過していない。何時の間にそんな話になっていたのか……体調不良で臥せっていたから知らなかっただけなのか。
「道中、道に迷い、突風に馬車が煽られ、馬が驚き暴走しまして……」
疲れたような口調でぽつりぽつりと語っていた彼だが、そこまで言うと慌てたように付け加えた。
「――いえ、投げ出されたのは私だけで、お嬢様はご無事でした!」
ソフィアに怪我がないことぐらい見ればすぐに分かる。目の前の彼の取り乱しように――自分が、ソフィアより大怪我をしていそうな彼に対して、無体を言うような人間だと思われていたと思うと情けなくなってくる。
「道をお尋ねしようと、立ち寄らせていただいたのですが、私が怪我をしていたため、お二方に治していただき……」
治したんだ……神の奇跡で。
それを聞いてしまえば、抗っている自分の方が悪いことをしているような気になってしまう。
「ねえ! お腹空いたってば!」
ソフィアの無邪気な声が響く。ルイーゼに事情説明をしている執事に向けられたものだ。
「はい、畏まりました。……では、ルイーゼ様、お話の続きは後ほど」
執事がソフィアのわがままを素直に聞いたのは、ルイーゼたちも朝食はまだ取っていないことが分かったからだ。ダイニングに残っている香りで、今日はまだ食事をとっていないことが分かったから。
執事はルイーゼに頭を下げるとキッチンの場所を聞き、静かな足取りで向かった。彼は非常に手際よく朝食の準備を終えた。彼が用意したのはトースト、ハムエッグ、トマト、果汁飲料というごくシンプルなものだ。それでも、ルイーゼがエルウィンから教わりながら作った夕食より、素早く豪華で見栄えの良い食事だった。
食事が出来上がるまでの間、ソフィアはエルウィンの隣で和やかな時を過ごしていた。
豪華なドレスに屈託のない笑顔は、まるで物語の中のお姫様のように見えた……。
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