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42.運命は選択された2
しおりを挟む一日中、ソフィアはエルウィンにつきまとっていた。
教会の会合に行くんじゃなかったのか――とルイーゼは執事に確認したが、『運命の恋人』との逢瀬を邪魔することはできない……という結論に終始した。彼はルイーゼの前でエルウィンをソフィアの『運命の恋』と明言したりはしないが、意識していることは明らかだった。
初めは、ルイーゼもエルウィンもソフィアと執事へ、教会に向かうよう勧めていたが、ソフィアはそれを聞き入れなかった。明後日の方向に受け取ること数十回……エルウィンは説得を諦めた。
聞き入れようとしないソフィアに無理に言い募ると、ルイーゼに負荷がかかる。ソフィアは、ルイーゼをエルウィンの側から排除したくてしかたがないのだから当然だ。
今日は朝からいろんなことをする予定だった。村娘の格好で街に足を運び、知らない物を見て、聞いて、これからの生活方法を考える……そんな風に一日を過ごすはずだった。
仲睦まじく寄り添う二人を、体調不良のまま、遠くから眺めて過ごす一日になるなんて思いもしなかった。
それでも、実家に連れ戻されることだけは避けなければ。ソフィアの口振りでは、まだあの男たちは屋敷にいるみたいだし。
――私が逃げ出して、こんなことになっているのに、それでもまだ待ってるってどういうこと? 何か契約でも結んでいるの?
「お嬢様……申し訳ございません。幼少の頃より二人を見てきて、どれほど強い絆で結ばれているのか分かっているはずなのに……あのお二方を前にすると……あの奇跡を見てしまうともう……私は恐ろしいのです。神に逆らいあなたに与することが恐ろしいのです」
執事が申し訳なさげに、何度も何度も頭を下げる。
夜――ソフィアに就寝を促そうとして、いつの間にかエルウィンと共に姿を消していることに気づき、二人を捜してダイニングと寝室の間の廊下を歩いている時に、執事と遭遇した。
「あの二人がどこに行ったのか教えてくれないのね」
「彼のことはお諦めになった方が宜しいかと」
彼は本当に心の底から申し訳なさげに言葉を続ける。
「誰かの言葉で諦められるくらいなら、最初からこんな所になんて来ない」
彼はルイーゼの強い眼差しに気圧されるように一歩下がる。ルイーゼにそんなつもりはない。このままでは埒が明かない。
――別荘内にいないのは確か……じゃあ、外? まさかこんな夜更けに外に出ているの?
「南のサンルームから湖畔を望むことができるようですが……それはご存知でしたか?」
「いえ……」
サンルームがあるなんて知らなかった。まだ掃除もしていない場所だが、彼が重苦しい口調で語り始めるものだから、ルイーゼにも嫌な緊張が走る。
「掃除は先程、わたくしが務めさせていただきました。 ソフィア様はガラス越しに見える湖畔の景色をかなり気に入っていらしたようで……」
「本当に、こんな夜更けに出かけたって言うの?!」
「湖畔を望めるウッドデッキはサンルームと繋がっていますし、周囲には防犯用の金網も張り巡らされていますから、大丈夫でしょう」
「でも、だからって夜に……」
「ここは魔獣発生の危険地帯ではありません。むしろ、安全な土地です」
「貴方は不慮の事故で怪我をしてここに来たのよ? どうして安全だなんて思えるの?!」
「エルウィン様とソフィア様が共にいらっしゃるのなら、そこが一番安全だからですよ」
彼の言葉に、ルイーゼは返す言葉がなかった。諦めたわけじゃない。けれど、どこか納得してしまう自分がいた。自分のそんな変化を認めたくなくて、ルイーゼはサンルームへ急いだ。
◇
一日中、エルウィンはソフィアに付きまとわれていた。
何度も何度もソフィアと老紳士に、本来の目的地である教会へ向かうよう告げたが、二人に聞き入れられることはなかった。
そもそも、ソフィアと老紳士――執事の二人だけで、教会へ向かっていること自体がおかしい。スラム街に住んでいるような貧民ならともかく、今の彼女は貴族のご令嬢だろう。親も連れず、従者を一人つけただけで遠方の地へ向かうのが普通だとは思えない。
「当初の予定では、メーベルト伯もご同行されるはずだったのですが、今朝になり急な用事が入りまして……。夫人は体調不良で臥せっておりますし、ジェヒュー様は……ソフィア様とまだまだ距離があるようで……」
老紳士のぼやきを思い出す。
事情は分かった。だが――それだけだ。
ソフィアから逃れ、ルイーゼとの未来を勝ち取るためにとることができた手段は、これしかなかった。『神の奇跡』の前には誰一人、冷静な話し合いなどできなかった。
こんな短期間で、ソフィアの生活圏から遥かに離れたこの地で再会しようとは。
これしか、道はなかったのに――。
「エルウィン様、昼間に見た湖畔へ行きましょうよ!」
彼女がそんなことを言ってきたのは、夜も更けた頃――普通の娘、とっくの昔に眠っているはずの時間だ。エルウィンも例外ではなく部屋で体を休めていた。
ソフィアは老紳士が客間に案内すると言っていたが……彼女の意向には逆らえないらしい。
ベッドから起き上がり、ドアを小さく開ける。
「もう夜も遅いので、明日にしましょう」
「そんなのつまらないわ! 空の星がとっても綺麗なの、わたし、あんなに綺麗な星空見たことないもの、エルウィン様と一緒に見たいわ!」
ひたすら楽しいことだけを夢見て、瞳を輝かせるソフィアが憎い。
「エルウィン様はどうしてわたしを拒絶するの? お姉様に義理立てをしているだけでしょう!? お姉様がいなかったら、きっとエルウィン様だって――!」
――もう、無理だ。
「そう……だね。用意をするから、少し待ってくれるかな?」
「はいっ!」
一度室内に戻り――鞄から小物を取り出し、背中のベルトに差し込む。上着でそれを隠しながら、足音を立てずに出入り口へ近づき、ドアを開けた。
ソフィア・メーベルトは、エルウィン・シュティーフェルの目の前で、無邪気に微笑んでいた。
「またせたね」
「えへへ」
ソフィアが、一際機嫌よさそうに見えたが、どうでもよかった。
ソフィアに腕をとられ、サンルームから出ているウッドデッキの上を歩き、湖畔へと向かう。隣を歩くエルウィンの昏い瞳に、ソフィアは気づかない。
彼が、背中に隠した小物の存在も。
「空の星が湖に反射して、とても綺麗ね!」
ソフィアの空に視線を湖と空に移せば、確かに綺麗だ。ルイーゼはどんな感想を抱くだろうかと、そんなことを考えて自嘲の笑みを浮かべる。
――それを知る機会は永遠に来ないだろうと思うと、やるせなくはあるかな。
「エルウィン様、何を考えているの?」
近距離から聞こえる声に、彼女に抱きつかれていたことを知る。……この不気味なまでの違和感のなさが、運命だというのなら笑わせてくれる。
「……君のことだよ」
「まあ!」
ソフィアはますます頬を染めて、エルウィンの胸に顔を埋める。
――彼女も哀れといえば哀れなのだろう。ルイーゼの異母妹でさえなければ、自分と出会うこともなかった。そうすればもっと都合のいい相手を愛し、幸せになれていたかもしれない。全てが、神の悪戯なのだとしたら……これ以上、皮肉の効いた話はない。
エルウィンは自分の胸にしなだれかかるソフィアを見下ろし、その体を逃がさないよう固定して、背中に隠した小物――竜殺しの短剣を握りしめる。
「すまない……死んでくれ」
「え?」
エルウィンはソフィアの腹部に、深く短剣を突き刺した。ソフィアの目が驚きに見開かれる。それでも――エルウィンから手を放そうとしない。
ソフィアの傷口に、治癒目的の魔力と思しき光が集まり始めた。けれど、短剣に触れるとその光は弾けて消えていく。光に照らされて、ソフィアの赤く染まる患部が顕わになった。
「エルウィン!!!」
ルイーゼの叫び声が聞こえる。
――眠っていると思ったのに……!
「どう……して?」
心の底から理解できないといった様子で、ソフィアが息も絶え絶えに問いかける。
「俺は君を愛せない。君の望むままに結婚したとしても、俺は君を生涯愛することはないだろう。そして、君はそれに気づいている。だから、ルイーゼを呪詛するんだろう?! なら俺は……君を、殺すしかない」
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