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第4話 ログは、焼却処理されました
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記録番号:R-0336-γ-2
アクセス対象:教員用記録端末(許可階層B)
記録者:僕(主観者刻印済)
教室の空気は、いつもと変わらないように見えた。
模範解答の詠唱も、教師の評価読み上げも、
生徒たちの「正しい」挙手のタイミングも。
けれど、僕の中では、何かが止まっていた。
あの日から、ずっと。
──詠唱に失敗し、光に包まれて、名前を失った生徒のこと。
制度上、もう彼は「存在しない」。
記録にも、出席にも、何一つ痕跡は残っていない。
……でも、僕は記録した。
席番号、時間、担当教師、詠唱の内容と、彼が最後に口を噛んだ瞬間まで。
それらの記録が、“存在しない”ことになっている今、
僕には、それが「何かに書き換えられた」ように思えた。
その確認をするために、放課後の記録室へ向かった。
記録者用の端末とは異なり、職員用の記録端末には、
授業ログ、適合判定、注意報告、指導指針といった内部データが保存されている。
僕は見習い記録者という立場を利用して、階層Bへの閲覧権限を持っていた。
許可されている範囲ではある。
ただ、それを“実際に使う者”は少ない。
制度は正しい。記録も正しい。
それを疑う必要はない──
そう、彼らは信じているから。
室内には誰もいなかった。
アクセスログが残るのが嫌で、時間をずらして来た。
端末のディスプレイが光り、アクセス音が低く鳴る。
目的の記録は、4限目の授業。
観察対象:席番23。記録番号【R-0328】。
スクロールして該当時間帯を探る。
しかし──
そこには、空白のログブロックと、ただ一行のテキストだけが残されていた。
《手動補正済:ログ書換コードZ-89/教育記録保全のため》
──手動補正。
つまり、教師の判断によって、「正しい記録」に上書きされたということ。
そのとき、端末のモニターの表面が、薄く、わずかに歪んだ気がした。
手動補正──その言葉が、胸の奥にじわりと広がった。
正しい記録に修正するために、元の記録は“不要”になった。
それが、制度の方針だ。
端末をさらに操作して、書き換え前のログ履歴を探す。
記録階層はロックされているはずだった。
なのに、僕の指先がスワイプした瞬間、一瞬だけ何かが表示された。
──席番23/詠唱エラー(発音阻害)
──判定:不適合
──処理:即時適合措置
そのあと、ブロック全体がふっと消える。
削除された記録が、一瞬だけ“残像”のように浮かび上がった気がした。
今残っているログには、こう書かれていた。
《23番:詠唱成功/模範達成/指導ログ省略》
《記録適合度:100%》
《記録担当:T-04(教師ID)》
──嘘だ。
僕の記録と、あの連絡帳と、あの日見た光景。
それらは全部、「失敗」だった。
それなのに、公式の記録は“模範”だったことになっている。
あの日、あの生徒は“消された”。
でも、今この記録の中では、
彼は「間違えなかった」ことにされていた。
僕は画面を閉じ、深く息を吐いた。
制度は、現実を整える。
整えるために、削る。
削るために、誰かを「いなかったこと」にする。
その方法の名前が、“補正”なのか。
次の日、僕は担当教師に声をかけた。
「先生、4限目の記録の件で……23番の席の生徒について、確認したいことがあります」
教師は、一瞬だけ止まった。
目線が、何かを探すように宙を泳いだ。
「……23番? ああ、あそこ空席だったよね」
「失礼ですが、授業記録では“模範達成”と書かれていましたが……」
「それ、前回のログと混ざってない? 君、疲れてるんじゃない?」
教師の声は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。
まるで、薄い膜のような何かが、その目の奥に貼りついているように見えた。
違和感があった。
でも、それが“どこ”なのか、はっきりとは分からなかった。
ただ、僕の中に何かが積もっていく音だけがした。
記録用紙に向かって、僕はゆっくりとペンを動かした。
観察記録ではなく、
評価ログでもなく、
制度に沿った報告でもない。
ただ、自分の思考を残すように、書いた。
《教育記録の“正しさ”とは、誰の視点で決まるのか?》
《制度が求めるのは、現実の保存か、理想の再構成か?》
その瞬間、ポケットの中でふわりと熱が揺れた。
マッチくん。
僕は、彼を取り出さなかった。
けれど、彼の声ははっきりと聞こえた。
「ログってさ、“都合のいい真実”に調整できるんだよね」
「僕、前にも見たことあるよ。焼却される記録、いっぱいあった」
「なんで知ってるの?」
「君、いったい何を見てきたんだ?」
問いかけに、マッチくんは答えなかった。
ただ、静かに──炎が、すっと細くなった。
風もないのに、炎の端が震えていた。
誰かの声が聞こえた気がした。
でも、それはノートの中の言葉のように、すぐにかき消えた。
記録室の照明が、いつもより少しだけ暗く感じた。
いや、違う。
僕の目が、制度の“影”を見てしまったからかもしれない。
僕は記録用紙のページを閉じた。
そして、ふと思った。
──完璧な制度というのは、
“間違いを認めない制度”という意味かもしれない。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
アクセス対象:教員用記録端末(許可階層B)
記録者:僕(主観者刻印済)
教室の空気は、いつもと変わらないように見えた。
模範解答の詠唱も、教師の評価読み上げも、
生徒たちの「正しい」挙手のタイミングも。
けれど、僕の中では、何かが止まっていた。
あの日から、ずっと。
──詠唱に失敗し、光に包まれて、名前を失った生徒のこと。
制度上、もう彼は「存在しない」。
記録にも、出席にも、何一つ痕跡は残っていない。
……でも、僕は記録した。
席番号、時間、担当教師、詠唱の内容と、彼が最後に口を噛んだ瞬間まで。
それらの記録が、“存在しない”ことになっている今、
僕には、それが「何かに書き換えられた」ように思えた。
その確認をするために、放課後の記録室へ向かった。
記録者用の端末とは異なり、職員用の記録端末には、
授業ログ、適合判定、注意報告、指導指針といった内部データが保存されている。
僕は見習い記録者という立場を利用して、階層Bへの閲覧権限を持っていた。
許可されている範囲ではある。
ただ、それを“実際に使う者”は少ない。
制度は正しい。記録も正しい。
それを疑う必要はない──
そう、彼らは信じているから。
室内には誰もいなかった。
アクセスログが残るのが嫌で、時間をずらして来た。
端末のディスプレイが光り、アクセス音が低く鳴る。
目的の記録は、4限目の授業。
観察対象:席番23。記録番号【R-0328】。
スクロールして該当時間帯を探る。
しかし──
そこには、空白のログブロックと、ただ一行のテキストだけが残されていた。
《手動補正済:ログ書換コードZ-89/教育記録保全のため》
──手動補正。
つまり、教師の判断によって、「正しい記録」に上書きされたということ。
そのとき、端末のモニターの表面が、薄く、わずかに歪んだ気がした。
手動補正──その言葉が、胸の奥にじわりと広がった。
正しい記録に修正するために、元の記録は“不要”になった。
それが、制度の方針だ。
端末をさらに操作して、書き換え前のログ履歴を探す。
記録階層はロックされているはずだった。
なのに、僕の指先がスワイプした瞬間、一瞬だけ何かが表示された。
──席番23/詠唱エラー(発音阻害)
──判定:不適合
──処理:即時適合措置
そのあと、ブロック全体がふっと消える。
削除された記録が、一瞬だけ“残像”のように浮かび上がった気がした。
今残っているログには、こう書かれていた。
《23番:詠唱成功/模範達成/指導ログ省略》
《記録適合度:100%》
《記録担当:T-04(教師ID)》
──嘘だ。
僕の記録と、あの連絡帳と、あの日見た光景。
それらは全部、「失敗」だった。
それなのに、公式の記録は“模範”だったことになっている。
あの日、あの生徒は“消された”。
でも、今この記録の中では、
彼は「間違えなかった」ことにされていた。
僕は画面を閉じ、深く息を吐いた。
制度は、現実を整える。
整えるために、削る。
削るために、誰かを「いなかったこと」にする。
その方法の名前が、“補正”なのか。
次の日、僕は担当教師に声をかけた。
「先生、4限目の記録の件で……23番の席の生徒について、確認したいことがあります」
教師は、一瞬だけ止まった。
目線が、何かを探すように宙を泳いだ。
「……23番? ああ、あそこ空席だったよね」
「失礼ですが、授業記録では“模範達成”と書かれていましたが……」
「それ、前回のログと混ざってない? 君、疲れてるんじゃない?」
教師の声は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。
まるで、薄い膜のような何かが、その目の奥に貼りついているように見えた。
違和感があった。
でも、それが“どこ”なのか、はっきりとは分からなかった。
ただ、僕の中に何かが積もっていく音だけがした。
記録用紙に向かって、僕はゆっくりとペンを動かした。
観察記録ではなく、
評価ログでもなく、
制度に沿った報告でもない。
ただ、自分の思考を残すように、書いた。
《教育記録の“正しさ”とは、誰の視点で決まるのか?》
《制度が求めるのは、現実の保存か、理想の再構成か?》
その瞬間、ポケットの中でふわりと熱が揺れた。
マッチくん。
僕は、彼を取り出さなかった。
けれど、彼の声ははっきりと聞こえた。
「ログってさ、“都合のいい真実”に調整できるんだよね」
「僕、前にも見たことあるよ。焼却される記録、いっぱいあった」
「なんで知ってるの?」
「君、いったい何を見てきたんだ?」
問いかけに、マッチくんは答えなかった。
ただ、静かに──炎が、すっと細くなった。
風もないのに、炎の端が震えていた。
誰かの声が聞こえた気がした。
でも、それはノートの中の言葉のように、すぐにかき消えた。
記録室の照明が、いつもより少しだけ暗く感じた。
いや、違う。
僕の目が、制度の“影”を見てしまったからかもしれない。
僕は記録用紙のページを閉じた。
そして、ふと思った。
──完璧な制度というのは、
“間違いを認めない制度”という意味かもしれない。
---------------------
この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。
noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。
書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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