名前を消された僕が、異世界で“くすぶる校長室”の記録を拾った件 ――その扉には、鍵なんて最初からなかった。

名無しマッチ

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第8話 記録者、廃棄対象

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 朝、教室の空気が、張りつめていた。

 声はない。笑い声も雑談も、すべてが“削除”されたような静寂。

 いや──
 違う。“あそこ”だけが異様なんだ。

 前方の掲示板。そこに一枚だけ、紙が貼り出されていた。

 誰も見ていないようで、誰もが“見ていた”。

 僕はゆっくり歩いて近づく。紙には、はっきりとこう記されていた。

 通知:記録者001番
 処遇:観察者資格 廃止・審査中
 処理案:再教育の必要性あり(記録資格、一時凍結)

 空気が少しだけ動いた。
 誰かが息を飲んだような気がした。けれど、誰の顔も見えなかった。

「……本当に、出されたんだ」

 かすかな囁きが、背後で風のように流れていく。

 僕は掲示板の下部にある、小さな印に気づく。

【L.S.S.C】──
 Lower Supervisory Scrutiny Council。
 制度の“深部”ともいえる、表に出ない監査機構。
 普通の記録者には関係のない、裏側の存在。

 そこからの通知は、“覆らない”。

 席に戻ると、机の上に付箋が置かれていた。
 誰が置いたのかはわからない。けれど、文体には躊躇がにじんでいた。

「それ、貼られたらもう戻れないよ。気をつけて。」

 何をどう“気をつければいい”というのだろう。

 すでに、僕の身の回りは「制度」そのものによって“書き換え”られはじめていた。

 1時間目の教師は、僕に目を向けなかった。

 2時間目の教師は、出席確認のときだけ機械的に番号を読み上げた。

 3時間目には、教師の姿すら現れず、モニター越しに指示が流れるだけだった。

 誰も僕に触れようとしない。
 触れたら、“自分も消される”と思っている。

 その空気が、もう“結論”を語っていた。

「記録者が、記録される側になる」──

 それはただの処分ではなく、
“意味”を奪われる、制度の粛清だ。

 昼休み。誰もいない資料庫の隅。
 僕は、記録者時代に使っていた観察端末を握りしめていた。

 起動はする。
 でもアクセスはできない。
「資格凍結中」のエラー表示が、ただ静かに点滅するだけ。

 機械に拒まれるとき、人間って本当に「存在を否定された」気分になるんだな。

「そろそろ、来ると思ってた」

 背後から聞こえた声に、驚きはなかった。

 振り向くと、マッチくんが資料棚の上にちょこんと座っていた。
 いつもよりも、炎の色がくすんでいる。灰色に近い赤。

「君の記録、全部封印されてたよ。
 紙媒体も、データも、上位層のアクセス領域に移されたっぽい」

「……見たのか?」

「ううん、見てない。でも匂いがした。
“記録を焼く”と、空間全体が焦げたような空気になるんだ」

 僕は苦笑した。

「なんで、焼く必要があるんだろうな。データ消去じゃダメなのか」

「“見えなくする”のと、“なかったことにする”のは、別物なんだよ」

 マッチくんの声が、少しだけ低かった。

「……君、知ってた?」

「なにを」

「この制度、“記録の制度”ってさ……
 真実を残すためにあるんじゃないんだよ。
“見せたいものだけを残す”ために設計されてるの」

 その言葉に、喉の奥がつまった。

「誰が……?」

「誰って言えるような人はいないよ。
 最初から、“そういう構造”だっただけ。
 “主観を持つ記録者”は、制度にとって“ノイズ”なんだって」

 僕は、言葉が出なかった。

 マッチくんは、ただじっと僕の顔を見ていた。

 その炎が、まるで涙のように揺れていた。

「……僕、前にも見たことあるんだ。
 こうやって、記録者が、静かに“いなくなっていく”の」

「……それ、いつ?」

「ずっと前。
 でもね、みんな、最後にこう言うの。“書いてよかった”って」

 しばらく、二人で黙っていた。

 炎の揺れと、室内の静寂だけが、時間を埋めていた。

 夜。校舎の灯りがすべて落ちた頃、僕はひとり記録室にいた。

 本来、今の僕はこの部屋に入る資格がない。
 でも、この扉のセキュリティは、かつての“僕自身”が設定したものだった。
 抜け道くらい、知っている。

 暗がりの中、端末を立ち上げる。

 表示されたのは、見慣れたログイン画面……ではなかった。

【記録者001番】
 アクセス拒否
 理由:記録資格の剥奪・再教育下のため

 何度リトライしても、画面は変わらない。
 “僕の記録”は、もう“僕”のものではなかった。

 それでも諦めきれず、奥のキャビネットを開ける。

 そこには、紙のバックアップ記録が保存されていたはずだった。

 一枚、引き出す。
 だが──

 紙の端が、じわじわと焦げ始める。

「……え?」

 それは火ではなかった。
 まるで、“存在そのものが失われていく”ように、紙が黒く溶けていく。

 次の一枚も、その次も、同じだった。

「焼却……処理?」

 僕の指先が、震えた。

「もう、遅いんだよ」

 声がして、振り向いた。

 マッチくんがいた。
 炎は弱々しく、まるで灰をまとっているようだった。

「この部屋、“記録されすぎた真実”があると、自動で燃えるんだ。
 制度って、そうやって“整えてる”から」

「でも、僕の記録は……!」

「残したいなら、ここにいてはダメ」

 マッチくんが、ぽつりとつぶやく。

「この部屋で、意味を持ったまま“残った記録”は、一つもないよ」

 一瞬の沈黙。
 それから、天井のランプがパチッと弾けた。

 それを合図にしたように、部屋の隅々から、火花が走った。

 紙、机、データ端末。
 すべてが、静かに、炎に飲まれていく。

 マッチくんが、僕の袖を引っ張った。

「行こう」

 僕はうなずいた。

 ドアを閉めた瞬間、背後で“記録室”がふわりと燃えた。
 爆発でも炎上でもなく、
 まるで、“存在が自然に消えた”かのような静けさで。

「ねえ」

 廊下を歩きながら、マッチくんがぽつりとつぶやいた。

「ここから先は、“制度の外”だよ」

「……外?」

「うん。“記録されない世界”ってやつ」

 僕は、少しだけ息を吐いた。

「それでも……僕は、書きたいことがあるんだ」

 マッチくんの火が、ぽっと赤くなった。

「じゃあ、大丈夫だね」


---------------------

この記録の裏側について、
少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。

noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。

書き手の火が、どうやって灯ったのか──
もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。
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