君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京

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028.拗ねている場合じゃない

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 悠真の衝撃の告白から、僕は宿泊学習の記憶がない。
 気が付いたら終わっていたし、終わり掛けにうちの母がやってきて、先生方それぞれに、生ビールの缶、6本入りのパックを「お世話になりましたからせめて」と言いながら渡していた。
 先生たちからはプレゼントも頂いたと言うと、さらに母が恐縮していたので、ここで伝えておいて良かったと思う。

 そして僕は、ちょっと思った。
 もし、もっと前から、悠真の『秘密』を教えてもらっていたら。
 僕は、昨夜の悠真の言葉を、素直に喜ぶことが出来ただろうか。

 小説の為に人生を賭けるという、悠真の言葉を―――もっと前に聞いていたら、僕はどうしただろう。

 僕も志望大学を東京の大学に変えただろうか?
 それは分からないけど、この三年間の付き合い方は、少し違っていたのではないかと思う。
 悠真には、特にそれ以上詳しく聞くことはなかった。
 僕は、本が出版されるというのがどういうことか分からなかったので、ちょっと調べてみた。
 本の出版が企画されると、原稿を用意する。原稿は万全の状態に内容や体裁を整える。表紙や本文のデザインを決め、入念にチェックされた上で、印刷され、全国に発送されて店頭に並ぶ。
 新人賞を受賞したということは、原稿はあるのだろうが、誤字脱字のチェックとか、沢山やることがあるのだろうとは想像が出来た。
 家に帰った僕は、疲れがドッと出てしまって、ベッドに倒れこむ。
 新人賞の選考会、というのは新人賞の発表よりも前に行われて、新人賞の発表は後日というのがたいていらしい。その間に、受賞の言葉とかを用意する必要があるんだろう。
 僕には全く想像も付かない世界だった。
 ある日、悠真の写真が、新聞とかテレビで報道される。その時、『佐伯悠真』という名前ではないというのは分かった。
(『高凪』……)
 あの時、悠真は『高凪』と言って電話に出た。きっと、ペンネームだ。
 ネットで検索する。割と、すぐに出てきた。『高凪聖』というのがペンネームのようだ。SNSはやっていないようだったけど、あちこちの小説の新人賞に投稿しているらしく、二次予選通過者とか、最終選考とかの所に『高凪聖』の名前は何度も見かけた。
 僕は、小説は詳しくないけど、ミステリーとか、エンターテインメントとか純文学とかのジャンルが多いらしい。
 そこまで調べて、僕は何をやっているんだろうと思って、スマホを放り投げた。
 悠真のペンネームがわかったところで、僕は―――悠真を見守ることしか出来ない。
 そして、僕らを見捨てて――見捨てるという言葉が正しいのかどうか、僕にもわからないけど、悠真は、東京へ行ってしまう。
 夢を持って、その夢を叶える所まで来た悠真の、脚を引っ張ることは出来ない。
 それはたしかだった。
 
 小説のことを、教えてももらえないような間柄だった。僕らは。
 教えてもらっていなかったから、いざ全てを決めてしまった悠真に、何も言うことが出来なくて、僕は多分拗ねているのだ。
 僕は、悠真が好きで―――それは僕の気持ちでどうしようもないけど。
 それでなくても、悠真は僕の、幼馴染みで親友だと思っていた。
 けれど、教えてもらえなかった。

 ずっと、それに拗ねている場合じゃない。
 僕も自分の人生のことを考えなければならない。それにしては、高校三年の八月というのは、遅すぎる気はしたけれど。
 見直す機会が無いというよりはだいぶ良いだろうと僕はちょっとだけ開き直っていた。


 夏休みは、宿泊学習のあと、なんの変化もなくすぎていった。
 アルバム作りは続行したけど、悠真は、本当に忙しいらしくて、グループの会話にも参加しないことが多くなっていた。
 自分の小説が、全国で販売されるという感覚が、どういうものなのか僕には分からないけど、とてつもなく大変な事なのだというのはよく解った。
 僕はちょっと小説を読んでみようと思ったけど、難しくて途中で飽きてしまった。
 もっと簡単に書いてくれればいいのにとは思ったけど、絵本みたいな文章を見せられても飽きるとは思うので、僕には、小説を読む才能というのは無いんだと思う。
 悠真が打ち込んでいる世界のことを、少しも垣間見ることができないというのは、ちょっとくやしくて、僕は、学年主任に電話を掛けていた。
「先生、宿泊学習の時はありがとうございました。お休み中の所すみません、少しお電話良いですか?」
 という会話は、AIに教えてもらった。
『なんだ、ちゃんと話せるんだな、ちょっと見直したぞ』
 学年主任が驚いているくらい、僕は、ちゃんとした受け答えも出来なかったんだろう。
「小説を読んでみたいんですけど、なんか苦手で……。どうしたら読めるようになりますか?」
 学年主任は、驚いていたようだったが、僕がイタズラ電話を掛けているわけではないと知って、『そうだなあ……ちょっと、考えるから、あとでLINE送ってやるよ。今はまだクソ暑ィが、そろそろ読書の秋だからな! 本を読めるようになっておくと良いことばかりだぞ!』と請け負ってくれたので、ありがたかった。
 

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