29 / 42
028.拗ねている場合じゃない
しおりを挟む
悠真の衝撃の告白から、僕は宿泊学習の記憶がない。
気が付いたら終わっていたし、終わり掛けにうちの母がやってきて、先生方それぞれに、生ビールの缶、6本入りのパックを「お世話になりましたからせめて」と言いながら渡していた。
先生たちからはプレゼントも頂いたと言うと、さらに母が恐縮していたので、ここで伝えておいて良かったと思う。
そして僕は、ちょっと思った。
もし、もっと前から、悠真の『秘密』を教えてもらっていたら。
僕は、昨夜の悠真の言葉を、素直に喜ぶことが出来ただろうか。
小説の為に人生を賭けるという、悠真の言葉を―――もっと前に聞いていたら、僕はどうしただろう。
僕も志望大学を東京の大学に変えただろうか?
それは分からないけど、この三年間の付き合い方は、少し違っていたのではないかと思う。
悠真には、特にそれ以上詳しく聞くことはなかった。
僕は、本が出版されるというのがどういうことか分からなかったので、ちょっと調べてみた。
本の出版が企画されると、原稿を用意する。原稿は万全の状態に内容や体裁を整える。表紙や本文のデザインを決め、入念にチェックされた上で、印刷され、全国に発送されて店頭に並ぶ。
新人賞を受賞したということは、原稿はあるのだろうが、誤字脱字のチェックとか、沢山やることがあるのだろうとは想像が出来た。
家に帰った僕は、疲れがドッと出てしまって、ベッドに倒れこむ。
新人賞の選考会、というのは新人賞の発表よりも前に行われて、新人賞の発表は後日というのがたいていらしい。その間に、受賞の言葉とかを用意する必要があるんだろう。
僕には全く想像も付かない世界だった。
ある日、悠真の写真が、新聞とかテレビで報道される。その時、『佐伯悠真』という名前ではないというのは分かった。
(『高凪』……)
あの時、悠真は『高凪』と言って電話に出た。きっと、ペンネームだ。
ネットで検索する。割と、すぐに出てきた。『高凪聖』というのがペンネームのようだ。SNSはやっていないようだったけど、あちこちの小説の新人賞に投稿しているらしく、二次予選通過者とか、最終選考とかの所に『高凪聖』の名前は何度も見かけた。
僕は、小説は詳しくないけど、ミステリーとか、エンターテインメントとか純文学とかのジャンルが多いらしい。
そこまで調べて、僕は何をやっているんだろうと思って、スマホを放り投げた。
悠真のペンネームがわかったところで、僕は―――悠真を見守ることしか出来ない。
そして、僕らを見捨てて――見捨てるという言葉が正しいのかどうか、僕にもわからないけど、悠真は、東京へ行ってしまう。
夢を持って、その夢を叶える所まで来た悠真の、脚を引っ張ることは出来ない。
それはたしかだった。
小説のことを、教えてももらえないような間柄だった。僕らは。
教えてもらっていなかったから、いざ全てを決めてしまった悠真に、何も言うことが出来なくて、僕は多分拗ねているのだ。
僕は、悠真が好きで―――それは僕の気持ちでどうしようもないけど。
それでなくても、悠真は僕の、幼馴染みで親友だと思っていた。
けれど、教えてもらえなかった。
ずっと、それに拗ねている場合じゃない。
僕も自分の人生のことを考えなければならない。それにしては、高校三年の八月というのは、遅すぎる気はしたけれど。
見直す機会が無いというよりはだいぶ良いだろうと僕はちょっとだけ開き直っていた。
夏休みは、宿泊学習のあと、なんの変化もなくすぎていった。
アルバム作りは続行したけど、悠真は、本当に忙しいらしくて、グループの会話にも参加しないことが多くなっていた。
自分の小説が、全国で販売されるという感覚が、どういうものなのか僕には分からないけど、とてつもなく大変な事なのだというのはよく解った。
僕はちょっと小説を読んでみようと思ったけど、難しくて途中で飽きてしまった。
もっと簡単に書いてくれればいいのにとは思ったけど、絵本みたいな文章を見せられても飽きるとは思うので、僕には、小説を読む才能というのは無いんだと思う。
悠真が打ち込んでいる世界のことを、少しも垣間見ることができないというのは、ちょっとくやしくて、僕は、学年主任に電話を掛けていた。
「先生、宿泊学習の時はありがとうございました。お休み中の所すみません、少しお電話良いですか?」
という会話は、AIに教えてもらった。
『なんだ、ちゃんと話せるんだな、ちょっと見直したぞ』
学年主任が驚いているくらい、僕は、ちゃんとした受け答えも出来なかったんだろう。
「小説を読んでみたいんですけど、なんか苦手で……。どうしたら読めるようになりますか?」
学年主任は、驚いていたようだったが、僕がイタズラ電話を掛けているわけではないと知って、『そうだなあ……ちょっと、考えるから、あとでLINE送ってやるよ。今はまだクソ暑ィが、そろそろ読書の秋だからな! 本を読めるようになっておくと良いことばかりだぞ!』と請け負ってくれたので、ありがたかった。
気が付いたら終わっていたし、終わり掛けにうちの母がやってきて、先生方それぞれに、生ビールの缶、6本入りのパックを「お世話になりましたからせめて」と言いながら渡していた。
先生たちからはプレゼントも頂いたと言うと、さらに母が恐縮していたので、ここで伝えておいて良かったと思う。
そして僕は、ちょっと思った。
もし、もっと前から、悠真の『秘密』を教えてもらっていたら。
僕は、昨夜の悠真の言葉を、素直に喜ぶことが出来ただろうか。
小説の為に人生を賭けるという、悠真の言葉を―――もっと前に聞いていたら、僕はどうしただろう。
僕も志望大学を東京の大学に変えただろうか?
それは分からないけど、この三年間の付き合い方は、少し違っていたのではないかと思う。
悠真には、特にそれ以上詳しく聞くことはなかった。
僕は、本が出版されるというのがどういうことか分からなかったので、ちょっと調べてみた。
本の出版が企画されると、原稿を用意する。原稿は万全の状態に内容や体裁を整える。表紙や本文のデザインを決め、入念にチェックされた上で、印刷され、全国に発送されて店頭に並ぶ。
新人賞を受賞したということは、原稿はあるのだろうが、誤字脱字のチェックとか、沢山やることがあるのだろうとは想像が出来た。
家に帰った僕は、疲れがドッと出てしまって、ベッドに倒れこむ。
新人賞の選考会、というのは新人賞の発表よりも前に行われて、新人賞の発表は後日というのがたいていらしい。その間に、受賞の言葉とかを用意する必要があるんだろう。
僕には全く想像も付かない世界だった。
ある日、悠真の写真が、新聞とかテレビで報道される。その時、『佐伯悠真』という名前ではないというのは分かった。
(『高凪』……)
あの時、悠真は『高凪』と言って電話に出た。きっと、ペンネームだ。
ネットで検索する。割と、すぐに出てきた。『高凪聖』というのがペンネームのようだ。SNSはやっていないようだったけど、あちこちの小説の新人賞に投稿しているらしく、二次予選通過者とか、最終選考とかの所に『高凪聖』の名前は何度も見かけた。
僕は、小説は詳しくないけど、ミステリーとか、エンターテインメントとか純文学とかのジャンルが多いらしい。
そこまで調べて、僕は何をやっているんだろうと思って、スマホを放り投げた。
悠真のペンネームがわかったところで、僕は―――悠真を見守ることしか出来ない。
そして、僕らを見捨てて――見捨てるという言葉が正しいのかどうか、僕にもわからないけど、悠真は、東京へ行ってしまう。
夢を持って、その夢を叶える所まで来た悠真の、脚を引っ張ることは出来ない。
それはたしかだった。
小説のことを、教えてももらえないような間柄だった。僕らは。
教えてもらっていなかったから、いざ全てを決めてしまった悠真に、何も言うことが出来なくて、僕は多分拗ねているのだ。
僕は、悠真が好きで―――それは僕の気持ちでどうしようもないけど。
それでなくても、悠真は僕の、幼馴染みで親友だと思っていた。
けれど、教えてもらえなかった。
ずっと、それに拗ねている場合じゃない。
僕も自分の人生のことを考えなければならない。それにしては、高校三年の八月というのは、遅すぎる気はしたけれど。
見直す機会が無いというよりはだいぶ良いだろうと僕はちょっとだけ開き直っていた。
夏休みは、宿泊学習のあと、なんの変化もなくすぎていった。
アルバム作りは続行したけど、悠真は、本当に忙しいらしくて、グループの会話にも参加しないことが多くなっていた。
自分の小説が、全国で販売されるという感覚が、どういうものなのか僕には分からないけど、とてつもなく大変な事なのだというのはよく解った。
僕はちょっと小説を読んでみようと思ったけど、難しくて途中で飽きてしまった。
もっと簡単に書いてくれればいいのにとは思ったけど、絵本みたいな文章を見せられても飽きるとは思うので、僕には、小説を読む才能というのは無いんだと思う。
悠真が打ち込んでいる世界のことを、少しも垣間見ることができないというのは、ちょっとくやしくて、僕は、学年主任に電話を掛けていた。
「先生、宿泊学習の時はありがとうございました。お休み中の所すみません、少しお電話良いですか?」
という会話は、AIに教えてもらった。
『なんだ、ちゃんと話せるんだな、ちょっと見直したぞ』
学年主任が驚いているくらい、僕は、ちゃんとした受け答えも出来なかったんだろう。
「小説を読んでみたいんですけど、なんか苦手で……。どうしたら読めるようになりますか?」
学年主任は、驚いていたようだったが、僕がイタズラ電話を掛けているわけではないと知って、『そうだなあ……ちょっと、考えるから、あとでLINE送ってやるよ。今はまだクソ暑ィが、そろそろ読書の秋だからな! 本を読めるようになっておくと良いことばかりだぞ!』と請け負ってくれたので、ありがたかった。
0
あなたにおすすめの小説
僕は何度でも君に恋をする
すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。
窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。
しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。
初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について
kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって……
※ムーンライトノベルズでも投稿しています
綴った言葉の先で、キミとのこれからを。
小湊ゆうも
BL
進路選択を前にして、離れることになる前に自分の気持ちをこっそり伝えようと、大真(はるま)は幼馴染の慧司(けいし)の靴箱に匿名で手紙を入れた。自分からだと知られなくて良い、この気持ちにひとつ区切りを付けられればと思っていたのに、慧司は大真と離れる気はなさそうで思わぬ提案をしてくる。その一方で、手紙の贈り主を探し始め、慧司の言動に大真は振り回されてーー……。 手紙をテーマにしたお話です。3組のお話を全6話で書きました!
表紙絵:小湊ゆうも
先輩のことが好きなのに、
未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。
何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?
切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。
《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。
要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。
陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。
夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。
5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる