あなたが決めたことよ

アーエル

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私が我が家の悪行を知ったのは、次期当主として現在の領地経営の実態をこの目で確認するために向かった領都でだ。
父は代行者を立てて領地経営を任せていた。
横領などはなかったが、何か問題が起きれば新しく専門の部署が立ち上がる。
それによって多額の費用がそちらにかかっていた。

私が最初に着手したのは、各部署の一元化からだった。
その結果、約半分の部署を削除することに成功した。
さらに各部署内から、すでに解決して軌道に乗っている課も解散させた。
こうして、不要と判断した部署や人材にかかった費用だけで財政難を軽減できた。

次に着手したのは農業政策。
他領や王領地で休耕策が主流だった。
それを我が量でも実行に移した。
もちろん「生産量が減る!」という反対意見も出たが、現状でもあまり品質の良くない農作物が流通している。
領外に売り出すにはあまりにも貧相で、家畜用の餌にしかならないとまで言われて悔しそうに唇を噛んでいた。

初年度は休耕すれば支援金を出すことにした。
休耕地に蒔く草花は手のかからないもの。
こうして初年度は多量からの輸入で乗り切った。
部署と人員削除によって浮いた経費がここで発揮されたのだ。

翌年、休耕地だった場所で作付けした作物は豊作となり、私の提言は成功をおさめた。
そののち、この策は我が領地を支えていくこととなる。


妻と結婚して、領地経営も順調になってきた。
そんなときだった。
弟が、いや弟は知らなすぎただけで、実際には両親の愚かさが露見したのだ。

領邸にまで公爵家から、弟の婚約者候補の辞退と両親が巻き起こした騒動とその顛末が詳細に書かれた手紙と慰謝料の請求書が届けられた。
妻を安全な領都に残して急ぎ王都邸タウンハウスへと駆けつけた。

親族の屋敷を巡り、公爵家からの手紙に書かれていた内容の裏を確認する。
もちろん公爵家を疑うことはないが、『我が家の立場から見た事情』も確認する必要はあった。

きっかけは帝国からの留学生の存在。
大半の貴族家では「第三王子の婚約者候補」と推測されていたらしい。
正確には第三王子は帝国に婿入りという形が取られるらしいが。
侯爵令嬢の母は前皇帝の異腹妹、現皇帝の叔母である。
ただ、公式な発表がないため、学園に通う子息たちは「自分にも可能性があるのでは」と考えていたらしい。
どうやら、その中に弟も加わっていたらしい。

「伯爵令嬢と婚約したら異性に思いを打ち明けられない」

そんな事情から、弟は婚約者候補から辞退したそうだ。
…………行動自体は間違っていない。
弟は確かに愚かだったろう、叶わぬ相手のために候補者とはいえ婚約を辞退したのだから。
しかし、不誠実な行動をとったわけではない。
それは公爵も理解を示していた。

本当の愚行は両親が犯していたのだ。

公爵家のご好意でお借りできた公爵家所有のパーティー会場。
婚約辞退を理由に入場拒否された両親は、門前で『契約不履行による慰謝料』を請求したのだ。
契約も何も、頼み込んでに加えてもらっただけであり、候補になったからといってそのまま婚約者になれるとは限らない。
そんなことになったら、候補者全員と結婚しなくてはならなくなる。

私はすぐに身なりを整えて公爵家へと向かった。


正規の金額を請求されたものの、伯爵位では没落しかねない大金だ。
両親が入場出来ない鬱憤から対応した公爵家の使用人に暴力を振るい、いくつかの備品をも破壊して取り押さえられた。
そのなのだ、請求額は。
「支払えません」では済まないこと。
そのため、すぐに支払える金額を提示して、すぐに売却して支払えるだろう金額も開示した。
それでも足りない分は分割にしてもらおうと考えていた。

公爵から提示された案は驚くものだった。
国王陛下へ降爵を申し出て、現時点では負債にしかならない領地を王領地として召し上げてもらう。
両親とともに会場前にいた弟は、領地から出さないというで処罰対象者から外す。
騒動を起こした父は当主に相応しくないとの理由から私と交代。
それに関しては、領地経営で赤字から黒字に転換させた実績が評価された形だ。

両親は……『切り離した元領地』に置き去りとなる。
正確には、先に当主交代したのちの蟄居先の屋敷がそこにある。
降爵して子爵となれば王領地となるのは其処だ。

王領地に許可のない者が住んでいれば『不正占領』と見做されて罪に問われる。

「程よく罪を償いつつ戻ってこられない場所が新しい蟄居先になってもいいだろう?」

次期公爵からそう言葉を受けて、我が家の愚物ぐぶつを王家に進呈することが水面下で決定した。

弟が候補者として名を連ねていた伯爵令嬢は、誕生日パーティー当日に『最後の候補者の辞退』を理由に正式な婚約を交わしていたことを発表した。
その人物は、一時期、伯爵令嬢の兄で次期当主と噂された公爵家の第二子息。
婚約の発表によって、彼が伯爵家で暮らしている理由もストンと腑に落ちた。
親族であり、家族ぐるみの付き合いがある両家の婚約に、我が家は水を差す立場だった。

弟は辞退という形で身を引いたと証言したのはクラスメイトたち。
辞退の申し出をしたのが教室だったことが幸いしたのだ。

弟が気になった侯爵令嬢は、まわりの予想通り第三王子の婚約者候補だった。
一年の交流を経て〈婚約宣誓書〉にサインした。
第二王子が早々に失脚したため、王太子の補佐として国に残っている。
王子妃となられた侯爵令嬢の仲介によって、帝国とは良好な関係が続いている。

伯爵令嬢の婚約者になりたがっていた第二王子は『婚約の不成立』を神殿に申し立てたものの認められなかった。
不成立を訴えた理由は、自身が婚約者候補に入っていなかったから、らしい。

自身が女生徒全員から好かれていると思い込んでいたものの、好かれるどころか毛嫌いされていたことを知り精神を病んだ。
離宮にて療養することが発表されたものの、三十年経ったいまもはまだ耳にしていない。


私は息子に当主の座を譲った。
一度落ちた爵位を弟の地道な努力によって伯爵位に戻すことができたからだ。
あの一件で分割払いが認められた慰謝料も、観光業のおかげで予定より早く完済できた。

直接会ったのは、弟をここに送ってからはじめてではないだろうか。
弟は自身の行いを反省し、自身の行動を律して生きている。
それは、神殿に身を置かずとも清貧な生活が出来ることを示していた。
仕出かした子息や令嬢の更生を神殿に丸投げしてきた貴族たちはアドモス家の更生成功に倣い、各領地で自産自消の農地で更生を促した。
それでも構成が見られない場合のみ、神殿に預けられるようになった。
子息令嬢も、農地に封じられてあとがないと分かると必死に食らいついて生きていった。

当然だろう、ここで心を入れ替えて正しく生きていけなければ、いまなら許されている菓子なども許されないのだ。

「私は……ここで自分がしたいことを許してくださった兄上に深く感謝しています」

感謝されるようなことはしていない。
私は父や母の過干渉から逃げるために領地経営を理由に離れたのだから。

いまは彼を師と仰ぎ慕うものたちに囲まれて、忙しいながらも充実な日々を過ごしているようだ。

「元気でな」

「兄上もお身体からだを大切になさってください」

兄弟水入らずで過ごした日々。
弟は父や母のを問うことは一度もなかった。
知らなくてもいい、知ったところで何もできることはないのを理解しているのだろう。


王家に罪人として引き取られた両親は、別々の場所へと引き取られていった。
母は寡婦かふたちが働くという施設でお針子をしている。
そこでは王城で働く人たちのお仕着せを専門に縫製しているそうだ。

父は領主という管理者でありながら領地を放置して赤字経営を立て直すことができなかった罪を問われた。
なんせ、領地に入った私がたった数年で黒字経営にできたのだ。
「当主として相応しくない」とレッテルを貼られた父は学園の授業で配布される『領地経営指南書』を写本する仕事を与えられている。

息子は気づかなかったが、学園に入った息子に与えられた指南書の字は父のソレだった。
1冊ずつ丁寧に写本される指南書の父の字を見て、私は……知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。
驚いた息子に妻が「お父様の指南書と同じ文字だったのですよ」と説明してくれた。
そう、私の領地経営指南書は『父が自ら作成した指南書』だったのだ。
丁寧に作られたそれは、いまも私の書架の一番目につく場所にその存在を示している。

父が反省しているのかは分からない。
しかし、いまも1年に数冊、父の字の写本が生徒の手に届いている。
学園は偶然だったのか、それとも配慮だったのか。

私は(もちろん妻も)両親を、前伯爵夫妻を嫌ってはいない。
ただ、私たちの掴んだ幸福を壊さないでいてほしいだけ。


女伯爵とは適切な距離感で付き合いが続いている。
あちらもあと数年で当主を交代されるのだという。

「次世代は同じてつは踏まないはずですわ」

親世代の学生時代のトラブルを反面教師として聞いて育った子たちだ。


第二王子は反省を促すこともできずに亡くなったのは、それからさらに季節が巡ってからだった。
何が悪かったのか、何を反省すれば良かったのか。
それを追い求めることもなければ、反省を糧に自身の過去を振り返ることもしなかった。

彼の存在もまた、後世に反面教師として語り継いでいかれるのだろう。


私たちは未来の世代から見たらちっぽけな存在だ。
愚かなことがあれば「ああ、そんな人がいたな」と語られるだけの。
それでも、未来に生きる者たちに『悪いお手本』となり「同じことは繰り返しません」と言われるのなら良いかもしれない。

わたしたちが300年前の滅んだ国を題材にして「繰り返しません」と誓っているように。


〈了〉
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