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第1話 勇者、最初の魔女と対峙する
しおりを挟むそれは、18歳の誕生日の朝だった。
ルーク・アルヴェインは、自室のベッドで静かに目を覚ました。重厚なカーテンの隙間から差し込む陽光が、白金色の髪を照らしている。窓の外には、初夏の風に揺れるルミナシア大陸の草原が広がっていた。
(ついに、この日が来たか……)
彼の心は静かに、しかし確かな決意で燃えていた。
――魔女を討伐する。
それが彼に課された使命であり、彼自身の望みでもあった。
前世の記憶がある。冴えないアラサーの社畜として、ただ会社と家を往復するだけの人生。失敗も、後悔も、山ほどあった。だがこの転生で、彼は「やり直す」ことを許されたのだ。
伝説の勇者の血を引く貴族の家に生まれ、膨大な魔力と強靭な肉体を持って──
「……俺は、ただ世界を救いたいだけだ」
呟きは、誰にも届かない。けれど、それがルークのすべてだった。
* * *
その日の昼、彼は仲間と共に【ノクトヘルム大陸】の深奥へ向かっていた。
同行しているのは、二人。
ひとりは、僧侶のフィオナ・セレスティア。
もうひとりは、盗賊のジーク・バルド。
「勇者様、今日はいよいよですね……。あの、ええと……お怪我などなさらぬよう……」
フィオナは両手を胸元でぎゅっと組み、祈るような瞳でルークを見上げてくる。声はかすかに震えていた。
「まったくよ、“七魔女”とか、どんな無茶ぶりだよ!」
ジークが笑いながらも、腰の短剣を引き抜き、手慣れた動きで構えを取る。
「ったく、俺らじゃ歯が立たねぇっての。まあ……一応、手は抜かねぇけどな!」
進軍するルークたちの前には、次々と魔女の支配によって強化された魔人や凶暴化した魔獣たちが立ち塞がった。
ジークはその戦いの中で上級ランカーらしい華麗な戦闘術を見せるも、魔人の魔力に翻弄され、時折傷を負っていた。
「くっ……こいつ、タフすぎんだろ……ッ!」
背後から聞こえる回復の光──それが、フィオナの祈りと魔法だった。
「治癒の光よ……ジークさんに、癒しの息吹を……!」
フィオナは額に汗を浮かべながら、精霊の加護を込めた回復魔法を連発する。
それでも、彼らふたりが連携しなければ太刀打ちできないほど、魔人の力は脅威だった。
だが、ただひとり──ルーク・アルヴェインだけは、別格だった。
「道を、あけろ」
ルークがそう一言だけ告げると、全身から放たれる膨大な【魔力圧】が空気を震わせ、
目の前の魔人たちは本能的に“逃げ”を選んだ。中にはそれでも向かってくる者もいたが、
聖剣アルシエルの一閃で、抵抗する間もなく地に伏した。
やがて彼らは、黒き霧が立ちこめる暗き谷を抜け──
ついに、目的地である“七魔女”のひとりが待つ地へとたどり着いた。
「来たか、人間ども」
現れたのは、黒のヴェールをまとった女だった。
その姿は神秘的で、美しい。けれども同時に、ぞっとするほど冷たい空気をまとっていた。
「私は、ミレイア・ノクトルーナ。闇の魔女。そして……このノクトヘルム大陸の主だ」
その瞬間、周囲の光が失われたかのように感じた。大気は濃密な闇の魔力で満たされ、空すらも黒く染まり始める。
「……君を倒しに来た。ミレイア」
ルークは前へ出て、聖剣アルシエルを抜いた。
光が一筋、彼の手元から走る。それはまるで、夜を裂く閃光だった。
ミレイアの目が細くなる。そして、ゆっくりと笑った。
「いいわ。久しぶりに、楽しませてもらうわね。勇者様」
闇の奔流が吹き荒れた。
ミレイアが放つ魔力は、まるで奈落の底から這い出した黒蛇のように、空間そのものを軋ませていく。無数の影の槍がルークを取り囲み、次の瞬間、四方八方から襲いかかってきた。
「退いてろ、フィオナ、ジーク!」
ルークの声が轟いた直後、彼の周囲が光に包まれる。聖剣アルシエルが閃き、一閃。空間が“真っ白”に光った。
次の瞬間には、影の槍がすべて消えていた。
「……さすが、聖剣。面白い」
ミレイアが唇を舐めるように笑う。彼女の足元から、新たな影が湧き上がる。それは巨大な竜のような形をとり、ルークに向かって咆哮を放った。
だが、ルークは一歩も退かない。彼の瞳に映っているのは、ただ一人──
ミレイア・ノクトルーナ。闇の魔女。ただそれだけだった。
「行くぞ……!」
彼の身体が、一瞬だけ空気と一体化したかのように揺れる。そして疾風のごとく間合いを詰めた。
――ズン!
聖剣がミレイアの胸元に突き立った……ように見えた刹那、彼女の体は影に変わり霧散した。
「幻影……!?」
「ふふっ、よく見てなさい、勇者様。闇の魔女の本当の力を──」
直後、ルークの背後にミレイアが現れる。その手には黒紫に染まる魔力の剣。咄嗟にルークが剣を構えるが、その一撃は重く、鋭く、体勢を崩される。
(まずい、体が──)
そう思った瞬間だった。聖剣が、淡く脈動した。
ルークの意識が深く集中し、その感覚が“魔核”の存在を捉えた。
(あれが、魔核……!)
彼は一気に身をひねると、剣を真横に薙ぐ。
瞬間、ミレイアの腹部――いや、その奥にある“魔核”が音を立てて斬られた。
風が止んだ。
大気が静まり返る中、ミレイアは一歩、また一歩と後退し、その場に膝をついた。
その顔は苦悶ではなく、不思議なほど穏やかだった。
「……なるほど。これが、あなたの力なのね」
彼女の髪がふわりと舞い、周囲の魔力が霧散する。闇の領域は溶け、陽の光が差し込む。
その光の中で、ミレイアはゆっくりと立ち上がる。
そして──
「これで、私はあなたのもの。あなたに敗れた私には、もう従う以外の道はありません」
美しい微笑みを浮かべながら、彼女はルークの前に跪き、ゆっくりと右手を胸元に当て、左手を差し出した。
「勇者様。……私は、あなたの“妻”になります」
「……え?」
ルークの反応は、あまりにも間の抜けたものだった。
フィオナがぽかんと口を開け、ジークは「はああ!?」と盛大にずっこけた。
「な、なんでそうなる!?」
「だって、魔女一族の文化では──“強き者に従い、心身を捧げる”のが常識なのよ?」
ミレイアは当然のように言ってのけた。まるで朝の挨拶のような気軽さだった。
呆然とするルークをよそに、彼女は小さな笑みを浮かべて、こう続ける。
「これからよろしくね、あなた。私、立派な妻になるわ」
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