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第24話 魔女の勘と、霧の先へ
しおりを挟む濃い霧に包まれた港町。
アクルシス大陸の玄関口でありながら、そこには人々の温度も、空の色も、どこか“湿った沈黙”が流れていた。
「すみません、水の魔女セフィナについて……ご存じないでしょうか?」
ルークが店の老婆に尋ねるが、首を横に振られる。
「さあねぇ……そんな名前、聞いたこともないよ。」
そのあと数軒を回っても、同じ返答が続く。
「魔女……? 冗談でしょ。そんなもの、昔の絵本くらいでしか――」
「水の加護? そんなのより水路の整備費用が先さね」
町の人々は誰も、“水の魔女セフィナ”の存在を語らなかった。
まるで最初から、そんな存在はいなかったかのように。
「おかしいな……七大陸のひとつを支配してるはずの魔女なのに、名前すら知られていないなんて」
港の外れで、ルークが腕を組んでつぶやく。
そのとき――ふと、ある言葉が脳裏をよぎった。
『魔女は、引かれ合う』
それは、クラリスが初登場した時、ミレイアのもとに現れた際に呟いた言葉だった。
――魔核を失っても、彼女たちは魔女だ。
ならば、同じ“魔”の因子を持つ者同士、何かしらの直感や感応があるかもしれない。
「……みんなの勘に、頼ってみるしかないか」
ルークが提案すると、三人の魔女と一人の元神巫女が集められた。
「方角は分からない。でも、魔女同士ってどこか引き合うのよ」
ミレイアがそう言えば、
「空気の質とか、湿度とか……魔力の流れで、ちょっとは察知できるわよ」
クラリスも自信ありげに頷く。
「母性的感覚っていうのかしらね。落ち着きたくなる方にいる気がするの」
グレイアは目を細め、手のひらを風にかざした。
そしてリィナは、きょとんとした顔でくるっと一回転し、
「うーん……なんか、あっちが、スースーする気がする!」
右を指差した。
「じゃ、じゃあ、それぞれどっちに感じるか教えてくれるか?」
ルークの問いかけに、四人の魔女が一斉に方向を示す――が。
「西ね。空気の流れが重いから、あっちに“水”が溜まってる」ミレイア。
「北でしょ。川の音が反響してる。絶対に上流に何かあるわ」クラリス。
「南東ね。あの方角の霧がいちばん濃くて、包まれる感覚が強いの」グレイア。
「こっちー! 右っ!!」リィナ。
指差し方向、全員バラバラ。
「……なるほど。これは詰んだな」
ジークが顔を覆う。
「た、大丈夫。じゃあ多数決で……」
「待って」
ルークが静かに言葉を遮った。
「リィナの勘で行こう」
「……えっ?」とリィナが目を丸くする。
「魔核を失っても、一番“感覚”で動いてるのはリィナだ。きっと、理屈じゃない“なにか”を感じ取ってる」
ミレイアたちは一瞬驚いたが、それぞれ微笑んで納得したように頷いた。
「まあ、あの子が感じる“スースー”が当たりってのも、あり得るわね」
クラリスが笑い、グレイアも「母の勘、今回はお休みするわね」と肩をすくめた。
◆
その不確かな勘だけを頼りに、ルークたちは霧と水の迷宮を進み続けていた。
道なき道を分け入ること、五日目。
沼のような湿地帯、川の中洲、木製の古びた吊り橋、そして時おり現れる魔物たち。
どれもが地味に、しかし確実に体力と気力を削っていく。
「ひゃああああ!? カエルが跳んできたぁぁぁ!!」
先頭を歩いていたリィナが、巨大な魔獣ガエルに驚いて木に登る。
「だから言ったろ、先頭歩くならもう少し警戒しろって……!」
ジークが短剣を抜き、ルークと共に魔物の群れを迎え撃つ。
「水場の魔物って、地味にいやらしいの多いわよね……」
クラリスが火球で魚型の魔物を蒸し焼きにしながらぼやいた。
フィオナは慎重に仲間の小傷を治しつつ、ミレイアとグレイアは後衛で補助と索敵に回っている。
――それでも。
ルークたちの進軍速度は安定していた。
◆
しかし、六日目の朝――
「ねえ、これ……本当に合ってるのか?」
ジークが口を開いたのは、またしても沼に足を取られ、靴が泥まみれになった直後だった。
木陰でパンをかじっていたリィナが、ぴたりと動きを止める。
「……」
「いや、その、疑ってるわけじゃないんだけどさ……その、ちょっと遠回りしてるんじゃないかっていうか……」
リィナは小さく肩を震わせ、
「……リィナ、もう動かない」
ぺたんと座り込み、膝を抱えてぷいっと顔を背けた。
「……」
一同、沈黙。
「……やったな」
ミレイアが冷たい声でジークを見た。
「ジーク、あなた、妻を泣かせたのね」
クラリスがジト目で詰め寄る。
「子ども扱いしてるとこうなるのよ」
グレイアは呆れたように言ったが、目は完全に“教育ママ”モード。
「いや、あの、ちょっと聞いただけで……!」
ジークが両手を上げて狼狽するが、三方向からジリジリと圧力が襲いかかる。
「ご機嫌、とってあげなさい」
ミレイアが断言する。
クラリスとグレイアも、無言で頷く。
ジークは観念したように、そろそろとリィナの隣にしゃがんだ。
「な、なぁ……その……リィナ、怒ってる?」
「……怒ってない」
「じゃあ、拗ねてる?」
「……拗ねてない」
「……ごめんな?」
「……ほんと?」
「うん、ごめん。すげぇ頼りにしてるし、リィナの“スースー”が、オレたちの道しるべだ」
「……うん、じゃあ……だっこして?」
「えええええっ!?」
その後、まんまとリィナに抱きかかえられる羽目になったジークは、苦悶の表情のまま沼を歩くことになったが――
リィナは終始、ご機嫌だった。
◆
こうして一行は再び霧の迷路を進み続ける。
霧は相変わらず深く、日差しは届かず、風の音も少ない。
だが、次第に空気が――変わってきていた。
澄んでいる。水の匂いが濃く、空気に“静けさ”が混ざっている。
まるで、何かが近づいているかのような、そんな感覚。
「リィナ……」
ルークが問うと、リィナはにこりと笑って、前方を指差した。
「うん、もうすぐ。“スースー”が“ピタッ”って止まる気がするの!」
その言葉に、ミレイアたちの目も引き締まった。
水の魔女、セフィナ――
静かなる支配者との出会いが、すぐそこまで迫っていた。
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