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第32話 時の檻、歪む世界
しおりを挟む白光の渦の中で視界がねじれ、感覚がふっと浮き上がるように消えて――
次の瞬間、ルークたちは、また石造りの部屋の中央に立っていた。
「……あれ? これ……戻った?」
ジークがあたりを見回して首を傾げる。
見覚えのある白い石、転移の紋章。まるで、ルミナシア王宮の地下と同じような作り。
「でも……違うわ」
ミレイアが目を細める。「空気が静かすぎる。ここは――別の大陸よ」
「ふんわりしてるけど、ぜったい違う……スースーが止まってる感じ」
リィナが言いながら、壁に手を当てる。
「……じゃあ、ここが“カイロス大陸”……?」
フィオナが不安げに呟いた。
「行こう。まずは外を確認しよう」
ルークが部屋の扉を押し開くと――
そこは、一面の大地だった。
◆
外に出た一行を包んだのは、昼とも夜ともつかない、不思議な空気。
空は暗いのに、光はある。雲はほとんど動かず、風もない。
まるで、“時間が止まりかけた世界”。
「変ね……昼でも夜でもないのに、まぶしくも暗くもない……」
クラリスが周囲を警戒しながら言う。
「魔物の気配も、まったくないですね……」
フィオナが耳を澄ませるが、虫の声すら聞こえない。
「……とりあえず、気配を感じる方に進もうか」
ルークが判断を下すと、全員が頷いた。
◆
歩き始めて、どれほど経っただろうか。
砂利の道を抜け、枯れ草の原を横切り、丘を越える。
だが――何も起こらなかった。
誰も空腹を覚えず、汗もかかず、太陽も動かない。
「……ちょっと待て。これ、もしかして……」
ジークが眉をひそめて振り返る。
「俺たち……まったく“時間が進んでない”んじゃないか?」
その言葉に、一行が足を止めた。
ルークもまた、手を握り、開く。
体温は感じる。呼吸もある。だが、鼓動は――妙に安定しすぎている。
「……昼夜もない。生理的な変化もない。
この世界そのものが、“時間の流れから外れてる”ように思えるわ」
セフィナが冷静に告げる。
ミレイアが天を見上げる。
「風もない。雲も動かない。空の色すら……変わらない」
「これって……もしかして、“時の檻”……?」
クラリスの呟きに、ルークは小さく頷いた。
「ここは、“時が閉じられた世界”――」
「……時の魔女クロノミナが作り出した、“静止した空間”なんだ」
止まった空。動かぬ雲。静まり返った風景。
まるで世界そのものが、“呼吸を止めた”ようだった。
魔力の気配すら感じられない。
だがそれは、魔力が存在しないのではなく――“流れていない”ように思えた。
「……完全に、時間そのものが凍ってるのかも」
クラリスが指を伸ばし、草の先端に触れる。
それはしなだれもせず、空中に浮いたように固まっていた。
「自然の循環も、生き物の命も、流れが止まれば……すべてが“ただの状態”になるのね」
セフィナが淡々と分析する。
「こんな場所、あたしまで固まりそう……スースーも動かない……」
リィナが不安げにジークの腕にくっつく。
「……でも、俺たちは動いてる。ってことは、どこかに“流れ”があるってことだ」
ルークは、剣こそ抜かずとも、常に周囲の空気を観察していた。
「たしかに……一つだけ、違和感がある」
ミレイアが地面に膝をつく。「……あっちの地面、“踏み跡”がある」
全員が注目した。
乾いた大地の上に、ぽつん、ぽつんと、微かにくぼんだ足跡が残っている。
「……これは?」
「数日前……いや、もしかしたら“数年前”か“数秒前”かもわからない。でも、誰かが通った痕跡だわ」
グレイアが地面に手を当て、ほんのり温度があることを確かめる。
「熱がある……この世界にしては、異常ね」
「……時間が止まったこの大陸で、“動いてる”ものがいる」
ルークは、強く言い切った。
「それが、時の魔女クロノミナだ」
空気が、ピンと張りつめる。
「だったら、足跡を追ってみよう」
ジークが率先して先へ進もうとする。
だがその瞬間――
空気が震えた。
風もないはずの空間に、一筋の音が走る。
――カラン……
どこからともなく響いた、金属のような乾いた音。
その瞬間だった。
「……っ」
ルークの背に帯びた聖剣が、カチリと音を立てて揺れた。
「……反応してる? 何もしてないのに……」
クラリスが目を見開く。
「いや、聖剣が“何かを感知した”……この空間にあるはずの、何かを」
ルークは、ゆっくりと聖剣アルシエルを鞘から抜いた。
刃は静かに光をたたえながら、その先に向かってわずかに“引かれる”ように動く。
「……見えないけど、そこにあるってことか?」
ジークが呟く。
「だったら……切るだけだ」
ルークは、構えを取った。
そして、“何もない空間”に向かって剣を振るう――
バシュッ!
風が逆巻くような衝撃音。
何もないはずの空間が、まるで布を裂いたように“開かれて”いく。
刃が通った軌跡が、裂け目のようにきらめき、光が漏れ出す。
次の瞬間――
その裂け目の奥から、壮大な構造物が姿を現した。
「……神殿……!」
ミレイアが思わず声を漏らす。
目の前に現れたのは、幾本もの白い列柱が静かに並ぶ荘厳な回廊。
柱はまるで意志を持っているかのように、ルークたちを“奥へと導くように”配置されていた。
その先――
ゆるやかな階段と、逆光にそびえるピラミッド状の巨大建造物。
「……あれが、“時の魔女クロノミナ”の神殿……!」
風は吹かないはずなのに、なぜか衣が揺れた気がした。
世界が止まっていても――その奥には、ただひとつ、時を動かす意志が存在している。
ルークは、ゆっくりと聖剣を鞘に戻し、前を向いた。
「行こう。最後の扉を、開けに」
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