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第33話 出会いの時、閉じた世界の始まり
しおりを挟む列柱が終わり、石段を登り切った先に、静寂に包まれた空間が広がっていた。
その中心、ピラミッド型の神殿の内部最奥――
ひときわ広く、荘厳なホール。光も風も動かぬその空間に、ただ一人の存在がいた。
◆
「……あなたが、“時の魔女クロノミナ”か?」
ルークの問いに、その人物はゆるやかに振り向く。
青銀の髪をゆったりと結い、瞳はまるで深い湖のように透き通っていた。
装束は時の流れを象徴するかのような帯と光糸のドレス。まばゆく、それでいてどこか懐かしい。
「……っ!?」
ルークの目が、驚きと共に見開かれる。
クラリスが気づいて問いかける。
「どうしたの、ルーク? その顔……まるで、知ってるみたいな……」
ミレイアも、グレイアも、セフィナも顔をしかめた。
リィナだけがポカンとしたままジークにしがみついている。
クロノミナは、まっすぐにルークを見つめたまま――静かに、言った。
「……この世界、楽しんでいる?」
その問いは、まるで朝の挨拶のように、さらりと、穏やかだった。
「……どういう意味だ?」
ルークの声には、困惑と警戒が混じっていた。
クロノミナは微笑む。
「ねぇ、ルーク。あなたは気づいていないのね。
この世界は、“あなたの希望”で作られた世界よ」
その一言に、空気が凍りつく。
「……希望……? 俺が?」
ルークは無意識に一歩下がった。
魔女たちも、思わず息を呑む。
「ルーク、あなた……彼女と何か関係が?」
セフィナが警戒を強める。
クロノミナは、かすかに首を傾ける。
「……転生の前。あなたが最後に見た“白い空間”で、私は“こう問うた”の。
――“どんな世界で、もう一度、生きたい?”って」
ルークの中で、記憶がざわめいた。
遠い、夢のような、白く滲んだ景色。
自分が死にかけたその刹那、確かに……誰かに、問いかけられた。
“またやり直せるとしたら、どんな世界がいい?”
(……それが……お前、だったのか……)
「私はただ、あなたの願いを“時間の彼方”から汲み取っただけ。
この世界は、あなたが無意識に求めたもの。
“剣と魔法”、“明確な敵”、“やり直しの人生”……」
「ふざけるな……!」
ルークの声が震えていた。
目の前のクロノミナの言葉が、頭の奥でこだましている。
「俺は……世界を救おうと……この旅を……!」
だが、クロノミナは首を横に振った。
その微笑みは、どこか哀しみをたたえていた。
「……違うわ、ルーク。
あなたが歩んできたこの物語は、“あなたの望み”の延長線なの」
「望み……?」
「そう。あの瞬間……あなたの“魂”が、現世の終わりに直面したとき。
あなたは、無意識に願ったの。“こんなふうに生きてみたかった”と」
魔女たちは押し黙ったまま、ルークを見つめている。
ルークの目は、遥かな記憶の底へと沈んでいった。
◆
前世。
人込みに紛れるようにして生きていた自分。
誰かに抜きん出た能力があったわけでもない。
仕事では目立たず、褒められず、名前を憶えられることも稀だった。
クラスでは“その他大勢”。
恋人もおらず、好かれた記憶も、誰かに真剣に想われたこともない。
ただ、電車に揺られ、会議で叱られ、休日に誰とも話さずに日が暮れた。
「特別になりたかった」
「誰かに選ばれたかった」
「世界を救うヒーローになってみたかった」
そんな子どもじみた願いが、胸の底にずっと残っていた。
◆
「――その想いを、私はただ“拾った”だけ」
クロノミナの声が、現実へと引き戻す。
「私は、“時”を司る者。因果の軌跡をつなぎ、魂の形を記憶として残す存在。
あなたの願いの残滓を、この世界に編み込むように手伝った」
「だから私は創造主じゃない。
あなたが“望んだ世界”の手助けをしただけよ」
「……」
ルークの拳が、わずかに震えていた。
自分が立っていたこの世界。
救うべきだと思っていたこの旅路。
出会った魔女たち、仲間たち――
それらすべてが、自分の“心の奥”から滲み出たものだとしたら――
「だったら……この世界が、崩れかけているのも、俺のせいなのか……?」
ルークの問いに、クロノミナは小さく首を振った。
「いいえ。望みとは、変わっていいもの。
あなたは、この世界で“新しい答え”を探し始めている」
「だから、私から託せる。あなたに、この世界の“最後の選択”を」
◆
ルークは、目を閉じて――この世界に来てからの全てを、静かに思い返していた。
剣と魔法に満ちた異世界。
勇者の血を継ぎ、生まれながらに強く、才能に恵まれた存在としての自分。
立ちはだかる“魔女”たちは確かに強大だったが、すべての戦いは意味があり、結果として“誰かと心を通わせる”旅になっていた。
ミレイアの孤高と忠誠。
クラリスの情熱と照れ笑い。
グレイアの優しさと包容力。
リィナの無邪気さと依存。
セフィナの知性と品格。
――そして、何よりも、常に背中を預けられる仲間たちの存在。
ジーク。フィオナ。
家族のように笑い、命を預け合える関係。
……思い返せば、すべてが“理想的”だった。
(こんな人生を、俺は――本当に、望んでいたんだろうな)
◆
ルークは目を開け、クロノミナをまっすぐに見据えた。
「……確かに、この世界は楽しかった。仲間もいた。
魔女たちとも、ちゃんと向き合えた。強くなれた。誇れる旅だった」
クロノミナは、無言で微笑んでいた。
ルークは、一歩前に出る。
「……だからこそ、聞きたい」
「もし、俺が――お前を“倒したら”」
「この世界は、どうなる?」
その問いに、空気がふっと揺れた。
沈黙が落ちる。
クロノミナのまなざしは静かで、どこまでも透明だった。
「――わからない」
「……え?」
「私は、“時”を見てきた存在だけれど……未来そのものを確定する力はないの。
この世界を管理しているように見えるかもしれないけれど――私自身もまた、“誰かの思い”で作られた存在なのかもしれない」
その言葉は、どこまでも曖昧で、どこまでも真実だった。
「この世界が続くか、終わるか。
あなたが私を斬ることで、世界が崩壊するのか、それとも“完成”するのか――誰にもわからないのよ」
「じゃあ……俺は、何を基準に決めれば……」
ルークの声が少し揺れる。
クロノミナは、まるで優しく背中を押すように言った。
「“あなた自身”が決めればいいの。
この世界をどうするかを、他人の意思に委ねる必要なんて、どこにもない」
「あなたはもう、“他人の思い”で動く存在じゃない。
自分の足でここまで来た。自分の目でこの世界を見て、自分の心で愛した」
「ならば、選ぶ資格は――あなたにある」
神殿に風が吹いたような錯覚が起きる。
魔女たち、仲間たちは皆、ルークの背中を見つめていた。
選ぶ時が、来ていた。
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