おめでとうが言えなくて

まめなぎ

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おめでとうが言えなくて

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 帰宅早々、ぬるい風呂にゆっくり浸かって疲れを癒す。湯上がり口に含んだ冷たいビールが体に染み込んだ。
 つまみに買った惣菜を食べながらテレビをぼんやり眺めていると、スマホが震える。
 
 『松沢翔吾』
 
 表示された名前に鼓動が早まった。
 呼吸を整え、汗ばむ手で画面をタップする。開かれたメッセージウィンドウには可愛らしいスタンプ。そして一言。

 『俺、結婚したよ!』
 
 風呂上がりで暑いはずなのに、体の芯がすっと冷えていく。力が入らない。
 ゆっくり画面から目を背けた。テレビの笑い声が聞こえるのに、遠くで響いていて現実感が薄れていく。
 リモコンを手に取りテレビの電源を切ると、途端に部屋は静まり返った。
 もう寝てしまおう、と思った。
 残っているビールを一気に飲みほし、食べかけの食事を冷蔵庫に突っ込む。寝るために部屋の電気を消した。
 パチリ、乾いた音が響く。
 振り向くと、ベランダから月明かりが洩れている。

 俺はなんでここに一人でいるんだろうか。
 翔吾の笑顔がチラついた。遠い日のまだあどけなさが残る顔。
 地元に残れば良かった。そうしたら、少しでも長く一緒に居れたのに。友達として、隣に居れたというのに。
 どんな人が相手なんだ。また髪の長い人なんだろうか。きっと俺には見せない優しい眼差しをして、その手を取っているんだろう。
 無理だ。
 俺がどんなに望んでも一生手に入らない場所。そこで微笑む人間がいるなんて知りたくない。
 テーブルにおきっぱなしのスマホをもう一度タップする。
 翔吾から来た内容がまた表示された。
 俺がこんなことを考えているなんて、思いもしないだろう。きっと俺なら心から祝ってくれると信じてるんだ。
 その気持ちを裏切ってもいいのか。 
 俺は、翔吾が幸せな時に、祝いの言葉一つ言えない人間になっても本当にいいのか。
 返信しなければ。せめて最後に祝って、もうお終いにしよう。
 でも、なんて書けばいい?
 震える指先で『良かったな』と、打とうとして取り消した。
 そうじゃない。
 わかっているのに、ちゃんと『おめでとう』と書かなければいけないのに、そんな些細なことができなかった。
 書いては消してを繰り返し、やっと打った文面。今度は送る勇気がなくて、送信せずにスマホを消した。
 疲れていたはずなのに、布団に潜り込んでも頭が冴えて眠れない。ぐるぐると同じ事ばかりがループする。時計を見るとまだ20時だった。
 散歩でもしてこよう。もっと疲れたら多分眠れる。
 のそりと重たい体持ち上げて、スウェットのまま貴重品だけ持って部屋を出た。
 扉の外は生温い空気と、鈴虫の音だけが静かに響いている。薄暗い階段を降りると、人気のない歩道にぽっぽっと鈍い光の街灯が灯っていた。
 街路樹を歩きながら、たまに通り過ぎる車のヘッドライトに何度も目を細める。ただ当てもなく道なりに歩いて少しでも遠くへ。
 気がつくと、普段来ない場所まできていた。
 水の匂いがする。そのまま足を進めると、住宅街を横断する川にたどり着いた。月が水面に揺らめいている。
 橋に寄りかかって月を眺めていると、遠くで花火の音が聞こえた。見上げて見たけれど、ここからは何一つ見えない。
 河川敷で友達みんなで見た花火大会。翔吾とは最初で最後の一緒の花火。狭いシートで肩がぶつかるほどの距離にいて、俺だけ一人でドキドキしてた。
 ずっとこうしていられたらいいのに。
 思い出すだけで息が詰まる。
 俺は、翔吾の隣に俺以外の誰かがいることが嫌だった。そして今でも目を逸らし続けている。
 スマホをもう一度立ち上げた。
 
 『おめでとう!幸せになれよ!』

 先程打って送れずに残った文面。
 画面が滲んだ。
 共にすごしたあの日々を、あの場所を、俺は今でも手放したくないくせに、なんでこんなにズルいんだろう。 
 震える指先が触れ、相手に送信された。
 スマホの電源を落とす。
 これでいい。これでいいんだ。うずくまって、何度も何度も繰り返す。
 零れ落ちた雫が地面に吸い込まれて消えていった。
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