あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

文字の大きさ
177 / 574
第5部 ギウリーク動乱篇~ミトラへの道

第158話 仕掛け屋と銀雷の魔女

しおりを挟む
「来たのかい?」

ギンは、生真面目そうなその女の顔を、じっと見つめた。
まだ娘と言ってもいい。事実、彼女はまだランゴバルドの冒険者学校の学生のはずだ。
若く、未成熟で、真面目で、およそ争いごとは忌避するタイプ。

だが、それがいいのだ。
常習的に人を殺める者は、体に血の匂いが染み付いてしまう。この女はそうはならないだろう。
殺せる技を持っていても殺すために技を出したことがない。

「この前のお話しに興味があるなら、正午に黒船通りの『有楽屋』を訪ねるように、伝言をいただきました。」
「で、来た。と言うことは決心がついた、とそう言うことでいいのかね?」
「いいえ。」ドロシーはゆったりと笑った。「あくまで『興味がある』程度です。」

「ジウルやご隠居、クローディア公は?」

「クローディア陛下とアウデリアさまは、この地を治めるエステル伯爵の屋敷に行かれました。お付きのへんなトーガの方もご一緒ですね。
ご隠居は、調べたいことがあるって、ロクさんたちと一緒に別行動。」

「あのトーガの兄さんはなにものかね?」
ギンは、ゆっくり尋ねた。
「ああ、あれは変なトーガのひととおぼえておけば充分でしょう。」

「ふうん。」
うろんな顔で、ギンはドロシーを眺めた。ドロシーは涼しい顔で目をそらした。
そのまま、視線が店内を一周した。
「このお店って営業はしてないんですか?」

元は酒場か食堂だったのだろう。
椅子やテーブルはそのままで、あまりひどくは汚れていない。だが、部屋にすみに積もったほこりは、ここがしばらく使われていないことを示していた。

「知ってるものしかこないよ。ここは、それぞれの街にあるつなぎの場所のひとつ、だ。」

ギンの連れ合い、リクが、若い女を連れて入ってきた。
「つなぎ屋のダダル。」
「見慣れない顔がいるね。」
若い女は闊達に言った。
手に文庫をさげている。
西域の大都市には珍しくない。書店で売るにはいささか度が過ぎる猥褻本を貸本として貸し出して、また回収して回る。そんな生業のものに見えた。
ランゴバルドにももちろん、いる。そして若い女性が「それ」をしていることになんの意味もないと考えるほど、ドロシーは子供でもなかった。

「うちの新人だよ。ドロシー。」
「あ、そうなの。」
気軽に、貸本屋は、ドロシーの手を叩いた。
「よろしくね、ドロシー。最後は惨めにくたばるんだけど、それまではとっても楽しく過ごせるわよ。」
そう言って、みなに座るように促した。

「師匠とリクさんに来てもらえるとは思わなかった。」
そう言って、頭を下げる。
「いや、礼には及ばないよ。ミトラへの途中さね。いろいろと厄介事に巻き込まれてね。」

「この度の『お題』なのですが」
「ちょっと」
ドロシーは手をあげた。
「いきなりお仕事のお話ならわたしは、帰ります。まだ、ご一緒に仕事をすると決めたわけではないので。」

貸本屋のダダルは、ギンとリクを見た。
ふたりが頷くのを見てから、彼女も頷いた。

「・・・わかった。だが、ここらは若い女の子ひとりじゃ、ぶっそうなところだ。宿までわたしが送るから、入り口のあたりで、少し待っていてもらえるかな?」

ドロシーは言われた通りにした。
ランゴバルドは、田舎から出てきた者たち、例えば、ルトなどに言わせると「思い描いていた西域そのもの」だという。
機会馬の馬車が走り、電気による灯りが一般の家庭にまで普及し、上水道、下水道がある。
一般の市民も使える博物館や美術館があり、無数の学校が識字率を高めている。なかには冒険者学校のように、無償で貧民や地方からの流れ者を受け入れてくれるところまであるのだ。

それに比べるとオーベルの街はだいぶ見劣りするようだった。
街路は狭く、また塵芥だらけ、道を行くひとびとはどこか荒んでいて、冒険者ギルトからここまでで、ドロシーは倒れて動かない、おそらくは死体となったものを2人は見た。

30分ほどもまっただろうか。
ダダルはひとりで上がってきた。

「さて、行こう。ギンとリクは別の出口から出たよ。あとであんたにも連絡するってさ。」

そう言ってあるき出す。
ドロシーもあわててあとを追いかけた。

「あらためて、挨拶するけど、わたしはダダルっていう貸本屋だ。表の稼業ってやつね。」
笑った顔は、ほがらかで少年のようだった。
「自分じゃ、仕掛はしない。依頼人とのつなぎ役なんだ。育ての親がそんなことをやっててね。3年まえにくたばってからは、あとを継いでいる。」

「ダダルさん、わたしはギンさんに言われて、話をききにきただけなんです。あまりそちらの内情は・・・」

「ああ、わかってるわかってる。」
ダダルは手を振った。
「お師匠さんは、なし崩しに依頼内容をきかせて、無理やり仲間にしちまおうって魂胆のようだったけど、わたしは反対だ。そんな風に稼業にはいったやつはあとで裏切る。
あんたは男もいるんだろ?」

はあ。
と、ドロシーは答えた。
その首筋に、ダダルが鼻を近づけた。
「匂いがする。昨夜もかわいがってもらったんだね? リクからきいてる。凄腕の拳法使いと出来てるんだって?」

ドロシーは赤面した。アキルとオルガは宿に残っていたが、彼女たちに、自分の痴態を見られたと思うといっしょにいるのが気恥ずかしかった。
伝言にのって、外出した理由のひとつにはそんなこともあった。

そこは裏路地で人通りは見えない。
ダダルが、ドロシーの胸元に鼻をつっこむように抱きついた。
「ここも。ここも。ここも舐められたんだよね? ねえ、どんな感じだった? 相手の男はいくつくらい。やっぱり筋肉とかすごいのかな、どんなふうにあなたを」

ザクっと短剣の先が氷を砕く音がした。
ドロシーの胸の下に差し込まれようとしたダダルの短剣は、氷の鎧に阻まれた。ドロシーに掴まれた、短剣を握るその手がみるみる凍結していく。

苦し紛れにダダルはドロシーの膝を蹴飛ばそうとしたが、ドロシーは軽く軸足を払った。転倒するついでにつかんだ手をひねって肩をはずしてやる。

苦悶の声をあげて、ダダルは路上に蹲った。

「いい腕だね。」
青ざめた顔に苦悶の脂汗をにじませながら、ダダルは笑った。
短剣を握った腕は、指先からひじまでが氷に覆われて、さらに肩をはずされている。
「言っとくが、お師匠さんとリクさんは関係ないよ。わたしの独断だ。わたしらは、所詮、ワルだ。秘密を知っちまったものはひとりでも少ないほうがいい。」

「わたしは、仕掛け屋とことを構えるつもりは、ない。」
ドロシーの身体は、本当の強者を相手にしたときのような甘い疼きを伝えてこない。この相手に「殺されたい」でも「殺されたくない」。そんな矛盾する気持ちが自分自身を痛めつけるような技の行使を可能にするのだ。ダダルは・・・それではない。
「わたしが、自分のこれからの身の振り方に悩んでいるのは事実だけど、だれかに強制されるのはお断りよ。」

「言うことは立派だが、どうだかね。」
よろよろとダダルは立ち上がった。
「自分の師匠に閨の相手まで勤めさせられているわけだろ? 言ってやろうか。あんたは被虐趣味があるんだよ。端正に取り繕った自分をぶち壊されることに快感を感じるのさ。」

「まあ、そうかも。」
平然と頷いたので、ダダルは鼻白んだ。
「まあ、それは性癖の問題であって、ひとにとやかく言われる必要はないと思う。
わたしが、ギンさんたちの話を聞きたいと思ったのは、わたしの師匠、ジウル・ボルテックがやろうとしている無駄な大活劇を止めたいと思ったから。
わたしは、あれとは別になんというか。」
(今度こそ、ドロシーは真っ赤になった)
「想い人がいて、そのひとならもっと最小限の破壊で、ぜんぶをおさめたと思うから。あとで知られたときにベストを尽くしたって胸をはれるようにね。」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...