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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり
第242話 悪夢と絶士と大賢者
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「鉄道公社の特殊戦力『絶士』のことは聞いている。」
ミルドエッジが、可愛らしい少年の顔をクシャクシャに歪めて笑っている。
「黄金級、英雄級の冒険者や、王室、貴族どもが抱える腕利きから、引き抜いた猛者揃いの精鋭らしいのお。」
その言葉遣いに、シホウの目が細められた。もともと、肉に埋もれたような顔立ちで目は細い。それがさらに糸のようになった。
「銀灰の者は見かけ通りの年齢ではないと聞いているが、お主もそのクチか?」
「銀灰帝国皇室『悪夢』が一人、ミルドエッジ。これは我が弟子のアモウとクルス。
そっちの女は、皇帝護衛官イザーク。」
ゆっくりと、ミルドエッジは言った。
いくら子供のなりをしていても、その物言いはとても十歳かそこらの少年には見えない。
もっと年を経た何者か(それが人間かどうかはともかくとして)が子供のフリをしているとしか見えなかった。
「わしらは、黒髪と黒い瞳の女を探しておる。
つい先日、ここで起こった騒ぎの際に、滞在していた前ロデリウム公爵が連れていた女がちょうどそんな風だったと、聞きつけてな。」
「なるほど、その情報を渡せば、素直にここを立ち去ってくれるのかな?」
「わしらは『悪夢』などと物騒な名前で呼ばれているが、もともとはわしらと戦ったものどもがそう呼び出しただけで、正式な名乗りではない。まあ、もっとも今では、国内でもそう呼ばれることが多いのだがな。
別段、殊更に流血を好むわけでも、人一倍、残虐なわけでもないよ。
わしらが追っている女性と違ってな。」
クックック
と、のどを鳴らして、少年は笑った。
「だがなあ・・・『絶士』殿。これだけの強者が出会って、手合わせもせずに話だけして別れるもの勿体無いだろう。
わしらも噂の絶士のお手並も拝見したいし、おまえさんも伝説の『悪夢』がどんなものか身をもって確かめたいじゃろう?」
「それは」
その通りだった。
だが、少なくともシホウは、アイクロフトやグエルジンとは違う。
自分たちの役目は、目下、オールべの治安の維持であり、街を破壊しかねない戦闘は忌避すべきであることは理解していた。
「いや、残念だが、機会をあらためよう。我々は」
ガシャ
金属の触れ合う音は、グエルジンの包丁が触れ合う音だった。
アイクロフトは、わずかに腰を屈め、無事な方の手をだらりと下げていた。そこ姿勢から抜き打ちを放つのが彼の得意技ではあった。
「ちょうど3対3で帳尻もあっておる。」
そう言いながら、ミルドエッジは一歩、退いた。
「えっ!え?
ええっ! わたし?」
イザークの声が響く。
「言い出したお主はやらんのか?」
「おまえたちにその資格があれば、だな。」
笑うミルドエッジの姿が一瞬霞んだような気がして、シホウは目を擦った。
その刹那。
アモウがナイフ取り出した。
刃の短い折りたたみのナイフだ。見せびらかすように、それを手の中でくるくると回す。
クルスが、虚空から引き出したのは、鎖だった。
足元に落ちたその端を掴んで、クルスは笑いを浮かべる。
“こうなれば仕方ない、か ”
シホウは、もう1人、護衛官のイザークにむかった。
戦意の薄い彼を短時間で圧倒し、手負いのアイクロフトを援護するつもりだった。
それにしても、ここでは、まずい。
ここは駅の出入り口だ。
人通りも多すぎるし、だいいち。
シホウは、呆然とした。
つい、いましがたまでの雑踏はかき消すように消えていた。
建物はそのままに。
人がひとりもいない。
どうように、グエルジンも驚いたように周りを見回した。その彼女に踏み込んだアモウがナイフを振り下ろした。
とっさに、包丁を振りかざしたグルジエンだが、振り上げたアモウの手はカラだった。
ナイフは、もう片方の手に。
グルジエンの脇腹を深々と抉る。
やっいることは、そう高度なことではない。
街の不良のケンカレベルだ。
だが、冴えが違う。スピードが違う。
絶士グルジエンが一撃を食らうほどに。
呻きながら、後退するグルジエンをアモウが正面から蹴りあげた。
深手をおった脇腹にさらに打撃を受けて、グルジエンが大きく後方に吹っ飛んだ。いや、自ら飛んで蹴りの衝撃を逃がしたのだろう。
一方のアイクロフトは。
利き腕は無事とはいえ、体の動きはぎこちない。いや、それだって大したものなのだが、「ベスト」には程遠いのだ。
自在にうねる鎖に、負傷した腕を痛出されて、その端正な顔が歪む。
どちらを助けるか。
一瞬、躊躇したシホウに、イザークが襲いかかった。
掴みかかる両腕ともに、人間にはありえない、鉤爪が生えている。
とっさにガードしたシホウの太い腕に深い傷をつけられた。
彼でなければ、腕ごともっていかれただろう。
「竜人・・・かっ!」
爪をかわしざまに、接近し、アウデリアをも跪かせた連続突きを放つ。
だが。
うろこ状の光の連なりに打撃は、体に達することなく食い止められる。
「竜爪に竜鱗か。」
そして、三組の魔人どもが戦うのを、空中から睥睨するのは、銀灰皇国の誇る『悪夢』がひとりミルドエッジ。
「ここは、わしの『夢』よ。」
かわいらしい少年は世にも恐ろしい笑いを浮かべる。
「だが、それはひとつの世界とかわりはない。そこでの死は実際の死と変わらぬ。だが、安心せい。我が愛弟子、アモウとクルスも条件は同じだ。」
「なるほど、実に面白い。」
背中越しに覗き込む人影に、少年は驚愕して、振り返った。
若々しい顔は、楽しげな笑いを浮かべている。
「な、なにものだっ・・・ここは、わしの夢・・・わしの世界。どうやってここへ!」
「ああ、質問はひとつずつ。
でも答えはひとつだね。
なにものか・・・に対する答えは、賢者ウィルニアだ。
どうやってここへ・・・の答えも賢者ウィルニアだから、だね。」
浮かべる笑みは、これ以上ないほど邪悪なものに、ミルドエッジには思えた。
ミルドエッジが、可愛らしい少年の顔をクシャクシャに歪めて笑っている。
「黄金級、英雄級の冒険者や、王室、貴族どもが抱える腕利きから、引き抜いた猛者揃いの精鋭らしいのお。」
その言葉遣いに、シホウの目が細められた。もともと、肉に埋もれたような顔立ちで目は細い。それがさらに糸のようになった。
「銀灰の者は見かけ通りの年齢ではないと聞いているが、お主もそのクチか?」
「銀灰帝国皇室『悪夢』が一人、ミルドエッジ。これは我が弟子のアモウとクルス。
そっちの女は、皇帝護衛官イザーク。」
ゆっくりと、ミルドエッジは言った。
いくら子供のなりをしていても、その物言いはとても十歳かそこらの少年には見えない。
もっと年を経た何者か(それが人間かどうかはともかくとして)が子供のフリをしているとしか見えなかった。
「わしらは、黒髪と黒い瞳の女を探しておる。
つい先日、ここで起こった騒ぎの際に、滞在していた前ロデリウム公爵が連れていた女がちょうどそんな風だったと、聞きつけてな。」
「なるほど、その情報を渡せば、素直にここを立ち去ってくれるのかな?」
「わしらは『悪夢』などと物騒な名前で呼ばれているが、もともとはわしらと戦ったものどもがそう呼び出しただけで、正式な名乗りではない。まあ、もっとも今では、国内でもそう呼ばれることが多いのだがな。
別段、殊更に流血を好むわけでも、人一倍、残虐なわけでもないよ。
わしらが追っている女性と違ってな。」
クックック
と、のどを鳴らして、少年は笑った。
「だがなあ・・・『絶士』殿。これだけの強者が出会って、手合わせもせずに話だけして別れるもの勿体無いだろう。
わしらも噂の絶士のお手並も拝見したいし、おまえさんも伝説の『悪夢』がどんなものか身をもって確かめたいじゃろう?」
「それは」
その通りだった。
だが、少なくともシホウは、アイクロフトやグエルジンとは違う。
自分たちの役目は、目下、オールべの治安の維持であり、街を破壊しかねない戦闘は忌避すべきであることは理解していた。
「いや、残念だが、機会をあらためよう。我々は」
ガシャ
金属の触れ合う音は、グエルジンの包丁が触れ合う音だった。
アイクロフトは、わずかに腰を屈め、無事な方の手をだらりと下げていた。そこ姿勢から抜き打ちを放つのが彼の得意技ではあった。
「ちょうど3対3で帳尻もあっておる。」
そう言いながら、ミルドエッジは一歩、退いた。
「えっ!え?
ええっ! わたし?」
イザークの声が響く。
「言い出したお主はやらんのか?」
「おまえたちにその資格があれば、だな。」
笑うミルドエッジの姿が一瞬霞んだような気がして、シホウは目を擦った。
その刹那。
アモウがナイフ取り出した。
刃の短い折りたたみのナイフだ。見せびらかすように、それを手の中でくるくると回す。
クルスが、虚空から引き出したのは、鎖だった。
足元に落ちたその端を掴んで、クルスは笑いを浮かべる。
“こうなれば仕方ない、か ”
シホウは、もう1人、護衛官のイザークにむかった。
戦意の薄い彼を短時間で圧倒し、手負いのアイクロフトを援護するつもりだった。
それにしても、ここでは、まずい。
ここは駅の出入り口だ。
人通りも多すぎるし、だいいち。
シホウは、呆然とした。
つい、いましがたまでの雑踏はかき消すように消えていた。
建物はそのままに。
人がひとりもいない。
どうように、グエルジンも驚いたように周りを見回した。その彼女に踏み込んだアモウがナイフを振り下ろした。
とっさに、包丁を振りかざしたグルジエンだが、振り上げたアモウの手はカラだった。
ナイフは、もう片方の手に。
グルジエンの脇腹を深々と抉る。
やっいることは、そう高度なことではない。
街の不良のケンカレベルだ。
だが、冴えが違う。スピードが違う。
絶士グルジエンが一撃を食らうほどに。
呻きながら、後退するグルジエンをアモウが正面から蹴りあげた。
深手をおった脇腹にさらに打撃を受けて、グルジエンが大きく後方に吹っ飛んだ。いや、自ら飛んで蹴りの衝撃を逃がしたのだろう。
一方のアイクロフトは。
利き腕は無事とはいえ、体の動きはぎこちない。いや、それだって大したものなのだが、「ベスト」には程遠いのだ。
自在にうねる鎖に、負傷した腕を痛出されて、その端正な顔が歪む。
どちらを助けるか。
一瞬、躊躇したシホウに、イザークが襲いかかった。
掴みかかる両腕ともに、人間にはありえない、鉤爪が生えている。
とっさにガードしたシホウの太い腕に深い傷をつけられた。
彼でなければ、腕ごともっていかれただろう。
「竜人・・・かっ!」
爪をかわしざまに、接近し、アウデリアをも跪かせた連続突きを放つ。
だが。
うろこ状の光の連なりに打撃は、体に達することなく食い止められる。
「竜爪に竜鱗か。」
そして、三組の魔人どもが戦うのを、空中から睥睨するのは、銀灰皇国の誇る『悪夢』がひとりミルドエッジ。
「ここは、わしの『夢』よ。」
かわいらしい少年は世にも恐ろしい笑いを浮かべる。
「だが、それはひとつの世界とかわりはない。そこでの死は実際の死と変わらぬ。だが、安心せい。我が愛弟子、アモウとクルスも条件は同じだ。」
「なるほど、実に面白い。」
背中越しに覗き込む人影に、少年は驚愕して、振り返った。
若々しい顔は、楽しげな笑いを浮かべている。
「な、なにものだっ・・・ここは、わしの夢・・・わしの世界。どうやってここへ!」
「ああ、質問はひとつずつ。
でも答えはひとつだね。
なにものか・・・に対する答えは、賢者ウィルニアだ。
どうやってここへ・・・の答えも賢者ウィルニアだから、だね。」
浮かべる笑みは、これ以上ないほど邪悪なものに、ミルドエッジには思えた。
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