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第6部 聖帝国ギウリークの終わりの始まり
第246話 宴の準備
しおりを挟むガルフィート伯爵は、目の前に積まれた手紙の山を呆然と見つめていた。
今回のパーティの運営を頼んだアライアス侯爵は、扇で口元を隠しながら、嫋やかに笑っている。
手紙は、いずれも美麗な紙を使い、優雅な文字で、ガルフィート伯爵とクローディア大公夫妻の健勝を寿ぎ、今回のパーティに喜んで出席させてもらう、という内容だった。
もちろん。
招待状など一通も出していない。
通常、高位貴族のパーティともなれば、ふさわしい演出、料理も吟味して、だれとだれを呼ぶかなどの駆け引きも含め、ひと月は時間をかけるものだ。
ガルフィートが「3日後」といったのは、ごくごく内輪のパーティである、と。
そのような意味で言ったのだが、残念ながら理解はいただけなかったようだ。
「おそらく祐筆を起こすのが間に合わず、自ら筆をとったものもあります。昨夜のうちにしたためたのでしょう。
朝食が終わるまでに届いたものだけ、でこれです。
閣下が、わたしくが会の運営を仕切ると、そう、昨夜の食事会ではっきりそうおっしゃってしまいましたもので。
一夜明ければこの有様。」
「ぜんぶで何名くらいになりそうですか? アライアス侯爵。」
「さあ? 昨晩の食事会の出席者で、手紙を送ってこなかったのは我が兄くらいですわね。
そこから、話が広がったにしても昨日の宴がはけたのもだいぶ、遅うございましたので。」
女侯爵は、怖い目でガルフィート伯爵を睨んだ。
「本格的に、この話がひろがるのは今日になってからでしょう。」
わかりました、とガルフィート伯爵は答えた。魔王に挑んだ先祖もこんな気持だったのだろうか。
腹に力をいれて、アライアスを見つめる。
「して規模はどの程度を想定すればよろしいでしょうか?」
「こうして」
とアライアス侯爵は、手紙の一通をつまみ上げた。
「招待された体で、手紙を送ってくるのはごく一部でしょう。まず当日はご門前の交通整理からはじめる必要がありますわ。
そうですね、ちょうどお隣の区画に公園がありましたから、そこを借り切っておきましょう。馬車を止めさせるだけでもそのくらいは必要になります。
あと、お料理ですが、これは出来あいのものを運ばせたほうがよろしいかと。
正直なところ、心配なのは、人数よりも、教皇猊下や皇帝陛下が偶然、前を通りかかったふりをして、突然会場にはいって来る可能性です。」
「わかった。」
ガルフィート伯爵は、覚悟をきめた。
「庭に立食のパーティ会場を設営しよう。広間はダンスをしたいものに開放する。楽団の手配はお願いできますか?」
「心当たりのところに声をかけておきますわ。でも、人気のある楽師はたいてい、半年先までスケジュールがうまっているものです。とりあえず、音がでればよし、としてもらわないと。」
頷いたガルフィート伯爵だが、アライアス侯爵がまだなにか言いたげなのを見て、座り直した。
「ギムリウスたち『踊る道化師』が出席を申し出ております。」
「・・・わかった。というより、もともとあのウォルトと名乗ったハルト王子も招待する予定だったのです。その仲間たちを呼ばないわけにはいきますまい。」
「踊る道化師の残りのメンバーも『ランゴバルド冒険者学校』から呼び寄せる・・・と言っていました。ギムリウスが『転移』を使うそうです。」
ガルフィート伯爵は、顔をしかめた。
「クローディア大公夫妻を救った『踊る道化師』はランゴバルドの冒険者パーティなのか。」
「正確には、ランゴバルド冒険者学校の直属冒険者だそうです。直接の雇い主はルールス前学長。」
「教皇庁の息のかかったギルド・・・たしか『神竜の息吹』の裏工作で、学長の座から追い落としたルールス閣下の手のものなのか。」
「それはどうでしょう。」
アライアス侯爵は、聞かれたことにはなんでもはきはきと答えるギムリウスの顔を思い浮かべながら言った。
「ギムリウスは、自分たちはルールス閣下を暗殺から守るために雇われたのだ、と言っていました。ウォルトもミイシアも。」
「ミイシア?」
「ウォルトと一緒に留学のためにミトラを訪れた女性です。ミトラでもいないような美少女です。あれが、クローディア陛下の一人娘のフィオリナ姫でなかったら、わたくしは爵位をヘロデに譲って退位しますわ。」
午後になって、さらに手紙は増えた。
みな、出してもいない招待状に「ぜひ出席させていただく」との返事である。ミトラの貴族社会の悪しき風習ではあるが、正直なところ、この手の行事にはなれているアライアスも辟易してきた。
ミトラに滞在中の高位貴族は、ほとんどすべて、である。加えて、各国の大使、鉄道公社のミトラの担当局長、そして現在ミトラに滞在している古竜の面々。
手紙はうず高く積まれ、しばし呆然と見上げるアライアスのもとに、拳士の少女が声をかけてきた。
「お手伝いさせてくださいませ、侯爵閣下。」
「あなたは? ドロシーとか言ったわね。」
「はい、宿をお世話になっていますので、せめてなにかお手伝いを、と。」
なんであなたが?
と、口にはしなかったが、表情でわかったのだろう。
「読み書きはできます。」
ドロシーは、知的な顔立ちに誇りをうかべてそう言った。
「まず、手紙の名前を書き出してリストにします。
その間に、閣下は宴の進行をお考えください。スピーチは、主催者であるガルフィード伯爵閣下とクローディア陛下のみでよいでしょう。」
「お、おぬし・・・あのジウルとかいう拳法家の弟子なのだろう? いったいなぜロデニウムのご老公とともにミトラへ?」
「ご隠居さまとは、ランゴバルトから旧街道をぬける途中で偶然、お宿がいっしょになっただけです。
もともと異世界人のアキルをミトラに届けるための道案内役として、師匠のジウルが選ばれたのでそのお供で参りました。」
ドロシーは紙をきって短冊をつくるとそこに手紙の差し出し主の名前を書き写し始めた。
「わたしは、ギウリークのみなさまの爵位をよく存じ上げませんので、お名前を書き出した後、スペル順に並べます。
それぞれにお席をご用意するご予定ですか?」
ドロシーは、憲法着を脱いで、こざっぱりとしたドレスに身を包んでいた。
フリルの少ない飾り気のなさすぎる衣装だったが、清楚な彼女にはよく似合っている。
「立席にするつもりだ。」
「それがよろしいかと。」
動作もきびきびしていたし、無駄のない口のききようもアライアスの好みにあった。
「お主は、あのジウルとかいう拳法家の弟子だろう?」
「ああ、席を置いているのはグランダ魔道院です。もともと魔法が専攻なんです。」
「あの男の情人をして、旅暮らしはもったいなくないか?
ミトラに滞在し、当家に仕えてみる気はないか?」
「はあ。」
乗ってくるかと思ったが、ドロシーは難しいことでもいわれたように、俯いて考え込んだ。
「いや、急な話だったな。いまの暮らしにふまんでもあれば、とも思ったんだが」
「わたしはまだ正規のメンバーではないのですが、冒険者のパーティに所属してるんです。」
困ったようにドロシーは言った。
「ランゴバルドの『踊る道化師』。」
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