あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

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第7部 駆け出し冒険者と姫君

第328話 大賢者の異界

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明るい日差しの下、緑の芝草が丁寧に刈り込まれた庭園のなかを、小道が続いている。
瀟洒な家は、窓を開け放って、風をいっぱいに取り込んでいた。

ミトラの目抜き通りの、ブティックの奥の扉はここにつながっていた。

「ここはいったい…」
その「真実の目」が明滅し、ここが幻覚でも、なんらかの画像投影でもないことを確認すると、ルールスは、また収納から酒瓶を取り出した。
難しい魔術ではないが適性を選ぶ。また、収納しておく限り、常時魔力を消費し続けるのが「収納魔法」である。

いったいこの主人は「収納」になにを収納しているのか、ネイアの目つきが険しくなる。

「我が主人、賢者ウィルニアの結界です。」
笑ったシャーリーの顔が歯を剥き出した髑髏の姿を、一瞬だけあらわにした。
「魔道院にしようかとも思ったのですが、そちらの邪神さまがいらっしゃるので。」

「ど、ど、ど、どこがけっかいじゃあ。」
酒臭い息を吐きながら、ルールスが言った。

「そうなのか?」
オルガがアキルを覗き込むように尋ねた。
アキルは頷いた。
「ここは単なる閉鎖空間じゃない。神が作り出す『神域』とも呼ばれる異界に近い。」

「まあ。」
シャーリーは嬉しそうに笑った。
「ヴァルゴールさまにそう言っていただけるとは‥ウィルニアも喜ぶでしょう。
こちらへ。」

家のテラスには、テーブルと椅子がおかれ、ふたりの若い男がお茶を楽しんでいた。
ひとりは時代遅れのトーガ姿である。
言わずと知れた賢者ウィルニアであったが、もうひとりのほうは、実はシャーリーもよく知らなかった。

「おかえりシャーリー。そしてようこそ、魔王宮第六層へ。」

もう一人は、全体に線の細い青年貴族だった。襟の周りにレースを重ねるのは、グランダ風の意匠で、西域育ちのルールスには野暮ったく映った。

「賢者殿。」
ルールス姫は、酒臭い息を吐きながらそれでも、なんとか挨拶をした。
「対抗戦ではお世話になりました。オーベルではうちの生徒が大変お世話になりましたようでありがとうございます。」

賢者はにこやかに笑って、一堂に座るように頼んだ。

「さて、こちらの方は、おそらく初めてお目にかかるかと思う。」

ウィルニアは、見慣れぬ青年貴族を、グランダのクーレル子爵と紹介した。
ハンサムではないが理知的な顔立ちの青年だった。というより、およそ武ばったことには無縁のようなヒョロリとした青年だった。

「どうも、始めまして‥でよいのかな?
あの対抗戦は見学させていただいたのですが、ご挨拶する機会もなく。」

「ほう、お気に入りの選手はおりましたか?」
「は、いや、イチオシはランゴバルト冒険者学校の“銀雷の魔女”ドロシーさんです。あのしなやかで優美なる身のこなし、筋肉質の細身の体にうっすらとついた脂肪が産み出す曲線、それを引き立ててやまぬあの銀のコスチューム‥」

「クーレル子爵は、来月からランゴバルトに留学の予定があるとか。
ドロシーもちょうど交換留学から、戻る頃ですからお目にかかる機会もあるでしょう。
彼女は、こちらのルールス分校長の特別クラス“ルールス分校”の学生ですから。」

オルガは、アキルの耳元にささやいた。

「おい、こいつはなんだ。これ以上ドロシーのまわりを忙しくするつもか?」
「楽しんでるんだと思う。賢者をウィルニアはそういうやつだって、ルトが言ってた。」

それよりも。
と、アキルは、クーレルを睨んだ。

「おまえ、クロノス神の現し身だな?」
「ヴァルゴール殿はそんな目で、わたしを見ないでくれ。」

本当に、不健康そうなその顔色を一段と青ざめさせて、クーレル子爵は言った。

「この体は、その少女のように神存在をおろせるような代物ではないのだ。
わたしはすべての力と知識を封印した状態にある。お主がその姿の片鱗を見せるだけで、わが心臓は鼓動を停止する。」

気がつくとルールスがまた酒をらっぱ飲みしていた。
ネイアが優しく瓶を取り上げると、ルールスはケケケっと耳障りな笑い声をたてた。

「ここは、わたしの知ってる世界とは違いすぎる。知らない間に異世界転生でもしてたのか?

学校を追われた美人校長が左遷された先は、生徒は、魔王と神獣と古竜に真祖でした。邪神さんも転校してきてさあ大変だあ!なのか?」

「わたしが人の世に人として生を受けてみようと思ったのは、人の持つ“武”の力を真近で見たかったのです。時として、わたしの与えた運命すら覆す、人の持つ可能性。それは、人が鍛錬によって習得し磨き上げる“武”が大きく影響している、そう考えたのです。」
クーレルは寂しげに笑った。
「結果として、わたしのこの体は極めて虚弱であり、自ら武を体験することは、かないません。
また、本来、わたしの持つ洞察力や超感覚を欠いた状態では、見ることも限界があります。
つまり、わたしの転生はまったくの無駄でありました。
かと言って自ら命をたてば、それは己の存在を削ぐことになる、それはできない。」

「同情申し上げる、とでも言っておけばいいのか。」
オルガは、皮肉な声で言った。

「おお、お主は確か、西域に名高い闇姫オルガ殿ですな。
神々の間では、ヴァルゴールが現し身を得るときは、その体を使うだろともっぱらの評判でありましたが、素晴らしい現し身を得たものだ。あなたも命永らえましたな。」
「‥そう、なのか、アキル?」

「まあまあ、細かいことは置いといて、」
ウィルニアは、空中からポットとカップを取り出した。
「実は、運命を司るクロノス神から、相談を受けているのです。」

「我ら肉体をもって現世を生きる者に、なにか関係がありますでしょうか?
老師殿。」
ネイアが言った。ウィルニアが入れてくれたお茶のカップに、ドボドボと酒を注ぎ込もうとするルールスを止めながら、である。

「諸君にも協力して欲しい件です。」
ウィルニアは頷いた。
「ルトとフィオリナの結婚式を延期させて欲しい。」











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