あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

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第9部 道化師と世界の声

愛しの剣聖さま

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ガルフィート伯爵家令嬢カテリアにとっては、この数ヶ月は、久しぶりに訪れた平穏な日々と言えた。

午前中に、自宅の屋敷には、礼儀作法のマナー講師がやってきて、マナーや最新のゴシップ、噂話の収集。
午後からは、教皇庁の指定の稽古場へ行き、勇者クロノとともに、身の程知らずの挑戦者を叩きのめしたり、たまには2人で稽古をしたりする。
夕方からは、高位貴族の令嬢として、招待された晩餐会に出席したり時には(これは、ギウルークだけの習慣のようではあるが)招待もされていない晩餐会に、顔を出したり、あるいはそんな予定のないときは、父であるガルフィート伯爵の執務を手伝ったりする。

これは、15でカテリアが、国の定めた教育課程を終了してからの、ほぼ毎日の日課であり、彼女は、人生というものはそういうものだと、若くして決め込んでいた節がある。

そのまま、平穏な日々が続けば、おそらくは、何年か後には、勇者クロノとの結婚話が持ち上がってくるだろう。
ガルフィート家は、ギウリークの重鎮であり、いまクロノが毎晩のように床に連れ込んでいる令嬢たちとは、格が違う。
年は、カテリアの方が一つ上だったが、美男美女でもあるし、何しろ、当代の勇者と剣聖のカップルである。

カテリアが一言言えば、クロノに群がる女どもなど、あっさりと蹴散らせるに決まっている。

カテリアもクロノもまだ、十代であり、ギウリークの貴族にとっての結婚適齢期にはまだ早い。
それでも、婚約という形にしなかったのは、ひとえにクロノの女癖の悪さにあった。

高位貴族の娘であるカテリアには、結婚を貴族の義務ないしは、業務的な何かとして、割り切るだけの器量はあった。
それにしても、弟子と愛人(あるいはその両方を兼ねた者)が、寝室の前に列を作るような男を、伴侶にしてよいものかは、まだ少し思案の余地は、ありそうだった。

「ご無沙汰しております、カテリアさま。」

それは、新しく、外交部に就任した某侯爵家の就任祝いのパーティーの席だった。
ちなみに、招待状がなければ、入れない。かなり内輪パーティーである。
なぜかと言えば、ギウリーク聖帝国は、いまや、聖光教の権威と、外交という名の権謀術数でかろうじて、八大列強にぶら下がっている国であり、その外交部に配属されたことは、名誉ではあれ、あまり大っぴらに喧伝してよいことでもないからだ。


話しかけてきた相手を、カテリアはまじまじと見つめた。
パーティーの趣旨で、目元を覆う仮面はつけているが、その細面で品のいい顔立ちは、見覚えがあった。

戸惑ったのは、全体の雰囲気だ。
前に会ったときは、こんなに大人びた雰囲気だっただろうか。

喉元がこんなに白かっただろか。
肌がこんなにツヤツヤと輝いていただろうか。

「ドロシー・・・・?」
「その節は大変おせわになりました。」

ドロシーは、優雅に首を垂れた。
女性同士、しかも仮面パーティーである。正式に膝を折っての挨拶ではなかったが、目上のものに対するものだった。

カテリアは、それほど察しの悪い方ではない。このパーティーに参加しているということは、招待状の出所は、ドロシーを高く評価していたアライアス侯爵か、または彼女の父親、ガルフィート伯爵自身ということになる。

「こちらこそ。」

「お世話になったその節」は、どの節かはわからない。確かドロシーは、クローディア大公のミトラ到着を祝うパーティーのときは、もうアライアス侯爵の元で運営にあたっていた。クローディア大公のオーベル伯就任と、その後の結婚披露宴では事務方の中心となって働いていたようだ。

踊る道化師たちが、ミトラを去ったあとも、折に触れて、カテリアの父もアライアス侯爵もその優秀さを褒めていた。
実際に、ガルフィートもアライアスも、それなりの地位と報酬を用意して、ドロシーをミトラに止まらせようとしたのだが、失敗している。

「半年ぶりか・・・・ミトラにいつ戻ったの?」
「いろいろと事情がありまして・・・・」

ドロシーはにこやかに笑う。
いろいろ、の中には、フィオリナとリウとルトを巡るとんでもない騒動もあったのだが、余計なことは話さない。

「今、わたしはリウと、冒険者学校の生徒を連れて、カザリームにいます。」

そうしながらも、ギウリークにとって、有益な情報をさりげなく流すことも忘れない。
これから、ドロシーは、カテリアに頼み事をするのだ。世はすなわち、ギブアンドテイク。

カテリアがそれもわからないようならば、直接、勇者に話をせねばならないが、常に教皇庁の監視下にある勇者クロノへ、ドロシーが接触すれば、その内容は直ちに、教皇庁の知るところになる。
ドロシー自身は、ランゴバルドでは標準的な、聖光教の信者だ。
教皇庁に敵対する気はさらさらなかったが、何しろ、仲間には、排斥の対象である吸血鬼がいる。千年来の大敵である魔王がいる。おまけに、聖光教の認可を受けない勇者までいて、しかもしかもその正体は、邪神の現し身なのだ。

行動も慎重にならざるを得ない。

一瞬の間のあと、カテリアは、わずかに目を見開いた。

「カザリームで『踊る道化師』を名乗るパーティが活躍してるという噂は聞いてる。まさか・・・・本物なのか。」

さりげなく、ドロシーの腕をとって、部屋の隅に誘う。なんの違和感もなかったのはカテリアが男装していたからだ。ドロシー自身は、淡いブルーのロングドレス。光沢のある生地は、ドロシーによく似合ってはいたが、素材が普通では無い。ギムリウス自身ではないが、配下の蜘蛛の糸で織られた生地でできている。

飲物を進めるふりをして、カテリアは、ドロシーを抱き寄せた。

「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」

ここまでしてしまうと、場内的には目立たぬどころではなく、翌日には、ガルフィート伯爵令嬢“剣聖”カテリアが、女の子を口説いていた、との噂が大々的に出回るのだが、それはドロシーの知ったことではない。
ドロシーは、カテリアの整った顔を間近に見つめながら、囁いた。
「剣聖カテリア様に、お願いしたいことがあります。」
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