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第9部 道化師と世界の声
試合という名のなにか2
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見物している者たちの、感嘆を、カテリアはうとましく、思っている。
剣と素手では、あまりにも挑戦者たる「銀雷の魔女」に分が悪いため、あえて、剣を落として、近接戦に持ち込んでやっているのだ、と。そう、思っているのだ。
ドロシーは、スラリと手足が長い。一段と色気のましたその肢体が、クロノともつれあっているサマは、なにか戦い方とは、別の行為を思い起こさせて、カテリアは、はなはだ不愉快だった。
———————————
ドロシーの技はひとつもきまらない。
伸びきった状態から、体重をかけても
らくらくと返されてしまう。
一方で、クロノの技もきまらない。
こちらは、完全に「極る」直前に、クロノが手を抜いて、逃げ出すチャンスをくれているからだ。
周りからは、近接で打撃を打ち込んでいる分、ドロシーのほうが有利に戦いを進めている…かのように見えるだろう。
だが、実際は全てがクロノの手の内。
クロノとドロシーが「内密な会談」をするための時間稼ぎにしかすぎない。
“しかし、またリウはなぜ、そんな事を?”
俗に言うヘッドロックの体勢である。
本気で、この勇者が力を込めれば、ドロシーの頭蓋骨など、カザリーム名物の煮凝り料理くらい簡単に潰れるだろう。だが、あくまでこれは試合。
ドロシーのギブアップを疑うために、力は適度に抜いている。
そのクロノの腰に手を回して、ロックすると、後ろに投げ飛ばす…クロノに足をかけられて、一緒に倒れた。
“ルトくんに対する対抗心もあったのかもしれません。”
ドロシーは、滝のように汗を流している。
実際に、折ったり、酷い傷をおわせたりする気はないのは、すぐに分かった。
だが、伝説の勇者と試合をするという圧迫感が、ドロシーを必要以上に消耗させている。
“くわしくは、直接会ってどうぞ。”
“そうは言ってもだな。”
床に倒れ、密着した状態からも、拳を打ち込むドロシーを制するように、クロノはドロシーを抱きしめた。
そのまま、身体の骨を砕くことだってできたはずだが、それはしない。
耳もとで、囁く。
“ぼくは勝手にミトラを離れられないのさ。毎日毎日、起きてる間はずっとスケジュールが入っていてね!”
“勇者が、カザリームを訪問しなければならない理由があれば可能なのでは?”
端正なクロノの顔。その鼻柱に、ドロシーは額を打ち付けた。
ぐっ、と呻いてクロノが顔を仰け反らす。
抑えた手の間から、血がこぼれた。
ヒュッ!
くるりと回ったドロシーの踵が跳ね上がって顎にヒットした。
よろよろと後退するクロノに、足払いをかける。
クロノの指が、ドロシーの道着にかかり、ふたりはまた一緒に倒れた。
“昼間はスケジュールがいっぱいだって言ったけど、夜は別なんだ。”
うずくまるクロノに覆い被さるように、ドロシーが抱きつく。首に回された腕は、きっちりと首を絞めていた。
えっと。
“この体勢だと、だいたい5秒くらいで失神するはずなんですケド?”
“もし、ベッドの上でよければ失神はさせてあげられると思う。”
“検討しときます。”
けっこうなクソ勇者であるが、ドロシーはそれを「男なんて多少の差異はあれ、こんなもん」と思
う程度には冷めている。
ドロシーは、首に回した手に力を込めた。裸絞は入ってる。入っているけど、別にクロノは呼吸困難にもなっていない。顔を覗き込むとウインクされた。
“わたしたちが、カザリームで名前を知られるようになったのは『踊る道化師トーナメント』のおかげなんです。”
“噂では、聞いてる。いくらなんでも『踊る道化師』を名乗るものが続出するなんて、西域中心部じゃちょっと、考えられないよ。まして、ホンモノをトーナメントで決めさせるなんてね。”
“興行です。お金になるんですよ。”
ドロシーは、なおも力を込める。
“味をしめたのか、また新しい企画が持ち上がりました。”
“なんだよ、今度は?
真の魔王決定戦か?”
“惜しいですね。『栄光の盾決定トーナメント』です。”
クロノの身体の動きがとまった。
まさか、失神!?
勇者が敗れたのか!!
ギャラリーがざわめいたが、もちろんそんなことは無く。
後ろから首を絞められたまま。
クロノは立ち上がる。
そんな事をすれば、かえって、首に腕が食い込む。だが、クロノは楽しそうだ。
笑っている。
ああ。
笑っている。
いい笑顔だなあ。
そう思った瞬間、ドロシーの体が宙に舞った。
なにをした訳では無い。
クロノは、腰を起点に上半身を回した。ただそれだけ。
何が起こったのか。呆然のまま、舞ったドロシーは、そのまま落ちれば、首か肩にかなりの怪我をするはめに、なったかもしれない。
だが、クロノが受け止めてくれた。そのまま、今度はクロノがドロシーの首を背後から締め上げる。
“ふざけた企画だな!”
“はい。ただ、とんでもない額が動きます。”
ドロシーが口にした数字に、一瞬、クロノの手が緩んだ。
裸絞を脱出したドロシーとクロノの身体が、またももつれ合う。
“ぼくが、栄光の盾を名乗ったのは千年前だ。”
ぼやくように、クロノは囁いた。
“別段、商標として登録してる訳じゃないが、あんまり大っぴらなことをされるのは心外だな!
そのトーナメントに優勝したものが、公式に『栄光の盾』を名乗れると、カザリームがお墨付きをだす格好になるわけなんだろう?”
“それに、近いことにはなるでしょう。うちの事務所…ああ、こっち流にいうと冒険者ギルドは、カザリームの上層部とがっちりつながってますからね。”
クロノの拳が、ドロシーの頭の横の床材を貫いた。
“面白くはないな。”
“そう言いながら、顔は、笑ってますよ。”
剣と素手では、あまりにも挑戦者たる「銀雷の魔女」に分が悪いため、あえて、剣を落として、近接戦に持ち込んでやっているのだ、と。そう、思っているのだ。
ドロシーは、スラリと手足が長い。一段と色気のましたその肢体が、クロノともつれあっているサマは、なにか戦い方とは、別の行為を思い起こさせて、カテリアは、はなはだ不愉快だった。
———————————
ドロシーの技はひとつもきまらない。
伸びきった状態から、体重をかけても
らくらくと返されてしまう。
一方で、クロノの技もきまらない。
こちらは、完全に「極る」直前に、クロノが手を抜いて、逃げ出すチャンスをくれているからだ。
周りからは、近接で打撃を打ち込んでいる分、ドロシーのほうが有利に戦いを進めている…かのように見えるだろう。
だが、実際は全てがクロノの手の内。
クロノとドロシーが「内密な会談」をするための時間稼ぎにしかすぎない。
“しかし、またリウはなぜ、そんな事を?”
俗に言うヘッドロックの体勢である。
本気で、この勇者が力を込めれば、ドロシーの頭蓋骨など、カザリーム名物の煮凝り料理くらい簡単に潰れるだろう。だが、あくまでこれは試合。
ドロシーのギブアップを疑うために、力は適度に抜いている。
そのクロノの腰に手を回して、ロックすると、後ろに投げ飛ばす…クロノに足をかけられて、一緒に倒れた。
“ルトくんに対する対抗心もあったのかもしれません。”
ドロシーは、滝のように汗を流している。
実際に、折ったり、酷い傷をおわせたりする気はないのは、すぐに分かった。
だが、伝説の勇者と試合をするという圧迫感が、ドロシーを必要以上に消耗させている。
“くわしくは、直接会ってどうぞ。”
“そうは言ってもだな。”
床に倒れ、密着した状態からも、拳を打ち込むドロシーを制するように、クロノはドロシーを抱きしめた。
そのまま、身体の骨を砕くことだってできたはずだが、それはしない。
耳もとで、囁く。
“ぼくは勝手にミトラを離れられないのさ。毎日毎日、起きてる間はずっとスケジュールが入っていてね!”
“勇者が、カザリームを訪問しなければならない理由があれば可能なのでは?”
端正なクロノの顔。その鼻柱に、ドロシーは額を打ち付けた。
ぐっ、と呻いてクロノが顔を仰け反らす。
抑えた手の間から、血がこぼれた。
ヒュッ!
くるりと回ったドロシーの踵が跳ね上がって顎にヒットした。
よろよろと後退するクロノに、足払いをかける。
クロノの指が、ドロシーの道着にかかり、ふたりはまた一緒に倒れた。
“昼間はスケジュールがいっぱいだって言ったけど、夜は別なんだ。”
うずくまるクロノに覆い被さるように、ドロシーが抱きつく。首に回された腕は、きっちりと首を絞めていた。
えっと。
“この体勢だと、だいたい5秒くらいで失神するはずなんですケド?”
“もし、ベッドの上でよければ失神はさせてあげられると思う。”
“検討しときます。”
けっこうなクソ勇者であるが、ドロシーはそれを「男なんて多少の差異はあれ、こんなもん」と思
う程度には冷めている。
ドロシーは、首に回した手に力を込めた。裸絞は入ってる。入っているけど、別にクロノは呼吸困難にもなっていない。顔を覗き込むとウインクされた。
“わたしたちが、カザリームで名前を知られるようになったのは『踊る道化師トーナメント』のおかげなんです。”
“噂では、聞いてる。いくらなんでも『踊る道化師』を名乗るものが続出するなんて、西域中心部じゃちょっと、考えられないよ。まして、ホンモノをトーナメントで決めさせるなんてね。”
“興行です。お金になるんですよ。”
ドロシーは、なおも力を込める。
“味をしめたのか、また新しい企画が持ち上がりました。”
“なんだよ、今度は?
真の魔王決定戦か?”
“惜しいですね。『栄光の盾決定トーナメント』です。”
クロノの身体の動きがとまった。
まさか、失神!?
勇者が敗れたのか!!
ギャラリーがざわめいたが、もちろんそんなことは無く。
後ろから首を絞められたまま。
クロノは立ち上がる。
そんな事をすれば、かえって、首に腕が食い込む。だが、クロノは楽しそうだ。
笑っている。
ああ。
笑っている。
いい笑顔だなあ。
そう思った瞬間、ドロシーの体が宙に舞った。
なにをした訳では無い。
クロノは、腰を起点に上半身を回した。ただそれだけ。
何が起こったのか。呆然のまま、舞ったドロシーは、そのまま落ちれば、首か肩にかなりの怪我をするはめに、なったかもしれない。
だが、クロノが受け止めてくれた。そのまま、今度はクロノがドロシーの首を背後から締め上げる。
“ふざけた企画だな!”
“はい。ただ、とんでもない額が動きます。”
ドロシーが口にした数字に、一瞬、クロノの手が緩んだ。
裸絞を脱出したドロシーとクロノの身体が、またももつれ合う。
“ぼくが、栄光の盾を名乗ったのは千年前だ。”
ぼやくように、クロノは囁いた。
“別段、商標として登録してる訳じゃないが、あんまり大っぴらなことをされるのは心外だな!
そのトーナメントに優勝したものが、公式に『栄光の盾』を名乗れると、カザリームがお墨付きをだす格好になるわけなんだろう?”
“それに、近いことにはなるでしょう。うちの事務所…ああ、こっち流にいうと冒険者ギルドは、カザリームの上層部とがっちりつながってますからね。”
クロノの拳が、ドロシーの頭の横の床材を貫いた。
“面白くはないな。”
“そう言いながら、顔は、笑ってますよ。”
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