510 / 574
第9部 道化師と世界の声
愚者の盾の到着1
しおりを挟む
船は、スルスルとカザリームの港、その桟橋のひとつに滑り込んだ。
見事な操船技術であったし、当たり前と言えば当たり前なのだが、ここまでの旅にはなんの支障もなかった、と言っていい。
ジウルは、話が決まるとさっさと、ひとり、ランゴバルドに転移し、輸送が得意な黒竜ラウレルに乗って、翌日にはグランダに到着したのだ。
ドロシーたちは、ラスレスに、乗せてもらってカザリームへの直行便のある港町まで運んでもらい、そこから、船に乗り換えて、無事にカザリームに到着した、というわけだ。
「難しい顔をしないでよ、ドロシー。」
ドロシーの隣のクロノは、ニコニコと機嫌よく話しかけてくる。
確かに、快適で順調な旅だった。
それでも、なお予想外のことは起こるわけで。
他ならぬラウレスから、フィオリナがそのメイドとともに出奔していることを聞かされたのだ。
もちろん、ラウレスは「踊る道化師」の一員ではないし、冒険者学校の生徒ですらないのだが、輸送手段として、ちょくちょく雑に扱われる彼が、今回のフィオリナの失踪に絡んでいないか、一応、ネイア先生から確認があってのである。
残念姫が逃げ出す先。
それはカザリーム。引き裂きれた恋人であるリウのところに間違いなかった。
まったく!
盛りでもついているのだろうか、あの大公家の姫君は。
桟橋に迎えに出ていた青年が、ドロシーの名を呼んで、大きく手を振った。
「ただいまっ!ドゥルノ!」
ドロシーも叫び返した。
「無事に帰りました! いい子にしててくれた!?」
「寂しかったよ、ドロシー!」
「みんなの入管手続きをするから、待っててね!」
アウデリアは、となりのジウルをつついた。
「我が娘も、別れて、半年しか我慢できずに男のもとに走った訳なんで、あまり強くも言えないのだか。」
顔には苦笑いが浮かんでいる。
「あのドロシーってのは、いったいなんだ?
それともあのくらいが、今の若いもんの標準なのか。」
こちらは苦虫を噛み潰したような顔のジウル。無言だった。
それをからかうように、アウデリアは、彼の逞しい胸を小突いた。
「すまん。おまえは、一応、見かけは『今の若いもん』だったけな。どうだ
前の恋人が、新しい恋人とイチャつくさまを、その浮気相手と一緒に眺めるという感想は。」
「アウデリア。あんまり、ジウルをからかっちゃダメだよ。」
ヨウィスは、その小柄な体を、甲板の手すりにもたれかからせて、潮風を楽しんでいる。
重い灰色のフードをまくって、キラキラと輝くような笑顔で、一同を眺めた。
それは、ボソボソと陰気ないつものヨウィスではなかった。快活で陽気で。限りなく残虐なもう一人のヨウィス。「ぼく」。
そのヤバさを知るものは、ほとんどいなかったし、ごく少数の事情がわかっているもの。例えば、アウデリアやジウルにとっては、それでも大騒ぎする方が、かえってあぶないことがよく分かっていた。
「からかっている訳ではない。諭しているのだ。若造りの老体が、若い女に手を出しても碌な結果にならないということを。」
ジウルは、ドロシーの横に立つ、クロノの首を後ろから抱き抱えるようにして、引き離した。
「ちょっと、ボルテック卿・・・・」
「あまりドロシーと引っ付くな! 少なくとも今のドロシーの恋人は、あの魔導師の若僧だ。話をややこしくするな!」
「痛いってば、ちょっと!」
ドロシーはどうしていたかと言うと、ジウルもクロノも眼中にはなかった。
「待ち切れないんだけど!」
「もう!」
頬を赤らめて、ドロシーは叫んだ。
「もう! ドゥルノってば!」
そのまま、船の縁から身を躍らせる。
高さは、訓練されていないものなら、十分、骨折できるだけのものであったが、魔導師たるドゥルノは、風を起こして、ドロシーの体を舞い上げると、ふわりと落ちてきたその細身の体を抱き留めた。
人目憚らず、口づけを交わす、二人をジウルとクロノは憮然として、見守った。
「さあ、ぼくたちも入管手続きとやらをすませて、カザリームに入ろうじゃないか。」
ある意味、一番の常識人として、この場を仕切ったのは、ヨウィスだった。
彼女は、珍しく先頭に立って一行を促した。憮然としたままのジウルとクロノ。その様子を面白そうに見守るアウデリアを従え、颯爽とタラップを降りるその姿は、ルトあたりが見たら恐ろしく、不吉なものを感じたことだろう。
腕ききの料理人または、無限に近い「収納魔法」の使い手である「わたし」のヨウィスに対し、「ぼく」にのヨウィスは、純粋に戦いのみに、その能力も人格さえも振り切っている存在だ。
一応、記憶は共有しているようだが、性格はいくら暗かろうが、キレてもせいぜい鼻の先を切り飛ばす程度の「わたし」のヨウィスの方が、キレもせずに、相手の首を刎ねる「ぼく」よりも、グランダでの人気は、はるかに高かったのだ。
そのヨウィスが、あえて「ぼく」の人格を全面に出して出している・・・ということは。
見事な操船技術であったし、当たり前と言えば当たり前なのだが、ここまでの旅にはなんの支障もなかった、と言っていい。
ジウルは、話が決まるとさっさと、ひとり、ランゴバルドに転移し、輸送が得意な黒竜ラウレルに乗って、翌日にはグランダに到着したのだ。
ドロシーたちは、ラスレスに、乗せてもらってカザリームへの直行便のある港町まで運んでもらい、そこから、船に乗り換えて、無事にカザリームに到着した、というわけだ。
「難しい顔をしないでよ、ドロシー。」
ドロシーの隣のクロノは、ニコニコと機嫌よく話しかけてくる。
確かに、快適で順調な旅だった。
それでも、なお予想外のことは起こるわけで。
他ならぬラウレスから、フィオリナがそのメイドとともに出奔していることを聞かされたのだ。
もちろん、ラウレスは「踊る道化師」の一員ではないし、冒険者学校の生徒ですらないのだが、輸送手段として、ちょくちょく雑に扱われる彼が、今回のフィオリナの失踪に絡んでいないか、一応、ネイア先生から確認があってのである。
残念姫が逃げ出す先。
それはカザリーム。引き裂きれた恋人であるリウのところに間違いなかった。
まったく!
盛りでもついているのだろうか、あの大公家の姫君は。
桟橋に迎えに出ていた青年が、ドロシーの名を呼んで、大きく手を振った。
「ただいまっ!ドゥルノ!」
ドロシーも叫び返した。
「無事に帰りました! いい子にしててくれた!?」
「寂しかったよ、ドロシー!」
「みんなの入管手続きをするから、待っててね!」
アウデリアは、となりのジウルをつついた。
「我が娘も、別れて、半年しか我慢できずに男のもとに走った訳なんで、あまり強くも言えないのだか。」
顔には苦笑いが浮かんでいる。
「あのドロシーってのは、いったいなんだ?
それともあのくらいが、今の若いもんの標準なのか。」
こちらは苦虫を噛み潰したような顔のジウル。無言だった。
それをからかうように、アウデリアは、彼の逞しい胸を小突いた。
「すまん。おまえは、一応、見かけは『今の若いもん』だったけな。どうだ
前の恋人が、新しい恋人とイチャつくさまを、その浮気相手と一緒に眺めるという感想は。」
「アウデリア。あんまり、ジウルをからかっちゃダメだよ。」
ヨウィスは、その小柄な体を、甲板の手すりにもたれかからせて、潮風を楽しんでいる。
重い灰色のフードをまくって、キラキラと輝くような笑顔で、一同を眺めた。
それは、ボソボソと陰気ないつものヨウィスではなかった。快活で陽気で。限りなく残虐なもう一人のヨウィス。「ぼく」。
そのヤバさを知るものは、ほとんどいなかったし、ごく少数の事情がわかっているもの。例えば、アウデリアやジウルにとっては、それでも大騒ぎする方が、かえってあぶないことがよく分かっていた。
「からかっている訳ではない。諭しているのだ。若造りの老体が、若い女に手を出しても碌な結果にならないということを。」
ジウルは、ドロシーの横に立つ、クロノの首を後ろから抱き抱えるようにして、引き離した。
「ちょっと、ボルテック卿・・・・」
「あまりドロシーと引っ付くな! 少なくとも今のドロシーの恋人は、あの魔導師の若僧だ。話をややこしくするな!」
「痛いってば、ちょっと!」
ドロシーはどうしていたかと言うと、ジウルもクロノも眼中にはなかった。
「待ち切れないんだけど!」
「もう!」
頬を赤らめて、ドロシーは叫んだ。
「もう! ドゥルノってば!」
そのまま、船の縁から身を躍らせる。
高さは、訓練されていないものなら、十分、骨折できるだけのものであったが、魔導師たるドゥルノは、風を起こして、ドロシーの体を舞い上げると、ふわりと落ちてきたその細身の体を抱き留めた。
人目憚らず、口づけを交わす、二人をジウルとクロノは憮然として、見守った。
「さあ、ぼくたちも入管手続きとやらをすませて、カザリームに入ろうじゃないか。」
ある意味、一番の常識人として、この場を仕切ったのは、ヨウィスだった。
彼女は、珍しく先頭に立って一行を促した。憮然としたままのジウルとクロノ。その様子を面白そうに見守るアウデリアを従え、颯爽とタラップを降りるその姿は、ルトあたりが見たら恐ろしく、不吉なものを感じたことだろう。
腕ききの料理人または、無限に近い「収納魔法」の使い手である「わたし」のヨウィスに対し、「ぼく」にのヨウィスは、純粋に戦いのみに、その能力も人格さえも振り切っている存在だ。
一応、記憶は共有しているようだが、性格はいくら暗かろうが、キレてもせいぜい鼻の先を切り飛ばす程度の「わたし」のヨウィスの方が、キレもせずに、相手の首を刎ねる「ぼく」よりも、グランダでの人気は、はるかに高かったのだ。
そのヨウィスが、あえて「ぼく」の人格を全面に出して出している・・・ということは。
0
あなたにおすすめの小説
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる