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第9部 道化師と世界の声
残念姫の出陣
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ベータは、目を開けた。停滞フィールドに包まれている間は時間の経過は、ゆっくりとしたものになる。
それが解除された途端に、またとんでもない痛みが襲い、ベータは悲鳴を上げた。
慣れ親しんだ手が、額に当てられ、みるみる痛みが遠ざかっていく。
「わたしの痛覚の制御スイッチがそこにあるってことなのかな、アシット。」
自分が「人形」であることを自覚した、いまのベータには笑えない冗談である。
言われたアシットは、本人も負傷したはずだ。事実、顔色は良くない。頭に包帯を巻き、片腕を吊っている。
それでも、彼は冷静に。沈着に。作業を進める。
「どうかな、わたしの治療、いや修理は。」
棘のある言い方で、ベータはアシットを責め立てた。
「ついでに、わたしの愛情もまた自分だけに向かうように、インストールしておく?
それとも、わたしが昔はもってたはずのルトに対する思いも、バックアップからリロードしといてくれるかな。」
「おまえに、わたしに愛情が向くように仕掛けたことは、ない。」
アシットは、短く言った。
「わたしは、おまえをフィオリナとして愛し、おまえがそれに答えた。それだけだろう。」
「そうだね。わたしは、と言うかわたしはオリジナルをそのまま受け継いでいるので、いささか惚れっぽい。どうも、ルトのことも変わらずに好きだし、リウの側にいて彼の愛情も欲しいと思う。」
ベータの浮かべた笑みは、魅力的で邪悪だ。
「そして、アシットくん。きみの愛も必要としている。」
二人の顔は、重なって、また離れた。
「我ながら自分勝手な。」
クスクスとベータは笑った。
「まったく勝手気ままなヤツなんだな、オリジナルのフィオリナは。」
------------------
「ああ、もう!」
フィオリナ(こちらはオリジナル)が叫んだ。
「次はわたしが行くぞ。」
「もともとのルウエンの案はわたしが先方のはずだ。なんで次から次に飛ばされるんだ?」
グルジエンは、不満そうであった。
「わたしの身体が闘いを欲してるんだっ!」
「主人の欲求は、闘いと性的な営みをごっちゃにしている。つまり、今は、からだが疼いちゃって、欲しくて欲しくてどうしょうもない状態ということか。」
元々が異世界からの来訪者であるグルジエンの、身も蓋もないいぐさにさすがに嫌な顔で、フィオリナは立ち止まった。
「ひとを異常な性欲者みたいに」
「では、戦いは可及的速やかに勝利して、ここにもどってくるように。」
ルウエンが、冷静に言った。
「あと、怪我もしないように。怪我もさせないように。観客に被害をもたらすなんてもってのほか。ついでに、絶士をもう一人、口説いてこい。」
「盛りだくさんすぎるんだがっ!!」
フィオリナは叫んだが、ルウエン相手に議論しても勝てないことが、なんとなくわかったので、そのまま、盤上か、身を踊らせた。
--------------------
「重傷だ。」
救護室に、運ばれたハウルの容態を見に行った絶士の顔色はよくない。
「言っても殴り倒されただけだろう?」
ランスが言うと、
「わたしたち流に言えば、アストラル体まで大きく損傷している。まるで神器による一撃をうけたようだ。
笑わせる。素手の一撃が神器だと?」
絶聖女アニアは、顔をしかめている。
「それでいて、再起不能の重傷ではないところが、恐ろしい。」
つまりそれは、あの状態で、しっかり手加減をされた、ということだ。
「回復は? 次の試合に間に合うのか?」
無駄だと思いながら、ランスは尋ねた。
「来年まで試合を延期してもらえるのなら、なんとか。」
憮然として、ランスは考え込んだ。
無傷で勝ち上がった「栄光の盾・魔王」がいる限り、この時点で優勝は著しく困難になったと言わざるを得ない。
同じようなアクシデントを、残りの四チームにも期待できるだろうか。
「ランス。貴方は頭が回りすぎる。まさか、ここで棄権しようなんて考えていないわよね!」
絶聖女アニアは、鬼の形相だ。
この気性でよく、聖光教会の聖女が務まったと思うのだが、いまは冒険者から、流れ流れて鉄道公社の絶士なのは、つまりはそういう事なのだろう。
「とにかく! わたしが三勝目を決めて勝ちを決定してくる。あとの二つは消化試合だ。適当にあしらって負けでもいい。」
「お待ちなさい、アニア殿。」
初老、というより老人に近い。顔はしわぶかく、髪も真っ白だが、ひょうひょうとした態度は、意外に彼を若々しく見せている。
ゆったりとしたローブをまとったその男は、のんびりとした口調で続けた。
「お主の力は、グルジエンと相性がいい。そのために取っておけ。
次は、あのフィオリナ姫のようじゃ。」
アニアは、不満そうではあったが、ううなずいた。
「あれが北の戦姫『ひとりスタンピード』フィオリナかい。」
ふざけているかのように、手を眉にあてて、ひと足早く戦場に降り立った美姫を眺めながら、男の顔に笑いが浮かぶ。
「どうれ、わしが遊んでやるとするかい。この『絶導師』カプリスがな。」
それが解除された途端に、またとんでもない痛みが襲い、ベータは悲鳴を上げた。
慣れ親しんだ手が、額に当てられ、みるみる痛みが遠ざかっていく。
「わたしの痛覚の制御スイッチがそこにあるってことなのかな、アシット。」
自分が「人形」であることを自覚した、いまのベータには笑えない冗談である。
言われたアシットは、本人も負傷したはずだ。事実、顔色は良くない。頭に包帯を巻き、片腕を吊っている。
それでも、彼は冷静に。沈着に。作業を進める。
「どうかな、わたしの治療、いや修理は。」
棘のある言い方で、ベータはアシットを責め立てた。
「ついでに、わたしの愛情もまた自分だけに向かうように、インストールしておく?
それとも、わたしが昔はもってたはずのルトに対する思いも、バックアップからリロードしといてくれるかな。」
「おまえに、わたしに愛情が向くように仕掛けたことは、ない。」
アシットは、短く言った。
「わたしは、おまえをフィオリナとして愛し、おまえがそれに答えた。それだけだろう。」
「そうだね。わたしは、と言うかわたしはオリジナルをそのまま受け継いでいるので、いささか惚れっぽい。どうも、ルトのことも変わらずに好きだし、リウの側にいて彼の愛情も欲しいと思う。」
ベータの浮かべた笑みは、魅力的で邪悪だ。
「そして、アシットくん。きみの愛も必要としている。」
二人の顔は、重なって、また離れた。
「我ながら自分勝手な。」
クスクスとベータは笑った。
「まったく勝手気ままなヤツなんだな、オリジナルのフィオリナは。」
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「ああ、もう!」
フィオリナ(こちらはオリジナル)が叫んだ。
「次はわたしが行くぞ。」
「もともとのルウエンの案はわたしが先方のはずだ。なんで次から次に飛ばされるんだ?」
グルジエンは、不満そうであった。
「わたしの身体が闘いを欲してるんだっ!」
「主人の欲求は、闘いと性的な営みをごっちゃにしている。つまり、今は、からだが疼いちゃって、欲しくて欲しくてどうしょうもない状態ということか。」
元々が異世界からの来訪者であるグルジエンの、身も蓋もないいぐさにさすがに嫌な顔で、フィオリナは立ち止まった。
「ひとを異常な性欲者みたいに」
「では、戦いは可及的速やかに勝利して、ここにもどってくるように。」
ルウエンが、冷静に言った。
「あと、怪我もしないように。怪我もさせないように。観客に被害をもたらすなんてもってのほか。ついでに、絶士をもう一人、口説いてこい。」
「盛りだくさんすぎるんだがっ!!」
フィオリナは叫んだが、ルウエン相手に議論しても勝てないことが、なんとなくわかったので、そのまま、盤上か、身を踊らせた。
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「重傷だ。」
救護室に、運ばれたハウルの容態を見に行った絶士の顔色はよくない。
「言っても殴り倒されただけだろう?」
ランスが言うと、
「わたしたち流に言えば、アストラル体まで大きく損傷している。まるで神器による一撃をうけたようだ。
笑わせる。素手の一撃が神器だと?」
絶聖女アニアは、顔をしかめている。
「それでいて、再起不能の重傷ではないところが、恐ろしい。」
つまりそれは、あの状態で、しっかり手加減をされた、ということだ。
「回復は? 次の試合に間に合うのか?」
無駄だと思いながら、ランスは尋ねた。
「来年まで試合を延期してもらえるのなら、なんとか。」
憮然として、ランスは考え込んだ。
無傷で勝ち上がった「栄光の盾・魔王」がいる限り、この時点で優勝は著しく困難になったと言わざるを得ない。
同じようなアクシデントを、残りの四チームにも期待できるだろうか。
「ランス。貴方は頭が回りすぎる。まさか、ここで棄権しようなんて考えていないわよね!」
絶聖女アニアは、鬼の形相だ。
この気性でよく、聖光教会の聖女が務まったと思うのだが、いまは冒険者から、流れ流れて鉄道公社の絶士なのは、つまりはそういう事なのだろう。
「とにかく! わたしが三勝目を決めて勝ちを決定してくる。あとの二つは消化試合だ。適当にあしらって負けでもいい。」
「お待ちなさい、アニア殿。」
初老、というより老人に近い。顔はしわぶかく、髪も真っ白だが、ひょうひょうとした態度は、意外に彼を若々しく見せている。
ゆったりとしたローブをまとったその男は、のんびりとした口調で続けた。
「お主の力は、グルジエンと相性がいい。そのために取っておけ。
次は、あのフィオリナ姫のようじゃ。」
アニアは、不満そうではあったが、ううなずいた。
「あれが北の戦姫『ひとりスタンピード』フィオリナかい。」
ふざけているかのように、手を眉にあてて、ひと足早く戦場に降り立った美姫を眺めながら、男の顔に笑いが浮かぶ。
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