あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

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第9部 道化師と世界の声

氷雪の眠り

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急展開に沸く会場に、リウの声が響く。

「ここで、カザリーム以外でこの世紀の大試合を見物している者たちのため、少し説明しておこうと思う。
ここ、カザリームは、財力、武力、人口どれをとってもひとつの国に匹敵する都市だ。
そして、その特徴は、地下に無数の迷宮を抱えている、という点にある。
千年以上の歴史をもってしてもその全容は明らかにされておらず、今日でも多数の冒険者が、この街を訪れる。
冒険者の養成期間も充実しており、そのレベルは極めて高い。」

画面に映し出されているのは、 アルセンドリック侯爵ロウランである。

カザリームの者にはお馴染みの襟の詰まったドレスは、露出が少なく、肌の色はその下を血が流れているとは、思えないほど、白かった。

「そして、そのカザリームでもトップランクの冒険者が、このロウラン。
二つ名を“氷の貴婦人”。
はたして、罠を巡らしたこの殺戮場にどう挑むのか?」

矢が。
矢が落ちてきた。

落ちてきたからには、どこかから、打ち上がったのだろうが、それは、誰の目にも止まらなかった。

ロウランは、矢を見もせずによけた。
そのロウランの首に矢が突き刺さる。

一瞬、動きをとめたロウランの、首に肩に。次々と矢は突き刺さり、それはロウランの体内から、組み上げるように鮮血を吹き上げた。

「ほんの挨拶がわりでございます、侯爵様。」
女殺し屋、クリスト一族のハーティネは、口元を扇子で隠すようにして笑った。
「クリスト一族“魔矢”のマヤミの蛭矢はいかがでしょう。
刺さっている限り血は止まらず。」

引き抜こうと、つかんだロウランの手に矢はくねくねと絡みついた。

「引き剥がすこともできません。」

それは、まさしく、蛭に似た生き物だったのだろう。透明な体を振りながら、それは、ロウランの体から血を絞りつつ、体内に潜り込もうと蠢いた。

仰け反ったロウランの胸に。よろけたロウランの背に、次々と矢は命中し、辺りを鮮血で染め上げた。

「なぜ、かわせないのか、疑問でしょうね。」
ハーティネは、もがくロウランを嘲る。
「簡単なこと。マヤミは、透明な蛭で出来た矢と、そう出ないものを一緒に発射しているだけですわ。
もちろん、見える方の矢にも、当たれば肉が溶け、骨も割れる毒が塗ってあります。
そちらに気をとられた瞬間に、」

ロウランの眼窩に、矢が突き刺さった。

「このように。あとは、避けようとする程、逃げようとするほどに、矢が刺さります。全身の血を絞り出されても、不死身を名乗っていられますでしょうかしら?」

「こ、これはいきなり、大ピンチかっ!」
ウィルニアが、叫ぶ。
「いったいどこから、矢を放つのか、反撃すら出来ぬまま、倒れるのか!」

「ウィルニア。」
絶叫したウィルニアを、咎めるように、リウの声がかぶった。
「大袈裟に盛り上げるな。こんなものは、ピンチでもなんでもないのは、おまえもわかっているだろう?」

その冷徹な声に、観客は震えた。
魔王の名をもつ少年。
たったひとりで、「真の踊る道化師トーナメント」を勝ち抜き、しかもその実力の片鱗すら見せない。

寒い。
その言葉が。声が。冴え冴えと全てを睥睨するその美貌が。

「ウィルニア!」
割って入ってのは、別の少年の声だった。それが先程まで「絶士」と戦っていた少年ルウエンのものだと誰が分かっただろう。
「障壁を作れ。このままだと、スタジアムごと凍りつくぞ。」

言われなくてもわかってる!
ウィルニアは、ぶつくさ言いながらも用意した風のバリアを展開した。
単なる冷気を遮断するにはこれで、充分。それにしても、ルトのやつはまったく人使いが荒い。

そこまで、考えてからウィルニアは、顔を顰めた。
いや、これはルトではない。魔法士見習いのルウエンだ。なぜ、自分は。
ルウエンの言葉をルトのように聞き、その指示に従ってしまったのだろう?

ロウランは、ゆっくりと、立ち上がった。
血の噴出は止まっている。

いや、血ごと凍りついていた。
ロウランが白い息を吐く。
身体に潜り込もうとしていた蛭矢が、ポロポロと、落下していった。

“氷の貴婦人”アルセンドリック侯爵ロウラン。
彼女が得意とするのは、その名の通り、氷結の魔法である。

                  
「見事です、侯爵閣下!」
ハーティネは、自らも風と炎の結界で冷気をしのぎつつ言った。
「しかし・・・どうやって反撃するおつもりですか?
闘技場内は罠だらけ。しかもあなたさまの被ったダメージは決して軽くは無いはず。」 

ロウランの目に突き刺さった蛭矢が、内側から押し出されるように落ちた。
二三度、瞬いたあとには、傷一つない眼球が再生されていた。

「いくらたいしたダメージはないとわかっていても、罠があると知ってそこに足を踏み入れるほど、愚かではありません。」

嫣然と、氷の美女は微笑む。

伸ばした腕から、さらに冷気が流れ出る。

いったいなにを!?
居場所もわからずに無闇に魔法を放っても・・・・。

嘲笑おうとしたハーテイネは、頬に触れた冷たいものに気がつく。
雪だ。
静かに降る雪だ。

それは、ハーティネの頬の上でいつまでも溶けることを拒んだ。

ああ。
雪が、闘技場を埋めつくしていく。
風と炎の結界で身を守ってなお、頬を濡らした雪は。

みるみるうちに、闘技場を埋めつくしていった。

抵抗などとんでもない。
天候に対してどんな人間が。生き物が抗える。

時間にして、それは十秒にも満たない。
だが、その短い時間で、闘技場は雪に埋めつくされていた。

「ヤミネっ!」
ハーディネは叫んだ。
「アニアスっ! クロニアっ! ビント!」
闘技場に、ひそんだ部下たちからの返答は、ない。

「わたしの雪のなかで、彼らは幸せな眠りについている。」
ロウランは、静かに言った。
「放って置けば、当然、凍死するが、どうする?
降参すればいまのところは、誰の命も取らないですむが?」

バケモノっ!!!
ハーティネは呻いた。

冷気には生き物を眠りへと誘う効果がある。例えば「冬眠」がそうだ。
だが、彼女の部下たちを。クリスト一族の精鋭たちを、なんの抵抗もされないまま、覚めない眠りに落とすとは。

「まだ、わたしがおりますわ、侯爵閣下。」
ハーティネは、顎をあげて、敢然と叫んだ。
「5名全員が戦闘不能にならねば、勝負は終わらないはずですっ!」

「ああ」
悲しむように、ロウランは言った。
「少しでも早く氷の眠りから覚ましてやらないと、仲間たちが死ぬぞ。」

                  
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