あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

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第9部 道化師と世界の声

戦いの選び方

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「正直、気が重い。」
カザリームの大観衆から、喝采をうけながら、クロノは呟いた。
自分の姿が、大きく拡大されて、会場正面の「鏡」に映し出されている。
当然、声も拾われているのだろう。

「愚者の盾」の仲間たちに。かろうじて聞き取れる低い声だった。唇もほとんど動かしていない。
「ウィルの悪戯のせいで、アウデリアさんが出られないのが痛い!」

聖光教の認定す当代の勇者が、本当に千年の昔、魔王バズス=リウを封じた勇者の生まれ変わりであることを、知るものは少ない。
「この栄光を勝ち取る舞台を用意してくれたカザリームに感謝する!」

そう、クロノが叫ぶと場内の歓声は一段と上がった。今度は女性のものばかりではない。
正式な勇者であるクロノの発言は、今後、大国ギウリークとの関係が、いっそう深まる可能性を秘めていた。

「いやあ、盛り上がるのは嬉しいねえ。」
それはクロノの本心らしい。 
ドロシーは、少々まえに、関係を持ってしまったこの男の笑顔を呆れるように見ている。

陽気で。手が早く。しかも女の子に扱いに慣れている。
ここに戻ってからは、カザリームの聖光教会に居候しているのだが、部屋を男性ふたり、つまり、ジウルとクロノ。
女性たちを一部屋で分けてくれた。
おかげで、ドロシーは、元愛人のジウルと二人きりになる機会はまったくない。

ドロシー自身は、ジウルにも気を残す一方で、ドゥルノ・アゴンとは、ずるずると面倒を見る形で一緒に暮らしている。

婚約者ということになっているマシューは、学校以外であまり、顔も合わせないのだが、あちらはあちらで、ファイユのお尻を追っかけているらしい。

「勝てますよ。相手が何ものであれ、こちらには勇者であるあなたもいます。ジウルもいます。ヨウィスだっています。これで三勝は確実にとれます!」

「いやはや、各地の会場もこんなにウケてるとうれしいんだけどね。」
クロノはもう一度、手を振った。
声は、小さく、唇を動かさない独特の発声だ。
「もっもと、教皇庁は、そうはいかないだろう。勇者局のうるさ方の顔は、赤くなったり青くなったりしてるだろう。見ることが出来ないのはザンネンだ。」

「勇者局のトップは、ガルフィート閣下です。」
ドロシーは、冷静に指摘した。

人間関係のドロドロは、パーティ内に持ち込んではならない。
ドロシーは、さらにアウデリアの娘の婚約者にもちょっかいをかけている。
だか、いま解決するべき問題でもない。

「確かに、またカテリアを置き去りにしてしまった。
ガルフィート伯には、ご迷惑をかける。

ギウリークの世俗の政治の大半は、ガフルィート伯爵とアライアス侯爵という2大傑物が牛耳ってる。言い方は悪いが、この2名が関わらなかったことは、内政、外交すべてに失敗し続けているのが、今の、ギウリークだ。
カテリアは、ガルフィート伯爵の一人娘で、「剣聖」の称号をもつ。
ドロシーの見たところ、勝ち気な性格といい、華麗な美貌と言い、フィオリナのきれいな下位互換である。
クロノとは、幼なじみであるが、クロノの女癖の悪さから、正式には婚約には至っていない。


「さて、試合形式だが。」
クロノは、目の前の板を見つめた。
ボタンが三つある。

勝ち抜きか。
総当たりか。
集団戦か。

両パーティの意思が合致すれば、その試合形式で。

合致しなければ、どちらも選ばなかった試合方式が採用される。

「勝ち抜きを選べ。俺が先方で、出る。」

ジウル・ボルテックは、ずいとクロノの肩越しに操作盤を覗き込んだ。

「アモンとは一度引き分けている。あの程度の活躍なら俺にもできる。」

いや。
いくなんでも無理だろう。と、ドロシーは思った。
自分の師の実力を疑うわけではない。魔導師として、ドロシーも見たことのない実力を秘めているのも間違いないが、さきほど古竜たちが、アモンの顔を見ただけで、ひれ伏したのは、彼女の正体が神竜皇妃リアモンドだからだ。

若き魔拳師ジウルよりも、魔道院のボルテック卿のほうが名は売れているが、それでも戦意を喪失させるほどでは、いくらなんでもないだろう。

しかし、もし、勝ち抜きを選ぶならば、ジウルが最適任なのは間違いない。
相手の戦い方もその実力もわからない集団ではあったが、どんな事態でも対応できる力が、ジウルならあった。

しかし、クロノは迷っている。

「クロノよ。おまえが、俺の実力を知らぬのは無理もないが…」
「いや、ボルテック卿。」

呼んではいけない名前で、あっさりとクロノはジウルを呼んだ。

「そのお噂はかねがね。魔王宮にて、神竜と戦い、新たに拳士として技を磨く、その姿には深く感銘を受けております。」

かのボルテック卿とは、別人で通しているジウルは、嫌な顔をしたが、「愚者の盾」のメンバーは、勇者クロノに、魔道院の学生でもあるヨウィス、クローディア大公妃でもあるアウデリアに、ドロシーである。いまさら、知られて困る相手もいなかった。

「なら、俺を出せ。一人で方をつけてくる。」
「アウデリアが、ウィルのやつのイタズラに引っかかっらなければ、それでよかった。」

ドロシーは、思う。
ウィルニアをウィルと呼ぶのは、彼の昔からの知り合いばかりだ。
クロノもまた。
その昔、ウィルニアとは同じパーティのメンバーだったのだ。
すなわち、勇者パーティ「栄光の盾」!。
なぜ、平凡な町娘の自分が、そんな奴らと一緒にパーティを組んでいるのだろう。

「ジウル。それは、こっちとむこうが何を選ぶかで決まってる。」
ドロシーは、見かねて口を挟んだ。

ジウルは、感情を押し殺した目で、ドロシーを見た。

「アウデリアさまが出場できないいま、私たちは、総当りと団体戦は避けなければならない。どちらもこっちが不利になりすぎる。」
「だから、勝ち抜きでいいだろう?」
「向こうは『勝ち抜き』以外を選ぶことで、あっさりとこちらの意図を挫くことができるんです。」

ドロシーは、ボタンを指さした。
「わたしたちと、『真なる女神の盾』の選択が一致すれば、その戦い方が採用されますが、一致しなければ、両者が選んだもの以外の戦い方が採用されます。」

「つまりは、裏をかいて『勝ち抜き』以外を申請するべきだ、というのか?」
ジウルは、不満そうだった。
「やつらも同じことを考えるぞ?」

「一方、むこうは、ひとつだけ絶対に避けねばならない戦い方があります。
それが、5対5の総当り。」
「なぜらそう言い切れる!?」
「彼らは、教皇庁にケンカを売るために、クロノを殺す・・・いえ、少なくとも負かす必要があります。
総当りでは、クロノを大将として温存してしまうと、先に三勝または三敗して、勝敗が決まってしまうと、クロノと戦うことが、叶わなくなってしまう。」

ここまで、黙っていたアウデリアが、声を上げて笑った。
「ドロシーよ! 見事な参謀ぶりだな。
参謀というよりは、軍師か。ルトと一緒に謀を巡らす日が楽しみだな。」

ドロシーは、頬が暑くなるのを感じた。
そうだった。
なによりも、今、自分はルトに会いたい。ルトに会ってルトと話がしたい。

その想いは甘美な刺激となって、しばし、彼女を恍惚とさせたのだった。


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