正義の味方だったのに

植木鉢たかはし

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七章

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 その日は、特別な日だった。俺にとってだけではなく、この国全体で、特別な日だ。その日は、この国が出来た日。すなわち、建国記念日だったのだ。オートルではこの日は決まってパレードが行われる。国王陛下、女王陛下はもちろんのこと、姫様もこのパレードには出席する。

 ……のだが、


「ねーねー! どこ行こっか! 街に来るのって久しぶりー! なんか美味しいものないかなぁ?」

「……姫様、後のことを考えると、私は食事が喉を通りません。そんなこと考えられませんので」

「えー? なんでよー!」

「建国記念のパレードを抜け出すなんて! そして私を巻き込むなんて! 姫様、やはり今すぐ戻りましょう!」

「えー、やーだー」

「ひめさまぁ……」


 ……絶賛おサボり中なのであった。全く姫様は……。大切な日だということは分かっているだろう。しかし抜け出すなんて……抜け出すなんて!


「あっ! 見て見て! あれなんのお店だろー? 覗いてってもいい?」

「もう好きにしてください」

「やったーーー! ほらルアンも!」


 ずるずると引きずられて入って店は小物屋だった。小さな鏡や可愛らしい箱、その他にも髪飾りや、洋服も少しばかりおいてあった。


「……こんな店があるんだな…………」

「ねね、ルアン! 私に似合いそうな髪飾り選んでよ!」

「えっ、私がですか?」

「そうそう!」

「しかし……私はあまり外に出たことがないので、センスがいいとはとても」

「そうじゃなくて! ルアンに選んでほしいの!」

「選んだって、お金無いじゃないですか」

「いいの買わなくても! とにかく選んでー!」

「はぁ……」


 姫様に促され髪飾りの置いてある棚を見る。髪飾りと一言に言っても髪を纏めるものや髪を止めるようなもの。それから……これ、どうやって使うんだろ、というものまで様々だ。
 そんな中で俺が目をつけたのは小さな花の飾りがついた髪止めだ。ピンク、白、赤、オレンジ、紫……様々な色が編み込まれていて、花の飾りは、金と銀が混じりあったような色で、キラキラと輝いていた。俺がじっとそれを、見ていると、姫様がやってきてそれを覗きこんだ。


「……これ?」

「あっ……。はい。どうでしょうか?」

「んー、じゃあ、試してみよ! すみませーん! 店員さんいますかー?」

「はいはい、いらっしゃいませ……って、あら。お姫様じゃないですか。今日はまたどうして? パレードに出られているんじゃ……」

「抜け出してきちゃいました! あの、これつけてみてもいいですか?」

「えぇ、構いませんよ。……そちらの方は?」

「あっ、ルアンと申します。姫様のもとで騎士として使えております」

「あぁ、そうなのね。……お姫様、よろしければお付けしましょうか?」


 なんだか苦戦している様子の姫様に店員さんが声をかけると、姫様は少し苦笑しながら髪止めを差し出した。


「お願いします。こういうの苦手なんですよねー、不器用で」

「いいじゃないですか、少し不器用なくらいが可愛らしくて……あら、ずいぶんお似合いですよ。ルアンさんもそう思いませんか?」

「あっ、えっと……」


 確かに、良く似合っていた。ただ……普段下ろしていた髪を上げただけで、こんなに大人っぽくなるなんて……髪止めがそれをさらに後押ししていて、なんだか照れてしまう。


「ルアン? どう? 似合うかなぁ?」

「……はい、とても、お似合いです」

「あらあら……。どうされますか? 買っていかれます?」


 うーんと姫様が腕を組んで考え込む。そして、申し訳なさそうに笑った。


「今度、ちゃんとパパとママにお願いして買いに来ます! だから、とっておいてください!」

「分かりました。では……あぁ、そうそう。向こうの通りに美味しいカフェがあるんですよ。よろしければ」

「本当ですか!? 行こう! 今すぐ行こう!」

「ちょ、姫様引っ張らないでください! ありがとうございましたー! って姫様ぁ!」

「ふふっ……楽しんできてくださいね」


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


「ひ、姫様! カフェに行ったところで、お金無いじゃないですか! さっきのは見るだけで済みましたけど、いったいどうするおつもり」

「つけ!」

「そんなことばっかり覚えて!」


 つけにする。そう姫様はきっぱりといいはり、ずんずん進んでいった。というか、やはりパレードが行われていることもあって、かなり人が多……あ、


「す、すみません!」

「あ? 気をつけろよ……ん? お前……」


 たまたまぶつかってしまった人、その人の声を聞いて、俺の背筋が凍りついた。思い出したくない、あの記憶が、頭の中を掻き乱した。


「良く生きてたなぁ。しかもなんだ? いいもん着てんじゃねーか。何様のつもりだ? あ?」

「あ……あの……」

「まぁいいさ。こっち来いや」


 男に肩を捕まれ、暗い路地に追いやられる。背中に、冷たい壁の感触が伝わる。恐怖の片隅に、姫様のことを思い出した。


「お……俺、行かないと」

「行くんなら出すもん出してけや。親孝行の一つも出来ねぇ出来損ないがよ」


 姫様の元に行かないと……でも、足が固まって動かない。恐怖で侵食された頭では、それ以上のことを考える余裕がない。ガクガクと震えだした体は、自分ではどうすることも出来ない。


「……なに、やってるの」


 ハッとして男の体越しに向こうを見た。そこには、心配そうに姫様が立っていた。男も姫様に気がついて、顔だけ振り向き毒を吐く。


「んだ嬢ちゃん。怪我したくねーならさっさと散りな。俺はこいつと話があんだよ」

「……あなた、ルアンのなに?」

「ルアン? ……こいつのことか? はっ、こいつに名前なんざ必要ねーよ。言うこと聞いて働くしか出来ねぇろくでなしさ。嬢ちゃんもこんなのに構ってたらろくなことにならねーよ」


 すると姫様は悔しそうに拳を握りしめ、そして、その拳で男の頬を殴り付けた。


「…………あ?」


 明らかに、男の声色が、変わった。男の手が俺から離れ、姫様に向かうのを見て、ようやく俺の足は動いた。いつもの剣は、今日は持っていない。姫様の手を引いて背中に隠し、と同時に護身用の短剣を抜く。


「おいお前、どういうつもりだ? お前みたいな弱虫に俺が殺せるわけないだろーが」

「……ルアン…………」

「……姫様、大丈夫です。姫様だけは必ずお護りしますので」


 『姫様』という俺の言葉に反応したのか、男は急に表情をなくした。また背筋に悪寒が走る。


「姫様ぁ? ……あぁ、オートルの姫君か? へぇ……お前みたいなクズが姫に拾ってもらえるなんてラッキーだったな。なら、その姫様を、どうしてでも護りたいだろうな?」


 ……そりゃそうさ。何を言っているんだこいつは。と思っていたら、男は懐からナイフを取り出して俺に襲いかかった。とっさに短剣でそれを受け止めるが、立て続けにナイフが振るわれる。


「いいか? お前なんかな、姫の役になんて立てねーんだよ。俺に臓器でも提供しろ。そしたら俺にとっても秘めにとっても金になる。お前が生きているなんかより、ずっと効率がいい」

「っざけんな! 俺は、物じゃない! ましてや、お前の物なんかじゃ……!」

「……剣術はまだまだか」

「っ?!」


 ふとした瞬間にがら空きになった俺の胸に、男は思い切りナイフを突き立てた。


「っ…………?」

(痛く……ない……?)

「ルアンっ! だ、大丈夫?!」


 姫様が慌てたように、息を切らしながら駆け寄ってくる。とはいえ、俺はあまりにもなんともなくて、きょとんとするだけだった。


「はい……大丈夫ですよ?」

「そ……そっか……」


 安心したように微笑む姫様を見て、ふと、あれっ? と思ったのだ。……さすがに、息が荒すぎやしないだろうか? 俺と違って、特に動き回っていた訳でもない姫様の息がこんなにも上がっているなんて、なにかおかしい。それに、額からも汗が吹き出している。


「……姫様、どうかなさいましたか?」

「え……どうかって……?」

「体調を崩されてはいませんか?」

「そんなことないって。……大丈夫、だいじょう……ぁ…………」


 言い終わらないうちに、姫様は膝からがくりと力が抜けた。驚いて抱き抱えると、体が熱い……。熱がある。意識が朦朧としているのか、ろれつの回らない姫様は、自虐的に笑ってみせた。


「……えへへ……ダメ、だなぁ、私も…………」

「姫様! 待っていて下さい、今すぐ城に」

「ルアンより……私の方が、ダメダメじゃん…………ね……」


 ふっと閉じた瞳を見て、俺はもうパニック状態だった。置かれている状況を忘れ、姫様を抱き抱えたまま走り出した。


「おい待てよ」


 かと思ったら肩を捕まれ、押さえ込まれる。俺はなんとか姫様を城に届けようともがき、肘でその腕を叩き落とした。


「っ……おい、なにしやがる!」

「俺だって! ……こんな俺だって、スキルを持たない、ダメダメな俺だって! ……やっと生きている意味を見つけられたんだ。その意味を、今、無くすわけには、絶対にいかないんだ! お前には分からないだろうな! お前なんかには、絶対!」

「くそがっ!」


 男が振りかぶった拳は、そこで制止したまま、動かなくなった。


「……早く行け、ルアン」

「……父さん…………」


 父さんは、男の拳をガッチリと掴んだまま、決して離さなかった。その背中が、とても大きく強く思えて、ようやく動転していた気持ちがおさまったようだった。


「……っ、父さん、だぁ? お前が父親だと? 笑わせんな。そいつの親は俺だ。どうしようと俺の勝手だろうが」

「勝手も何も、ルアンは一人の人間だ。お前の支配下じゃない」

「……はっ、そうか。お前、あの姫に頼まれたんだな? だから父親になってやってるんだ、そうでなきゃあんなでき損ないの親になんて」

「俺が――自分で望んだんだ。お前と違ってな」


 そう言い、父さんは男の首を叩き失神させた。そして、俺のもとに来て、姫様をちらりと見ていった。


「……『護られた』か」

「え?」

「あとで話す。とにかく姫様を城に。……しばらく安静にしていればよくなる。大丈夫だ」


 その時の父さんは、どこか悲しそうに、また、どこか憐れむように俺を見た。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


「すみませんでした!」

「まぁ、またあの子がわがままを言っただけのことだ。あんまり気負うでない」

「そうよ。あなたがいてくれたから、無傷で帰ってこられたのですし」

「しかし」

「いいんだ。それよりも、そばにいてやってくれ」

「……承知いたしました。失礼いたします」


 姫様とパレードを抜け出してしまったこと。それが今回のことを生んだ。俺は必死にパレードの関係者に頭を下げ、たった今、国王陛下と女王陛下にお詫びを言ったところだ。姫様の部屋に向かおうと通路を曲がると、父さんが俺を待っていた。


「……もっと早く話しておくべきだった」


 そう言いながら、父さんは後ろにある部屋のドアを開く。今は何もない、客間として使う部屋。しばしば俺と父さんが寝泊まりすることもある。そこに入って、父さんは椅子がないのに気がつくと、そのまま床に腰を下ろした。俺も、その向かいに座る。


「お前は、最低限しか教育を受けていなかったから知らなかっただろうが、スキルは、必ずしも完全ではない。姫様のものはそうだ。完全じゃない。完全じゃないと、困ったことになる。姫様のスキルであれば、護りたいときに護れなかったりするわけだ。確率は20%ほど。……それを、姫様は嫌がった。そして、護れる確率を100%にする代わりに、護ったダメージの20%を、自分の体に来るように仕向けたんだ。ただし、形そのままではなく、内面からくる発熱などとしてな」

「…………」


 俺は、声が出なかった。あのとき、やはり俺はナイフを突き立てられていたのだ。しかし、それを姫様が護ったから、姫様はあんなことに……なら!


「と、父さん……初めて、俺がここに来たとき、姫様が部屋から抜け出したって、それって……」

「……口止めされていたからな。そうだよ。お前の症状を良くしようとスキルを使い、その夜に熱を出していたんだ。まぁ、一晩で良くなってはいたんだが、寝ていてもらおうということになってな。……結果抜け出されてしまったが」


 姫様は、二回も俺を護って、そのせいであんなことに……。


「……自分を責める時間があるなら、他にするべきことがあるだろう?」


 俺が、今出来ること……。


「父さん」

「なんだ?」

「……今から、ちょっと街に行ってきます。その間、姫様をよろしくお願いします」

「……あぁ、行ってこい」


 駆け出そうとして、ふと立ち止まって、父さんに尋ねた。


「……父さんのスキルって?」

「俺か? ……口にすんのも恥ずかしいようなもんさ。ある人に言わせれば、この世の中で一番無意味で、一番価値があるものだとさ」


 ……それ以上は、教えてもらえなかった。
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