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声にならない声を聞いて
現実
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馬車に揺られている間、アリアさんはほとんど口を開かなかった。必要最低限のことだけを口にし、食欲も見るからに落ちていた。……あんなことを聞いて国に帰っているのだ。無理はない。
あの日……ミネドールを出てから、五日が経った。エドさんが後ろを振り返り、僕らに声をかける。
「ラミリエを出ます。もう少しです」
「…………」
アリアさんは、黙ってうなずく。……もう懐かしいラミリエの景色を眺めていると、不意に、アリアさんが声をかけてきた。
「……なぁ」
「どうかしましたか?」
「……父上が死んだとき、私は、ここにいなかった」
なにも言葉を返せなくて、うなずいた。
「国民は……私を責めるだろうか? 私がいれば、混乱も最低限になったと、そういうだろうか?」
「……それは」
「だってそうだろう? 国の、一番の権力者が死んだとき、その後継者はいなかったんだ。普通なら、あり得ないことだ。無責任だと言われても無理はない」
「…………そう、だとしても」
僕は、懸命に言葉を探した。
「アリアさんは……被害者です」
「…………」
「国を統べるべき人、その立場にいる人。それは分かっています。それでも、アリアさんは一人の人間です。まずは身内の死を悲しむ……。それくらいの時間、あってもいいと思います」
「……それでも、」
アリアさんは、どこか遠いところを見つめながら、ぼんやりとした表情で呟く。
「私は……マルティネス帝国の、姫だ」
そしてそのまま、眉一つ動かさずに、淡々と言葉を重ねる。
「身勝手だと言われても、無責任だと言われても、受け入れるつもりではある。
ただなぁ……まだ信じられてないんだ。本当は父上は生きていて、寂しくなって、こんな手を使って呼び戻そうとしたとか、怪我しただけで死んでない、とか」
言いながら、自虐的に笑う。
「はは……弱いなぁ」
そして、少し強めの口調で、誰に言うでもなく、言葉を投げる。
「……父上に会うまでは信じない。だって、会えば嫌でも信じなきゃいけなくなるんだ。現実逃避くらい、しても、いいよな…………」
「…………」
そんなアリアさんを横目でちらりと見たエドさんは、また前を向き、無言で馬車を走らせた。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……アリア様?」
「アリア様だ」
「アリア様……!」
王都の人々の、アリアさんを呼ぶ声は、前と、少し違っていた。すがるような、恐れるような……そんな声。
それでもアリアさんは声に答え、全速力で走る馬車から顔を覗かせ、ほんの少し微笑んだ。
そしてお屋敷に着くと、懐かしい顔があった。
「……アリア!」
「エマっ……!」
アリアさんは馬車から降り、エマさんに駆け寄ろうとして、少し引き返して馬を撫でる。
「……無理させて悪かったな」
そしてエマさんに駆け寄る。
「エマ! 父上はどこに?!」
「……あのね、アリア。その……今はお部屋に寝かされているんだけど、でも」
「部屋にいるのか? 分かった」
「ま、待って!」
止めるエマさんの声も聞かず、アリアさんはお屋敷の中に走っていった。僕がそれを追いかけようとすると、エマさんと目が合う。必死に訴えるその目からなにも読み取れず、僕はアリアさんのあとを追った。
アリアさんは脇目も振らずにお屋敷の中の階段をかけ登り、右手奥の扉を開ける。僕はそれになんとかついていって、アリアさんとほぼ同時に、部屋の中に入った。
「父上っ!」
しかしその中から、欲しかった声が聞こえることはなく、ただ、異常なまでに静まり返っていた。
ベッドには、膨らみがあった。ちょうど、大人一人くらいの大きさの膨らみが。
人の形をしたその膨らみの顔の部分には、白い布がかけられていた。アリアさんは震える足でそこに近づき、その布に手をかける。
「アリアさん」
僕が声をかけると、その小さな背中はびくりと震えた。
「……大丈夫、ですか?」
その質問にたいして、アリアさんは僕を見ずに答えた。
「……大丈夫じゃ、なくても……大丈夫にしなきゃいけないんだ」
そして、顔にかけられていた布をそっと取り、その下を見て、一歩、後ずさる。
「……ちち、うえ…………」
――お世辞にも『安らか』とは言えない死に顔だった。苦痛に歪んだその顔は、あのとき柔らかく笑ったエヴァンさんとは似て非なるものであり、しかし、同じ顔をしていた。
その目の端には涙の流れたあとがあった。……すっかり乾いてしまっている。
「アリアっ……。
体の損傷が激しいの。見ない方が、いいかと思って…………」
追い付いたエマさんが、そうアリアさんを止める。しかしそれでも、アリアさんは毛布に手をかけ、そして、ゆっくりと捲る。
「…………!」
アリアさんが、静かに息を飲んだのが分かった。
その胸元は真っ赤に染まり、さらに、いくつもの刺し傷があった。
「……まずは心臓を一突き」
後ろから声がして、見ると、エドさんが部屋の入り口の辺りで僕らを見ていた。
「エヴァン様が加護を発動させていたのか、一撃で仕留められなかったのでしょう。そのあとにランス系の魔法で惨殺されています」
淡々と語っているようだが、その言葉の節々に、悲しみと怒りがにじみ出ているのを、僕は感じていた。
そして、アリアさんは震えながらもエヴァンさんに近づき、そして、冷たい体を、そっと抱き締めた。
「…………戻りました。一緒にいられなくて、ごめんなさい……」
「アリアさん……」
今、一番心配なことと言えば……エヴァンさんの死を聞いてから六日間。
アリアさんは、一度も泣いていないのだ。
あの日……ミネドールを出てから、五日が経った。エドさんが後ろを振り返り、僕らに声をかける。
「ラミリエを出ます。もう少しです」
「…………」
アリアさんは、黙ってうなずく。……もう懐かしいラミリエの景色を眺めていると、不意に、アリアさんが声をかけてきた。
「……なぁ」
「どうかしましたか?」
「……父上が死んだとき、私は、ここにいなかった」
なにも言葉を返せなくて、うなずいた。
「国民は……私を責めるだろうか? 私がいれば、混乱も最低限になったと、そういうだろうか?」
「……それは」
「だってそうだろう? 国の、一番の権力者が死んだとき、その後継者はいなかったんだ。普通なら、あり得ないことだ。無責任だと言われても無理はない」
「…………そう、だとしても」
僕は、懸命に言葉を探した。
「アリアさんは……被害者です」
「…………」
「国を統べるべき人、その立場にいる人。それは分かっています。それでも、アリアさんは一人の人間です。まずは身内の死を悲しむ……。それくらいの時間、あってもいいと思います」
「……それでも、」
アリアさんは、どこか遠いところを見つめながら、ぼんやりとした表情で呟く。
「私は……マルティネス帝国の、姫だ」
そしてそのまま、眉一つ動かさずに、淡々と言葉を重ねる。
「身勝手だと言われても、無責任だと言われても、受け入れるつもりではある。
ただなぁ……まだ信じられてないんだ。本当は父上は生きていて、寂しくなって、こんな手を使って呼び戻そうとしたとか、怪我しただけで死んでない、とか」
言いながら、自虐的に笑う。
「はは……弱いなぁ」
そして、少し強めの口調で、誰に言うでもなく、言葉を投げる。
「……父上に会うまでは信じない。だって、会えば嫌でも信じなきゃいけなくなるんだ。現実逃避くらい、しても、いいよな…………」
「…………」
そんなアリアさんを横目でちらりと見たエドさんは、また前を向き、無言で馬車を走らせた。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……アリア様?」
「アリア様だ」
「アリア様……!」
王都の人々の、アリアさんを呼ぶ声は、前と、少し違っていた。すがるような、恐れるような……そんな声。
それでもアリアさんは声に答え、全速力で走る馬車から顔を覗かせ、ほんの少し微笑んだ。
そしてお屋敷に着くと、懐かしい顔があった。
「……アリア!」
「エマっ……!」
アリアさんは馬車から降り、エマさんに駆け寄ろうとして、少し引き返して馬を撫でる。
「……無理させて悪かったな」
そしてエマさんに駆け寄る。
「エマ! 父上はどこに?!」
「……あのね、アリア。その……今はお部屋に寝かされているんだけど、でも」
「部屋にいるのか? 分かった」
「ま、待って!」
止めるエマさんの声も聞かず、アリアさんはお屋敷の中に走っていった。僕がそれを追いかけようとすると、エマさんと目が合う。必死に訴えるその目からなにも読み取れず、僕はアリアさんのあとを追った。
アリアさんは脇目も振らずにお屋敷の中の階段をかけ登り、右手奥の扉を開ける。僕はそれになんとかついていって、アリアさんとほぼ同時に、部屋の中に入った。
「父上っ!」
しかしその中から、欲しかった声が聞こえることはなく、ただ、異常なまでに静まり返っていた。
ベッドには、膨らみがあった。ちょうど、大人一人くらいの大きさの膨らみが。
人の形をしたその膨らみの顔の部分には、白い布がかけられていた。アリアさんは震える足でそこに近づき、その布に手をかける。
「アリアさん」
僕が声をかけると、その小さな背中はびくりと震えた。
「……大丈夫、ですか?」
その質問にたいして、アリアさんは僕を見ずに答えた。
「……大丈夫じゃ、なくても……大丈夫にしなきゃいけないんだ」
そして、顔にかけられていた布をそっと取り、その下を見て、一歩、後ずさる。
「……ちち、うえ…………」
――お世辞にも『安らか』とは言えない死に顔だった。苦痛に歪んだその顔は、あのとき柔らかく笑ったエヴァンさんとは似て非なるものであり、しかし、同じ顔をしていた。
その目の端には涙の流れたあとがあった。……すっかり乾いてしまっている。
「アリアっ……。
体の損傷が激しいの。見ない方が、いいかと思って…………」
追い付いたエマさんが、そうアリアさんを止める。しかしそれでも、アリアさんは毛布に手をかけ、そして、ゆっくりと捲る。
「…………!」
アリアさんが、静かに息を飲んだのが分かった。
その胸元は真っ赤に染まり、さらに、いくつもの刺し傷があった。
「……まずは心臓を一突き」
後ろから声がして、見ると、エドさんが部屋の入り口の辺りで僕らを見ていた。
「エヴァン様が加護を発動させていたのか、一撃で仕留められなかったのでしょう。そのあとにランス系の魔法で惨殺されています」
淡々と語っているようだが、その言葉の節々に、悲しみと怒りがにじみ出ているのを、僕は感じていた。
そして、アリアさんは震えながらもエヴァンさんに近づき、そして、冷たい体を、そっと抱き締めた。
「…………戻りました。一緒にいられなくて、ごめんなさい……」
「アリアさん……」
今、一番心配なことと言えば……エヴァンさんの死を聞いてから六日間。
アリアさんは、一度も泣いていないのだ。
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