うちの拾い子が私のために惚れ薬を飲んだらしい

トウ子

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惚れ薬の空瓶1

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「あなたを愛しています」

そう告げる君の手の中には何かを飲み干した残骸が握られていた。







「ふぅん、惚れ薬かい?」

空の瓶を取り上げてみれば、そこそこ値が張るはずの魔法薬だった。
わざわざ空瓶を持ったまま、夜更けに私の部屋まで来たということは、コレを飲んだ事を隠す気はないのだろう。

「良い判断だね」

私は小さく頷いて、熱心にこちらを見上げてくる華奢な少年に目を向ける。

「流石私の見込んだ子だ、ラン」
「お褒めの言葉、嬉しゅうございます、閣下」

花が綻ぶように笑うのは、養い子のランだ。
生まれながらの貴族のごとく優雅に振る舞うこの子は、十年前の大飢饉の折に、路傍で行き倒れていたところを拾った平民の子だ。
当時は、目鼻立ちは整っていたものの、骨と皮ばかりに痩せ細った、今にも死にそうな哀れな子供だった。
けれど今や、我が養い子は深窓の貴族令息のような気品あふれる美少年へと成長した。
前皇帝の異母弟であり、大公爵と呼ばれる私の恋人として相応しいほどに。

「皇帝陛下は、寝取り好きの方だからね。さぞ喜ばれるだろうよ」

蔑むように薄く笑って、私は瓶を屑籠に投げ捨てた。パリンと砕けた音がしたが、まぁ使用人が掃除してくれるだろう。
振り返れば、汚れなど目にしたことがなさそうな澄んだ夜明けの色の瞳が目に入る。まろやかな頬やしなやかな肢体にはまだ幼さが残り、こんな子供を後宮に送り出そうとする己に対して、僅かな自己嫌悪を抱いた。けれど、今更そんなことを言っても仕方ない。私には、があるのだから。

「後宮入りの準備は整ったかい?」
「はい、侍女長がのちほど閣下にご確認頂きたいとのことでした」
「そうか。……君自身の心の準備はどうだい?覚悟はできたかい?」

なんとも言えない不快感を押し隠して、あえて軽い口調で問うと、ランは意外なことを聞いたかのようにパチリと瞬きをした後で、ふわりと笑った。

「僕の覚悟は、ずっと前から定まっております。ようやっと、閣下のお役に立てると思うと、ただひたすらに嬉しゅうございます」

揺らぎない声音に少しばかり驚いて、真正面から養い子の顔を見ると、ランはあたかも恋するような目を私に向けていた。

「僕は恐れも躊躇もございません。後宮に入るのは、敵の身の内に入ること。このような重大なお役目を任せて下さり、誇らしく嬉しいばかりでございます。僕は、閣下の大望のお役に立てることを心より望んでおりますので」
「……そうか。君を利用しようとする私に対して、忠義なものだ」

皮肉まじりに言えば、ランは何故かふわりと嬉しそうに目を細めて、柔らかな表情で首を振った。

「お優しい閣下、どうかそんな風に考えないで下さいませ」

そっと私の近くまでやってきて、するりとその場に膝をつき、ランは両手で私の手を捧げ持った。そして神に誓言を述べるかのように、私の手を額に押し付けて静かに告げた。

「あのままであれば野垂れ死ぬより他になかった幼い僕を拾い育てて下さったのは、閣下なのです。閣下のお役に立てることこそが、僕の喜びなのですから。どうか……僕の心をお疑い下さいませんように」

顔を上げたランは、まっすぐに私を見た。
己の真心を訴えるかのように。

「閣下の御心のままに、如何様にでも僕を使
「ラン……」

私を見つめる濡れた瞳は、忠誠や恩義だけとは思えないほどに、甘く切なく、そして熱い。
ぐっと瞳の奥を覗き込めば、すら潜んでいそうな気がして……。

(……馬鹿馬鹿しい)

幼い頃から育ててきた子供に何を考えているのかと、自分の発想に苛立った。
この子は、手元に置いたわけではないのに。

自分の中に生まれた愚かな思考を握り潰し、私はあくまでも『怜悧冷徹な仕事の鬼』と名高い、冷血大公の顔を取り繕った。

「随分と熱い眼差しで、火傷しそうだよ、ラン。なかなか効く薬のようだね」
「…………お恥ずかしゅうございます」

私が揶揄うように言えば、ランは恥じらうように頬を染めて目を伏せる。
まるで本当に私に恋い焦がれているような瞳と仕草にどうしても胸が騒つき、私は己の動揺に戸惑った。

「…………後宮いりは、もう十日後か」
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