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忘れ薬のゆくえ1
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ランの死を聞いたのは、私が皇帝を弑し、玉座に就いて、半年も経ってからだった。
「……え?」
信じられなかった。
たしかにランの死は、後宮に記録されていた。
けれど、それはそう仕組んだからだ。彼はうまく逃げ出せたのだと、そう思っていたのに。
「なぜだ!?」
普段は声を荒げぬ私の怒声に、側仕えの者が震え上がる。しかし、私にランの死を今更伝えた目の前の男は静かに返した。
「私もその場には居合わせておりませんので、伝聞でしかありませんが……前皇帝の前で、あなたに操を立てて、自害したとのことです」
「馬鹿な!何のために!?」
バンっと机を叩けば、書類が何枚か床に落ちた。怯えて震えていた側仕えの者は皆、既に男によって下がらされている。
激昂する私と面と向かって向き合いながらも顔色ひとつ変えず、淡々と話す男ーー乳兄弟であり、戦場では背中を預けてきた腹心の現宰相は、いつも通り静かな表情で私を見た。
「お前……まさか、あの子に死ぬように命じたのか?」
常に私と、そしてこの国のためだけを考えて動く男だ。それくらいはしかねない。
私がギリギリと奥歯を噛み締めながら睨みつけると、宰相は「いえ」と短く否定した。
「私はただ、少々助言を申し上げただけです」
「何をだ!あの子に何を言った!?」
私の怒りを全く恐れぬ冷静な声が、淡々と告げる。己の行いは正しかったと、疑いもしない様子で。
「君の存在は、あの方の弱みとなりうる。……畏れ多くもあの方を愛しているのだと言うのならば、きちんとその身を処すように、と」
「なっ!?」
思いもかけない言葉に、私は激しく混乱した。
宰相の言葉は『私を愛しているのならば死ね』ということだ。
「あの子が、その言葉に従ったというのか!?」
惚れ薬の効力など、とうに切れていた時期なのに。
「さぁ、私に彼の本心など分かりません。分かるのは、事実だけです」
宰相は満足げに笑って、頷いた。
「さすがは我があるじ。あなたの育てた子供は、平民の孤児にしては随分と立派に育ったようですね。最高の時機に最良の状況下で死んでくれました」
普段は笑みなど見せない男が、満足そうに笑う様を、私は呆然と見ていた。男が語るあの子の最期を、私は言葉もなく聞く。
「あの子供をあなたへの人質としようと、連れて逃げようとしたあの愚帝の手を振り解き、彼はあなたの名を唱え、その御代に栄えあれと笑って胸に短剣を突き刺したそうです。彼が皇帝を後宮に留めてくれたおかげで、その混乱に乗じて、我々は前皇帝を追い詰めることができたのですから、子供ながら見事な功績です。天晴というものでしょう」
朗々と語られても、私はただ黙っているしかない。珍しく本心から褒め称えているらしい男の言葉も、私の耳には入らない。
「なぜ……自害など」
呆然として同じような台詞を繰り返すばかりの私に、男はつまらなさそうに口を開いた。
「なぜって、そりゃあ、愛していたからでしょう」
ランの死を聞いたのは、私が皇帝を弑し、玉座に就いて、半年も経ってからだった。
「……え?」
信じられなかった。
たしかにランの死は、後宮に記録されていた。
けれど、それはそう仕組んだからだ。彼はうまく逃げ出せたのだと、そう思っていたのに。
「なぜだ!?」
普段は声を荒げぬ私の怒声に、側仕えの者が震え上がる。しかし、私にランの死を今更伝えた目の前の男は静かに返した。
「私もその場には居合わせておりませんので、伝聞でしかありませんが……前皇帝の前で、あなたに操を立てて、自害したとのことです」
「馬鹿な!何のために!?」
バンっと机を叩けば、書類が何枚か床に落ちた。怯えて震えていた側仕えの者は皆、既に男によって下がらされている。
激昂する私と面と向かって向き合いながらも顔色ひとつ変えず、淡々と話す男ーー乳兄弟であり、戦場では背中を預けてきた腹心の現宰相は、いつも通り静かな表情で私を見た。
「お前……まさか、あの子に死ぬように命じたのか?」
常に私と、そしてこの国のためだけを考えて動く男だ。それくらいはしかねない。
私がギリギリと奥歯を噛み締めながら睨みつけると、宰相は「いえ」と短く否定した。
「私はただ、少々助言を申し上げただけです」
「何をだ!あの子に何を言った!?」
私の怒りを全く恐れぬ冷静な声が、淡々と告げる。己の行いは正しかったと、疑いもしない様子で。
「君の存在は、あの方の弱みとなりうる。……畏れ多くもあの方を愛しているのだと言うのならば、きちんとその身を処すように、と」
「なっ!?」
思いもかけない言葉に、私は激しく混乱した。
宰相の言葉は『私を愛しているのならば死ね』ということだ。
「あの子が、その言葉に従ったというのか!?」
惚れ薬の効力など、とうに切れていた時期なのに。
「さぁ、私に彼の本心など分かりません。分かるのは、事実だけです」
宰相は満足げに笑って、頷いた。
「さすがは我があるじ。あなたの育てた子供は、平民の孤児にしては随分と立派に育ったようですね。最高の時機に最良の状況下で死んでくれました」
普段は笑みなど見せない男が、満足そうに笑う様を、私は呆然と見ていた。男が語るあの子の最期を、私は言葉もなく聞く。
「あの子供をあなたへの人質としようと、連れて逃げようとしたあの愚帝の手を振り解き、彼はあなたの名を唱え、その御代に栄えあれと笑って胸に短剣を突き刺したそうです。彼が皇帝を後宮に留めてくれたおかげで、その混乱に乗じて、我々は前皇帝を追い詰めることができたのですから、子供ながら見事な功績です。天晴というものでしょう」
朗々と語られても、私はただ黙っているしかない。珍しく本心から褒め称えているらしい男の言葉も、私の耳には入らない。
「なぜ……自害など」
呆然として同じような台詞を繰り返すばかりの私に、男はつまらなさそうに口を開いた。
「なぜって、そりゃあ、愛していたからでしょう」
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