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26.寂然とした空気の中で その2
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テオドールにまっすぐ愛を告げられ、セラは頬を熱くしながら狼狽えた。
セラに対して『愛している』と言った男は一人や二人ではなかったが、予期せぬタイミングで告げられるとどうしても動揺してしまう。
笑ってごまかし、眠いからと流してしまおうかとさえ考えた。だが、テオドールの真摯な眼差しを見ていたら、彼に対して誠実なものを返したいと強く思った。
だから、ひとしきり動揺したあと、自身の心と向き合い、素直な想いを告げることにした。
「愛……とかはわからない。でも、貴方のことは『好きだ』と思う」
手を伸ばして、テオドールの栗色の髪をくすぐる。青年は心地よさそうにしながらも、瞳の中にわずかな不安の色を浮かべていた。
それを晴らしてやるには、『わたしも愛している』と答えればいいのだとわかってはいる。だがどうしてもその言葉が口に出せず、代わりに胸裏に抱く気持ちを吐露することにした。
「貴方は、閨事慣れしてるのはお互い様だと言うけど、わたしはちょっと嫌だ。貴方とするのは楽しいけど、時々ちょっとムカつく。キスの仕方も、舐め方も触り方も突き方も、どこの女に教わってきたのかなって……」
するとテオドールは、とんでもない大失態を犯したような表情をして、飛び跳ねるようにベッドから抜け出した。
「伏してお詫び申し上げます……!」
寝室の床に両ひざと両手をつき、額までこすりつける東洋風の謝罪を行う。一連の動作は流れるように滑らかで、セラは目をまたたかせた。
「そ、そういうのいいから、ちゃんと話を聞いて」
「セラ殿……」
頭を上げたテオドールは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。手招きして呼び戻すと、セラの傍らにちょこんと座る。
大きな身体で、不安に駆られた子どものような素振りを見せる彼に胸を締め付けられて、セラも起き上がって彼の隣に腰を据える。
頭をこつんと押し当ててから視線を下に向けると、股間の逸物までもが不安を示すように縮こまっていた。
「……わたしが貴方の過去に嫉妬を覚えるのは、貴方が好きだからだよ。間違いない」
強い口調で断じると、テオドールはハッと息を呑んでセラを見た。セラも顔を上げて、彼の目を見てはっきりと告げる。
「貴方の人柄が好きだ。温和で優しくて、真面目なところが。でも夜はけっこう積極的なところが好き。同じものを見て同じように笑い合えるところが好き。一緒にいて楽なところが好き。わたしを好きだと全身で示してくれる貴方が好き」
好意の理由を羅列すると、テオドールは視線をこちらに向けたまま、石のように固まってしまった。素面であれだけ甘く熱い台詞を口にしておきながら、セラからの『お返し』には耐えられなかったらしい。
思わず声を立てて笑うと、テオドールの石化が解かれ、動揺をあらわにしながら俯いた。薄暗くてはっきりとは見えないが、おそらく頬を真っ赤に染めていることだろう。まるきり初心な少年のようだ。
かわいいなぁ、と思いつつも、セラは未だ胸に渦巻く不安を吐露する。
「貴方は……わたしの過去に嫉妬してムカつかないの……?」
するとテオドールは心底意外そうに目をぱちくりさせてから、ふっと吹き出すように笑った。
「最後に貴女を手に入れられるのがわたしなら、過去なんてなんの問題もありません。むしろ感謝したいくらいです。貴女へ誠実な愛を向けなかった、有象無象の男性たちへ」
吐き捨てるように言って胸を張るテオドールだが、セラの心には不安が残り、湧き上がってきた歓喜をどこかへ吹き飛ばしてしまった。
(最後に、か)
テオドールが『セラの最後の男になりたい』と望んでくれるのは嬉しい。だがその言葉に期待を抱けば抱くほど、叶わなかったときに大きく傷つく。
セラとテオドールが関係を結んでからまだ数ヶ月しか経っていない。今後、彼が心変わりする可能性は十二分にある。
もしもテオドールの想いが変わることなく、セラを伴侶にしようと本格的に動き始めたところで、周囲が大反対するだろう。彼の親族はもちろん、王太子シルヴァンだっていい顔をしないはずだ。
王太子付きの騎士ならば、良家出身の貞淑なご令嬢を妻にしなくては格好がつかない。シルヴァンが即位すれば、テオドールは国王付きの近衛騎士になるのだから。彼は、そのあたりの『現実』を理解しているのだろうか。
しかもこの場合、年上のセラのほうが『立場を弁えろ』と叱られる立場になるはずだ。そんな不愉快極まりない目になんて遭いたくない。
だからこそ、彼へ深い愛情を抱いてしまう前に、なにがなんでも『好き』の埒内で留めておくべきだ。
そして、『引き時』を誤らないようにしなくては。
「……ありがとテオドール。嬉しいよ」
暗く陰る内面を隠すように、口元に笑みを浮かべて努めて明るく礼を言う。手を伸ばして、青年の頭をぐしゃぐしゃ撫でると、一瞬だけ恍惚とした表情を見せたあと、我に返ったように瞠目し、姿勢を正してセラの両肩を掴む。
「あのっ……セラ殿……!」
強く迫りながらも、語尾が震えていた。驚くセラをしばらく見つめたあと、視線を下に向けて数秒固まり、恥じらうように顔を背けた。
「いえ、この状況で言っても格好がつきません。また後日、改めて……」
「あー、うん……」
彼がなにを言おうとしたかはよくわからないが、お互いに全裸のままでは体裁が悪いようなことらしい。
「じゃあ寝よっか。起きてすぐにヤりたくなったら、好きなトコ触って起こしていいよ」
ヘラヘラした笑顔で下ネタを言って茶を濁し、セラはさっさとベッドへ潜り込んだ。
セラに対して『愛している』と言った男は一人や二人ではなかったが、予期せぬタイミングで告げられるとどうしても動揺してしまう。
笑ってごまかし、眠いからと流してしまおうかとさえ考えた。だが、テオドールの真摯な眼差しを見ていたら、彼に対して誠実なものを返したいと強く思った。
だから、ひとしきり動揺したあと、自身の心と向き合い、素直な想いを告げることにした。
「愛……とかはわからない。でも、貴方のことは『好きだ』と思う」
手を伸ばして、テオドールの栗色の髪をくすぐる。青年は心地よさそうにしながらも、瞳の中にわずかな不安の色を浮かべていた。
それを晴らしてやるには、『わたしも愛している』と答えればいいのだとわかってはいる。だがどうしてもその言葉が口に出せず、代わりに胸裏に抱く気持ちを吐露することにした。
「貴方は、閨事慣れしてるのはお互い様だと言うけど、わたしはちょっと嫌だ。貴方とするのは楽しいけど、時々ちょっとムカつく。キスの仕方も、舐め方も触り方も突き方も、どこの女に教わってきたのかなって……」
するとテオドールは、とんでもない大失態を犯したような表情をして、飛び跳ねるようにベッドから抜け出した。
「伏してお詫び申し上げます……!」
寝室の床に両ひざと両手をつき、額までこすりつける東洋風の謝罪を行う。一連の動作は流れるように滑らかで、セラは目をまたたかせた。
「そ、そういうのいいから、ちゃんと話を聞いて」
「セラ殿……」
頭を上げたテオドールは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。手招きして呼び戻すと、セラの傍らにちょこんと座る。
大きな身体で、不安に駆られた子どものような素振りを見せる彼に胸を締め付けられて、セラも起き上がって彼の隣に腰を据える。
頭をこつんと押し当ててから視線を下に向けると、股間の逸物までもが不安を示すように縮こまっていた。
「……わたしが貴方の過去に嫉妬を覚えるのは、貴方が好きだからだよ。間違いない」
強い口調で断じると、テオドールはハッと息を呑んでセラを見た。セラも顔を上げて、彼の目を見てはっきりと告げる。
「貴方の人柄が好きだ。温和で優しくて、真面目なところが。でも夜はけっこう積極的なところが好き。同じものを見て同じように笑い合えるところが好き。一緒にいて楽なところが好き。わたしを好きだと全身で示してくれる貴方が好き」
好意の理由を羅列すると、テオドールは視線をこちらに向けたまま、石のように固まってしまった。素面であれだけ甘く熱い台詞を口にしておきながら、セラからの『お返し』には耐えられなかったらしい。
思わず声を立てて笑うと、テオドールの石化が解かれ、動揺をあらわにしながら俯いた。薄暗くてはっきりとは見えないが、おそらく頬を真っ赤に染めていることだろう。まるきり初心な少年のようだ。
かわいいなぁ、と思いつつも、セラは未だ胸に渦巻く不安を吐露する。
「貴方は……わたしの過去に嫉妬してムカつかないの……?」
するとテオドールは心底意外そうに目をぱちくりさせてから、ふっと吹き出すように笑った。
「最後に貴女を手に入れられるのがわたしなら、過去なんてなんの問題もありません。むしろ感謝したいくらいです。貴女へ誠実な愛を向けなかった、有象無象の男性たちへ」
吐き捨てるように言って胸を張るテオドールだが、セラの心には不安が残り、湧き上がってきた歓喜をどこかへ吹き飛ばしてしまった。
(最後に、か)
テオドールが『セラの最後の男になりたい』と望んでくれるのは嬉しい。だがその言葉に期待を抱けば抱くほど、叶わなかったときに大きく傷つく。
セラとテオドールが関係を結んでからまだ数ヶ月しか経っていない。今後、彼が心変わりする可能性は十二分にある。
もしもテオドールの想いが変わることなく、セラを伴侶にしようと本格的に動き始めたところで、周囲が大反対するだろう。彼の親族はもちろん、王太子シルヴァンだっていい顔をしないはずだ。
王太子付きの騎士ならば、良家出身の貞淑なご令嬢を妻にしなくては格好がつかない。シルヴァンが即位すれば、テオドールは国王付きの近衛騎士になるのだから。彼は、そのあたりの『現実』を理解しているのだろうか。
しかもこの場合、年上のセラのほうが『立場を弁えろ』と叱られる立場になるはずだ。そんな不愉快極まりない目になんて遭いたくない。
だからこそ、彼へ深い愛情を抱いてしまう前に、なにがなんでも『好き』の埒内で留めておくべきだ。
そして、『引き時』を誤らないようにしなくては。
「……ありがとテオドール。嬉しいよ」
暗く陰る内面を隠すように、口元に笑みを浮かべて努めて明るく礼を言う。手を伸ばして、青年の頭をぐしゃぐしゃ撫でると、一瞬だけ恍惚とした表情を見せたあと、我に返ったように瞠目し、姿勢を正してセラの両肩を掴む。
「あのっ……セラ殿……!」
強く迫りながらも、語尾が震えていた。驚くセラをしばらく見つめたあと、視線を下に向けて数秒固まり、恥じらうように顔を背けた。
「いえ、この状況で言っても格好がつきません。また後日、改めて……」
「あー、うん……」
彼がなにを言おうとしたかはよくわからないが、お互いに全裸のままでは体裁が悪いようなことらしい。
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