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27.うるさいオッサン
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王太子夫妻の住まいである西の離れに出入りできるのは、許可を得た一握りの者だけだ。高慢な廷臣たちも、セラ以外の宮廷魔法使いも、誰も渡り廊下より先へ侵入を許されていない。
先日、セラを連行するためにやってきた兵士たちは王妃の命令を受けていたため、例外中の例外だ。ゆえに、離れにはいつも安穏とした空気が流れている。
だが、その日は朝から厳戒態勢。みなピリピリと気を張り詰めていた。
その原因たる人物は今、温室で王太子夫妻とともに茶を喫している。
テーブルの周囲は人払いがされており、セラはもちろん、シルヴァン付きの騎士もロズリーヌの侍女も温室内に散って、遠巻きに三人の団欒風景をうかがっていた。呼び出しがあったら即座に駆け付けるためだ。
セラはいちおうテオドールの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。温室警護の任には就いていないようだ。
「いや~温室にも久しぶりに来たねぇ。五年くらい前だったかな、ロズリーヌちゃんが遊びに来てくれたとき、かくれんぼして遊んだよね。そのときのお転婆さんが、こんなに立派な淑女になって、息子のお嫁さんとして来てくれるなんて、僕は嬉しいよ! うわぁ、このクッキーおいしいね!」
底抜けに明るい中年男性の声が温室内にこだまする。
その声の主こそ、この国の国王陛下その人だ。
公務の合間を縫ってわざわざ息子夫婦に会いに来たのは、なにか重要な話をするためなのだろうが、現状はただ雑談しているだけ――いや、国王が一方的にしゃべっているだけに思える。
(かしましいオッサンだな……)
セラは温室内に造られた池のほとりに佇みながら無礼極まりないことを考え、遠く離れたテーブルの方へと視線をやった。
背の高い植物に囲まれているせいで、父子三人の姿はまったく見えない。
その代わりに、彼らのそばにただ一人残ることを許された長身の男性の後頭部だけがセラの目に入った。
近衛騎士団長のメラン伯爵だ。国王とは又従兄弟の関係に当たり、加齢を感じさせない黒々とした髪を短く刈り込んだ、いかにも歴戦の武人といった風体をしている。並の男性よりも頭一つ背が高く、ただそこにいるだけで強烈な威圧感を放っている。茶の用意をした侍女は、国王よりもメラン伯爵のほうに怯えていた。
「え~っそうなんだ! へぇ~! ……うん、そうだね! アハハ!!」
相変わらず、国王の大音声だけが温室中に響き渡る。相槌を打っているということは、シルヴァンやロズリーヌがなにかを話しているのだろう。
(ほんとうるさいな。まさか、国王の素の姿があんなふうだなんて……)
セラは落胆に近いものを覚えて小さく嘆息した。
公務中の国王を遠目から見たことがあるが、鷹揚に構えながらも、そこにいるだけで周囲に緊張感をもたらす人物だった。王妃も常に彼の顔色をうかがいつつ、かといって怯えているわけではなく、尊崇と敬愛、そして深い信頼を感じさせる表情を浮かべていた。
(もしかすると、王妃もプライベートではあんなテンションなのかも……)
ちょっと想像してみたが、すぐにかぶりを振って脳内の虚像を吹き飛ばした。王妃の尊厳破壊につながるような行為はやめておこう。
(ん、声が聞こえなくなったな……)
不意に温室内が静まり返った。池を流れる水のせせらぎだけがセラの耳に届く。
いや、耳をそばだててみれば、ぼそぼそと低い声だけが聞こえる。国王が声のトーンを落としたのだ。すぐに、遠く離れたセラのもとにまでぴりっとした空気が流れてきた。周囲に待機している騎士や侍女たちも、顔を強張らせて国王らの方を見ていた。
(難しい話をしているのか……。ま、わたしに累が及ぶような内容でなければどうでもいい。あーそういえば、こないだテオドールに連れてってもらった帝国料理の店、おいしかったな。また行きたい)
などと思考を脱線させていると、国王が席を立ったらしく、薄くなった後頭部が見えた。話が終わり、解散の流れになったのだろう。温室中に満ちていた緊張感がふっと緩み、セラもほっと胸を撫で下ろした、次の瞬間。
「魔法使いのセラちゃーーーん! 来て~~~!」
国王の大声が温室中に響き、セラはあやうく口から心臓を吐くところだった。国王陛下直々に名指しで呼び出しを受けたという現実がじわじわと心を苛み、今度は胃の内容物を吐きそうになった。
(ううっ、なんでわたしが……)
ただちに逃亡したい気持ちを抑えつつ、足早に彼らのもとへ向かう。道すがら、侍女たちに好奇やら同情やら怒りやら様々な感情のこもった目を向けられて、非常に居たたまれなかった。以前、兵士に連行されたとき以上の冷や汗が流れる。
王族三人が集うテーブルへ近づくと、彼らの視線が一斉に突き刺さった。いや、ロズリーヌだけは澄まし顔で茶を飲んで、無関心を決め込んでいる。こういうときの彼女は、実に小憎たらしい。
「魔法使い殿、ほんとうにすまない……父の相手をしてやってくれるかな」
シルヴァンは呆れ顔で額を押さえている。謝るくらいなら、なんとかして父王を止めてほしかった。
(あ~もう、どうにでもなれッ)
セラは腹をくくって、国王の御前に跪いた。口上を述べようと息を吸い込んだ瞬間、国王に「そーゆーのいいから、もっとこっちおいで」と手招きされる。
臣下に対してそういう砕けた態度を取るのは、かえって気をつかわせるだけだと察してほしい。
座っている国王の尊顔を見下ろさないように、頭と目線を下げて慎重に近づいた。
「はじめまして! 貴女がセラちゃんだね、聞いていた通りの美人さんだ!」
国王は満面の笑みを浮かべると、セラの顔を下から覗き込んできた。いきなりのことに、ばっちり目が合う。ぱっと見は温厚そうな中年男性で、シルヴァンが順当に齢を重ね、加えて中年太りさせれば、瓜二つになるだろうなと感じた。
「あ、あ、あの……」
セラがしどろもどろになっているのにも構わず、国王は一方的に続ける。
「妻とオーブリーにイビられてるんだって? ほんとごめんね~。二人とも、悪気はないからさ。それは保証するよ!」
などと言ってウインクされても、まったくときめかない。
困り果てるセラに助け舟を出してくれたのは、国王の背後に控えるメラン伯爵だった。
「国王陛下。ご自身の立場を考えもせず、初対面の女性へそのように馴れ馴れしく話しかけるものではありませんよ。すっかり委縮しているではありませんか」
厳めしい容貌には似合わない、ゆったりとした話しぶりだった。性格は意外と柔和なのかもしれない。おかげで、セラの緊張がだいぶ和らいだ。
「え~? でも、キミもセラちゃんがどんな子か気になってたでしょ?」
首をひねる国王に、メラン伯爵はわずかな動揺を見せた。
「それはそうですが……」
「ほら、ロズリーヌちゃんと対照的な、しっとり落ち着いた美人さんだよ。よかったね」
(よかったね、ってなんだよ)
国王と伯爵の二人して、王太子妃に仕える魔法使いの容姿をあれこれ想像して話の種にしていたということだろうか。なんだか不愉快だ。
「女性の容姿をあれこれと言うのは、たいへん無礼なことと存じます」
メラン伯爵が至極真っ当なことを言って、主君を諌める。だが国王は反省した様子もなく、にんまりとくちびるをつり上げた。
「まあキミは奥さん一筋だもんね。僕もそうだけど」
さりげなく惚気たあと、国王は再びセラへ向き直る。
「じゃあ、セラちゃん。これからも息子夫婦をよろしくね。いろいろ苦労するかもしれないけど、にっちもさっちもいかなくなったら、ちゃんと『無理です!』って言うんだよ。じゃあね~」
一方的にまくし立てると、「よいしょ」と年寄り臭い所作で立ち上がり、息子と嫁に向かって手を振りながら悠然と歩み去っていく。残されたメラン伯爵は、主君の背を追う前に、セラに対して深々と頭を下げた。
「主君の非礼をお許しください、ヴァロン嬢」
『嬢』だなんて呼ばれ、セラは思わずメラン伯爵をまじまじと見てしまった。彼が頭を上げたとき、その容貌がばっちりと視界に入る。一見すると厳めしい顔立ちだが、その目元には優しい光が宿っていた。
(深い緑色の、澄んだ瞳……)
あまりに見覚えがあるその美しい色彩に、セラは目を見開いて固まる。
「では両殿下、失礼いたします」
低くゆったりとしたしゃべり方も、改めて意識するとひどく馴染み深い。
セラは、去り行く伯爵の大きな背中を呆然と見つめた。
「ああ、ほんとうにすまなかった魔法使い殿。さぞ恐ろしかっただろう」
シルヴァンの真摯な謝罪に、セラはっと我に返って、内心で毒づく。
(まったくだよ!)
まさしく、二度と経験したくないほどに、心胆寒からしめるような経験だった。しかし今、その恐怖はどこかに吹き飛び、疑念だけがセラの胸を覆っている。
「あの、王太子殿下……」
「なんだい?」
「……い、いえ、その……せっかく国王陛下にお声がけいただいたのに、緊張のあまり無礼な態度をとってしまい……」
すると、今まで知らん顔をしていたロズリーヌが口を開いた。
「気にしなくていいわよ。そんな狭量なひとじゃないし」
「は、はい……」
それ以上の言葉は出てこなかった。
ほんとうは、シルヴァンたちに尋ねたかった。メラン伯爵のことを。そして、彼と同じ色の瞳をした、テオドールとのことを。二人の関係がセラの予想通りなら、国王と伯爵の会話に納得がいく。
――キミもセラちゃんがどんな子か気になってたでしょ?
――しっとり落ち着いた美人さんだよ。よかったね。
(いや、まさか!)
必死に否定しても、メラン伯爵の緑色の瞳が脳裏にちらつく。すべてがセラの考え通りだとすれば……。
(――冗談じゃない!!)
セラはこぶしを強く握りしめ、これ以上の思考を放棄した。
しかし、セラの現実逃避を阻むように、王太子夫妻が意味ありげな目配せをし合っており、すこぶる嫌な予感がした。
「魔法使い殿」
シルヴァンが妙に爽やかな笑顔を浮かべてセラを見る。
「このあと、僕の執務室へ来てくれるかい?」
もちろん、断ることなどできはしない。
先日、セラを連行するためにやってきた兵士たちは王妃の命令を受けていたため、例外中の例外だ。ゆえに、離れにはいつも安穏とした空気が流れている。
だが、その日は朝から厳戒態勢。みなピリピリと気を張り詰めていた。
その原因たる人物は今、温室で王太子夫妻とともに茶を喫している。
テーブルの周囲は人払いがされており、セラはもちろん、シルヴァン付きの騎士もロズリーヌの侍女も温室内に散って、遠巻きに三人の団欒風景をうかがっていた。呼び出しがあったら即座に駆け付けるためだ。
セラはいちおうテオドールの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。温室警護の任には就いていないようだ。
「いや~温室にも久しぶりに来たねぇ。五年くらい前だったかな、ロズリーヌちゃんが遊びに来てくれたとき、かくれんぼして遊んだよね。そのときのお転婆さんが、こんなに立派な淑女になって、息子のお嫁さんとして来てくれるなんて、僕は嬉しいよ! うわぁ、このクッキーおいしいね!」
底抜けに明るい中年男性の声が温室内にこだまする。
その声の主こそ、この国の国王陛下その人だ。
公務の合間を縫ってわざわざ息子夫婦に会いに来たのは、なにか重要な話をするためなのだろうが、現状はただ雑談しているだけ――いや、国王が一方的にしゃべっているだけに思える。
(かしましいオッサンだな……)
セラは温室内に造られた池のほとりに佇みながら無礼極まりないことを考え、遠く離れたテーブルの方へと視線をやった。
背の高い植物に囲まれているせいで、父子三人の姿はまったく見えない。
その代わりに、彼らのそばにただ一人残ることを許された長身の男性の後頭部だけがセラの目に入った。
近衛騎士団長のメラン伯爵だ。国王とは又従兄弟の関係に当たり、加齢を感じさせない黒々とした髪を短く刈り込んだ、いかにも歴戦の武人といった風体をしている。並の男性よりも頭一つ背が高く、ただそこにいるだけで強烈な威圧感を放っている。茶の用意をした侍女は、国王よりもメラン伯爵のほうに怯えていた。
「え~っそうなんだ! へぇ~! ……うん、そうだね! アハハ!!」
相変わらず、国王の大音声だけが温室中に響き渡る。相槌を打っているということは、シルヴァンやロズリーヌがなにかを話しているのだろう。
(ほんとうるさいな。まさか、国王の素の姿があんなふうだなんて……)
セラは落胆に近いものを覚えて小さく嘆息した。
公務中の国王を遠目から見たことがあるが、鷹揚に構えながらも、そこにいるだけで周囲に緊張感をもたらす人物だった。王妃も常に彼の顔色をうかがいつつ、かといって怯えているわけではなく、尊崇と敬愛、そして深い信頼を感じさせる表情を浮かべていた。
(もしかすると、王妃もプライベートではあんなテンションなのかも……)
ちょっと想像してみたが、すぐにかぶりを振って脳内の虚像を吹き飛ばした。王妃の尊厳破壊につながるような行為はやめておこう。
(ん、声が聞こえなくなったな……)
不意に温室内が静まり返った。池を流れる水のせせらぎだけがセラの耳に届く。
いや、耳をそばだててみれば、ぼそぼそと低い声だけが聞こえる。国王が声のトーンを落としたのだ。すぐに、遠く離れたセラのもとにまでぴりっとした空気が流れてきた。周囲に待機している騎士や侍女たちも、顔を強張らせて国王らの方を見ていた。
(難しい話をしているのか……。ま、わたしに累が及ぶような内容でなければどうでもいい。あーそういえば、こないだテオドールに連れてってもらった帝国料理の店、おいしかったな。また行きたい)
などと思考を脱線させていると、国王が席を立ったらしく、薄くなった後頭部が見えた。話が終わり、解散の流れになったのだろう。温室中に満ちていた緊張感がふっと緩み、セラもほっと胸を撫で下ろした、次の瞬間。
「魔法使いのセラちゃーーーん! 来て~~~!」
国王の大声が温室中に響き、セラはあやうく口から心臓を吐くところだった。国王陛下直々に名指しで呼び出しを受けたという現実がじわじわと心を苛み、今度は胃の内容物を吐きそうになった。
(ううっ、なんでわたしが……)
ただちに逃亡したい気持ちを抑えつつ、足早に彼らのもとへ向かう。道すがら、侍女たちに好奇やら同情やら怒りやら様々な感情のこもった目を向けられて、非常に居たたまれなかった。以前、兵士に連行されたとき以上の冷や汗が流れる。
王族三人が集うテーブルへ近づくと、彼らの視線が一斉に突き刺さった。いや、ロズリーヌだけは澄まし顔で茶を飲んで、無関心を決め込んでいる。こういうときの彼女は、実に小憎たらしい。
「魔法使い殿、ほんとうにすまない……父の相手をしてやってくれるかな」
シルヴァンは呆れ顔で額を押さえている。謝るくらいなら、なんとかして父王を止めてほしかった。
(あ~もう、どうにでもなれッ)
セラは腹をくくって、国王の御前に跪いた。口上を述べようと息を吸い込んだ瞬間、国王に「そーゆーのいいから、もっとこっちおいで」と手招きされる。
臣下に対してそういう砕けた態度を取るのは、かえって気をつかわせるだけだと察してほしい。
座っている国王の尊顔を見下ろさないように、頭と目線を下げて慎重に近づいた。
「はじめまして! 貴女がセラちゃんだね、聞いていた通りの美人さんだ!」
国王は満面の笑みを浮かべると、セラの顔を下から覗き込んできた。いきなりのことに、ばっちり目が合う。ぱっと見は温厚そうな中年男性で、シルヴァンが順当に齢を重ね、加えて中年太りさせれば、瓜二つになるだろうなと感じた。
「あ、あ、あの……」
セラがしどろもどろになっているのにも構わず、国王は一方的に続ける。
「妻とオーブリーにイビられてるんだって? ほんとごめんね~。二人とも、悪気はないからさ。それは保証するよ!」
などと言ってウインクされても、まったくときめかない。
困り果てるセラに助け舟を出してくれたのは、国王の背後に控えるメラン伯爵だった。
「国王陛下。ご自身の立場を考えもせず、初対面の女性へそのように馴れ馴れしく話しかけるものではありませんよ。すっかり委縮しているではありませんか」
厳めしい容貌には似合わない、ゆったりとした話しぶりだった。性格は意外と柔和なのかもしれない。おかげで、セラの緊張がだいぶ和らいだ。
「え~? でも、キミもセラちゃんがどんな子か気になってたでしょ?」
首をひねる国王に、メラン伯爵はわずかな動揺を見せた。
「それはそうですが……」
「ほら、ロズリーヌちゃんと対照的な、しっとり落ち着いた美人さんだよ。よかったね」
(よかったね、ってなんだよ)
国王と伯爵の二人して、王太子妃に仕える魔法使いの容姿をあれこれ想像して話の種にしていたということだろうか。なんだか不愉快だ。
「女性の容姿をあれこれと言うのは、たいへん無礼なことと存じます」
メラン伯爵が至極真っ当なことを言って、主君を諌める。だが国王は反省した様子もなく、にんまりとくちびるをつり上げた。
「まあキミは奥さん一筋だもんね。僕もそうだけど」
さりげなく惚気たあと、国王は再びセラへ向き直る。
「じゃあ、セラちゃん。これからも息子夫婦をよろしくね。いろいろ苦労するかもしれないけど、にっちもさっちもいかなくなったら、ちゃんと『無理です!』って言うんだよ。じゃあね~」
一方的にまくし立てると、「よいしょ」と年寄り臭い所作で立ち上がり、息子と嫁に向かって手を振りながら悠然と歩み去っていく。残されたメラン伯爵は、主君の背を追う前に、セラに対して深々と頭を下げた。
「主君の非礼をお許しください、ヴァロン嬢」
『嬢』だなんて呼ばれ、セラは思わずメラン伯爵をまじまじと見てしまった。彼が頭を上げたとき、その容貌がばっちりと視界に入る。一見すると厳めしい顔立ちだが、その目元には優しい光が宿っていた。
(深い緑色の、澄んだ瞳……)
あまりに見覚えがあるその美しい色彩に、セラは目を見開いて固まる。
「では両殿下、失礼いたします」
低くゆったりとしたしゃべり方も、改めて意識するとひどく馴染み深い。
セラは、去り行く伯爵の大きな背中を呆然と見つめた。
「ああ、ほんとうにすまなかった魔法使い殿。さぞ恐ろしかっただろう」
シルヴァンの真摯な謝罪に、セラはっと我に返って、内心で毒づく。
(まったくだよ!)
まさしく、二度と経験したくないほどに、心胆寒からしめるような経験だった。しかし今、その恐怖はどこかに吹き飛び、疑念だけがセラの胸を覆っている。
「あの、王太子殿下……」
「なんだい?」
「……い、いえ、その……せっかく国王陛下にお声がけいただいたのに、緊張のあまり無礼な態度をとってしまい……」
すると、今まで知らん顔をしていたロズリーヌが口を開いた。
「気にしなくていいわよ。そんな狭量なひとじゃないし」
「は、はい……」
それ以上の言葉は出てこなかった。
ほんとうは、シルヴァンたちに尋ねたかった。メラン伯爵のことを。そして、彼と同じ色の瞳をした、テオドールとのことを。二人の関係がセラの予想通りなら、国王と伯爵の会話に納得がいく。
――キミもセラちゃんがどんな子か気になってたでしょ?
――しっとり落ち着いた美人さんだよ。よかったね。
(いや、まさか!)
必死に否定しても、メラン伯爵の緑色の瞳が脳裏にちらつく。すべてがセラの考え通りだとすれば……。
(――冗談じゃない!!)
セラはこぶしを強く握りしめ、これ以上の思考を放棄した。
しかし、セラの現実逃避を阻むように、王太子夫妻が意味ありげな目配せをし合っており、すこぶる嫌な予感がした。
「魔法使い殿」
シルヴァンが妙に爽やかな笑顔を浮かべてセラを見る。
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