疎まれ魔女は、年下騎士の執愛に食み尽くされる~別れ話をしたら媚薬を盛られました~

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28.王太子の願い

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 茶会がお開きとなったあと、セラはいったんロズリーヌとともに彼女の部屋へ戻ったが、「さっさと行ってきなさい」と追い出されてしまった。

 気を抜けばこぼれそうになる溜め息を幾度も肺へ押し戻しながら、セラは王太子の執務室へと向かう。王太子の生活空間となっている三階には、ほとんど足を踏み入れたことがない。わずかに緊張しながら階段をのぼり、埃ひとつ落ちていない廊下を進むが、不気味なくらい静まり返っていた。

「やぁ魔法使い殿。わざわざ足を運んでもらってすまないね」

 執務室の扉をノックすると、王太子自らが出迎えてくれたため、面食らう。

「さあ、こちらへ。適当に腰かけてくれ」

 シルヴァンは、セラを執務室の隣にある応接間へと通すと、すぐさま着席するように促した。
 セラはおずおずと一人掛けのソファに腰を下ろし、揃えた膝の上でこぶしをきつく握り締める。感情的になりそうなときは、こうして耐えるクセがいつの間にかついてしまった。

 室内には二人きり。扉の向こうに護衛を立たせてさえいない。眼前のテーブルには、王太子が手ずから淹れてくれた茶と、以前ロズリーヌがくれたものと同じクッキーが並んでいるが、食指が動くはずもなかった。

 セラの対面に腰かけたシルヴァンは、青い瞳の中に気遣わしげな色を浮かべながらも、口元に優雅な笑みを刻んだ。

「妻に倣って、僕も君のことを『セラ』と呼んでもいいかな。君も、僕のことは名前で呼んでくれ」

 性急に距離を詰めてきた王太子に、セラは身を縮めた。

「わ、わたしのことはどう呼んでいただいても構いませんが……」
「いいんだ、妻の専属魔法使いとして、君とは末永く友好的に付き合っていきたいと思っているからね。だから、僕を名前で呼ぶことを許可するよ」

 寛容なようでいて、強圧的な物言いは実に王族らしい。セラは臣下として、その『命令』をただちに実行した。

「……はい、シルヴァン様」
(見た目に似合わず、高慢さを秘めた青年だな。ロズリーヌ様も似たような性格だけれど、わたしに懐いてくれている分、可愛げがある……)

 ロズリーヌからは、宮廷勤務を始めて三日目の朝に『王太子妃殿下だなんて、堅苦しい呼び名は止して』と言われていた。セラを気に入ってくれたからこそ、名前で呼ぶことを許してくれたのだ。だが、王太子の真情はいかに。

「ではセラ。まずは謝罪をさせてほしい。先日、母が貴女にしたことを」

 王太子に頭を下げられ、セラは慌てふためく。同時に、彼を高慢だと断じたことを恥じた。

「い、いえ、過ぎたことですから……!」
「尋問に近い真似をされたと聞いたけれど、生きた心地がしなかっただろう。ほんとうに、申し訳なかった」
「シルヴァン様がそのように頭を下げられることではありません!」

 叫ぶように言っても、シルヴァンの頭はなかなか上がらなかった。

「いや、僕のせいだ。……母やオーブリーが、君を怪しんだのは」
「…………どういうことでございましょう」

 セラの心にくらいものが生じ、自分でも驚くくらい冷え冷えとした声が出た。
 あのとき、オーブリーはセラにこう言った。『ロズリーヌが妊娠しなければ、お前の背後にいる者が得をするだろう』と。
 セラの背後にいる者とは、王家にあだなす不届き者ではなく、王太子その人を指していた、ということなのだろうか。

(わけがわからない……)

「うん、きちんと説明させてもらうよ」

 王太子はようやく頭を上げ、青い瞳でまっすぐセラを見つめてきた。セラは真実の開示を渇望しながらも、平静さを保とうと努力した。さもなくば、感情のまま彼に詰め寄ってしまいそうだったから。

 わずかの間、応接間に沈黙が満ちたが、改まった調子でシルヴァンが口を開く。

「ここからは少なからず生々しい話も混ざるけれど、だからこそ人払いを徹底した。君には、我が妻専属の宮廷魔法使いとして、嫌悪せずに聞いてほしい」
「……承知しました」

 セラが粛然と答えると、王太子は安心したように頷いてから、話を始める。

「君は毎日ロズリーヌの健診をして、妊娠しやすい時期を教えてくれているね」
「はい」

 魔力循環検査をして、ロズリーヌの健康状態のほか、生殖器官の大まかな状態を把握し、適切な性行為のタイミングを彼女に伝えてきた。一日でも早く、子を授かれるように……。

「実を言うと、僕たちはその時期を避けて夫婦生活をしている」
「え……?」

 セラは己の耳を疑った。

「も、もう一度おっしゃっていただけますか」
「ロズリーヌが妊娠しやすい時期には、同衾はしても閨事は避けているんだ」
「――っ!!」

 セラは手のひらで口元を覆った。そうでもしなければ、王太子に向けてどんな悪罵を撒き散らしてしまうかわからなかったから。
 俯いてわななくことしかできないセラに、シルヴァンは淡々と続ける。

「そのほかの時期も、妊娠しないように細心の注意を払っている。結婚してからずーっとね。なんとか誤魔化しているつもりだったけれど、侍女には勘付かれてしまった。そして、ついに母へ報告がいった」
「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 セラは震える声で尋ねる。怒りとも悲しみともつかないものが胸の中で渦巻いていた。

(日々、ロズリーヌ様の体調を慎重にチェックし、空調魔法を使って快適に過ごせるようにしてきた。それらがすべて無駄だったなんて……)

 それに加えて、ロズリーヌに月の物がくるたび、王妃からの小言に耐えてきた。ストレスは女性の身体を狂わせる。ゆえに、妊娠を望むロズリーヌに王妃の重圧が向くくらいなら、セラがその盾になるのも仕事の一環だと割り切ってきた。その努力がいつか実を結ぶと信じながら。

(ロズリーヌ様……わたしの健診を受けながら……王妃に呼び出されるわたしの背を見ながら……なにを思っていたのか……)

 つんと澄ましたような顔をしたロズリーヌの姿が脳裏に浮かぶ。彼女への忠義が、足元から崩れ落ちていくようだった。

(理由次第では、王妃のがわへ付こう……)

 かつてセラは、王妃に対してこう宣言した。もしロズリーヌが王家と国民を裏切るような行いをするのであれば、彼女への忠義を捨て、ただちに王妃へ報告すると。

(なにがなんでも、ロズリーヌ様を妊娠させてやる)

 荒れ狂う心の中で凶悪な思考が生まれた。その闇を必死で抑え込みながら、セラは静かに王太子の言葉を待った。

「ロズリーヌはね……妊娠を恐れているんだ。正確には、出産を、だね」

 シルヴァンの声は相変わらず淡々としているようでいて、わずかな苦渋を含んでいた。

「ロズリーヌは、十二歳のときに王太子妃教育の一環として、実母の出産に立ち会わされた・・・そうだ。大の男でさえ卒倒しそうになると聞くのに、年若い少女にはあまりに酷な仕打ちだったと思う。そのときに目の当たりにしたお産の凄絶さは、今でもロズリーヌの心に恐怖として残っているんだ」

 初耳だ、とセラは奥歯を噛み締める。あの明るいロズリーヌの心に、そんなトラウマが刻まれているとは思ってもみなかった。だが……。

「それでも……一昔前と比べれば、出産での死亡率は大幅に下がりました。ロズリーヌ様のご出産となれば、王国でも腕利きの医師らが揃うでしょう。そこまで恐れるようなことは……」
「いや、ロズリーヌが恐れているのは、『陣痛の痛みそのもの』だ」

 シルヴァンがぴしゃりと言い、セラは少しだけ身を震わせた。

「……同じ女として、理解はできます」

 セラも学生時代、女魔法使い向けのカリキュラムとして組み込まれていた、産院での研修を受けたことがある。たった五日だったが、若いセラにとって『無理ぃ~ッ』の一言に尽きた。
 だからといって、『陣痛が怖いなら、仕方ないね』で済む話ではない。セラは決然と顔を上げ、強い口調で王太子へ告げる。

「しかし、その痛みをいつまでも恐れていては、とうてい妊娠など望めません」

 あらゆる生物の雌が、出産の苦しみを乗り越えて繁殖してきた。陣痛に耐えて多くの子を産むのも、王家に生まれ、王家へ嫁いだ者の義務ではないか。

「――そこでだ、セラ」

 シルヴァンが語勢を強める。

「ロズリーヌは……いや、我ら夫婦は、『無痛分娩』を強く希望している」
「……!」

 セラは目を見開き、まじまじと王太子の整った容貌を見つめた。
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