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第二章 動く五月
27.デートバイデイライト その5
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俺は、当時の記憶をゆっくり引っ張り出しながら話を始める。
「部屋でゴロゴロしてたら、親父がすごく深刻な顔をして入って来たんです。『豪、ちょっと話があるから、下に来なさい』って」
「うん、それで?」
「リビングに行ったら、母ちゃんが暗~い顔で座ってるんです。俺は真っ先に思いましたね、『あ、離婚だコレ』って」
「あ……」
先輩の表情から笑顔が消え、沈痛な面持ちになってしまった。だから俺は、慌てて「違うんです」と首を横に振る。
「結局、両親が俺にしたかったのは、『母ちゃんが正社員に復帰したがってる』ってコトでした」
「そっか~、びっくりしちゃった」
先輩は胸に手を当てて、ほっと息をつく。
「すみません……。でも俺も、当時は本当にビビりましたよ」
「あはは、そうだよね。でも、ゴウくんのご両親にとっては、深刻な問題だったんでしょう?」
「そうですね。俺に対して、いろいろな面で負担をかけてしまうかもしれないから、って、罪悪感たっぷりで謝ってくるんです。もう居たたまれないったらありゃしなくて」
当時のことを思い出すと、未だに複雑な気持ちになる。親が子供に頭を下げる場面なんて、見たくなかった。
同時に、それだけ俺のことを気にかけてくれているんだってわかって、嬉し恥ずかしだ。
「俺にとっては、母ちゃんが夜遅く帰ってくるくらい、なんてことなかったんですけどね。むしろ、気楽でいいなって思いましたよ」
「男の子はたくましいね」
先輩が柔らかく微笑み、俺は照れ隠しに水を飲む。レモンの風味がして、すごくさっぱりする。
「で、俺は『掃除くらいやるし、飯くらい自分で作るよー』って言ったんです。『ちょうど夏休みだし、ばあちゃんちに行って本格的に習ってくるわー』って」
もう一口水を飲みながら、先輩からの相槌がないことに気付く。視線を向けて表情を窺うと、先輩はどこか呆然とした様子で、ゆっくりとまばたきを繰り返していた。
「先輩?」
「えっと、ゴウくんのご両親は、『ゴウくんに家事をしろ』って言ったわけじゃないんだよね? ゴウくんから、『自分がやる』って切り出した、ってこと……だよね?」
「そうですね。親は、家事代行サービスかなにかを頼むつもりだったみたいです」
先輩との会話が続いたことに安心すると同時に、順を追って話していたら、当時のことをどんどん思い出してきた。つい、苦笑が口元に浮かぶ。
「まぁ、俺もちょっと勢いで言っちゃった感はありますね。ちょっとムカついたんです。職場に復帰したいからって、なんで母ちゃんが俺に謝らなきゃならないんだろう、って。
好きなことをして、好きなように金を稼いでくればいい。そのぶん、子供の俺がサポートすればいいだろう、って」
「そうなんだ……」
「そうなんです。それでなんだかんだ、朝食も夕食も、弁当も作るようになりました」
つらつらと話したあと、小皿に残ったサラダをフォークで刺して、口に放り込む。玉ねぎの苦味が舌をピリつかせたから、慌てて飲み込んだ。
それからふと先輩を見遣ると、手を止めたままだった。軽くうつむき、なにか思いつめたような瞳で、テーブルを見つめている。
「ど、どうしました? 俺の話、不愉快でしたか?」
うろたえながら尋ねると、先輩は「ううん、そんなことない」とかぶりを振って、顔を上げた。
そこに浮かぶ表情は、決して不快感じゃない。どこか真摯で、なにかを決意したような顔つきで、俺へと真っ直ぐに視線を向けてくる。
俺の心臓はドキリと跳ねて、先輩から目が離せなくなった。先輩は、ゆっくりと口を開く。
「あのね……わたしの家も、両親共働きなの。平日は二人とも夜遅いし、休日はほとんど外食か宅配」
「そう、だったんですね……」
これでいろいろと合点がいった。先輩がいつもコンビニで昼食を買っていることも、俺の作る庶民的な弁当に強い興味を示すことも。
あと、『大勢でワイワイ食べるのが苦手』って言ってたけれど、それももしかすると、孤食に慣れてしまったからかな、なんて思った。
先輩は、小さく息を吐いて、俺からわずかに視線を逸らす。
「……でもわたし、ゴウくんみたいに、自分で作ろうなんて思ったことなかった。ママやパパを助けたいなんて思ったこと、まったくなかった」
「いやでもそれは」
「わたし、自分が恥ずかしくなっちゃった」
「そんな……」
うつむく先輩に、俺は言葉を失った。
俺が気持ちよく自分語りをしたことで、先輩に自責の念を抱かせてしまった。後悔と恥ずかしさに、身体が震える。
「部屋でゴロゴロしてたら、親父がすごく深刻な顔をして入って来たんです。『豪、ちょっと話があるから、下に来なさい』って」
「うん、それで?」
「リビングに行ったら、母ちゃんが暗~い顔で座ってるんです。俺は真っ先に思いましたね、『あ、離婚だコレ』って」
「あ……」
先輩の表情から笑顔が消え、沈痛な面持ちになってしまった。だから俺は、慌てて「違うんです」と首を横に振る。
「結局、両親が俺にしたかったのは、『母ちゃんが正社員に復帰したがってる』ってコトでした」
「そっか~、びっくりしちゃった」
先輩は胸に手を当てて、ほっと息をつく。
「すみません……。でも俺も、当時は本当にビビりましたよ」
「あはは、そうだよね。でも、ゴウくんのご両親にとっては、深刻な問題だったんでしょう?」
「そうですね。俺に対して、いろいろな面で負担をかけてしまうかもしれないから、って、罪悪感たっぷりで謝ってくるんです。もう居たたまれないったらありゃしなくて」
当時のことを思い出すと、未だに複雑な気持ちになる。親が子供に頭を下げる場面なんて、見たくなかった。
同時に、それだけ俺のことを気にかけてくれているんだってわかって、嬉し恥ずかしだ。
「俺にとっては、母ちゃんが夜遅く帰ってくるくらい、なんてことなかったんですけどね。むしろ、気楽でいいなって思いましたよ」
「男の子はたくましいね」
先輩が柔らかく微笑み、俺は照れ隠しに水を飲む。レモンの風味がして、すごくさっぱりする。
「で、俺は『掃除くらいやるし、飯くらい自分で作るよー』って言ったんです。『ちょうど夏休みだし、ばあちゃんちに行って本格的に習ってくるわー』って」
もう一口水を飲みながら、先輩からの相槌がないことに気付く。視線を向けて表情を窺うと、先輩はどこか呆然とした様子で、ゆっくりとまばたきを繰り返していた。
「先輩?」
「えっと、ゴウくんのご両親は、『ゴウくんに家事をしろ』って言ったわけじゃないんだよね? ゴウくんから、『自分がやる』って切り出した、ってこと……だよね?」
「そうですね。親は、家事代行サービスかなにかを頼むつもりだったみたいです」
先輩との会話が続いたことに安心すると同時に、順を追って話していたら、当時のことをどんどん思い出してきた。つい、苦笑が口元に浮かぶ。
「まぁ、俺もちょっと勢いで言っちゃった感はありますね。ちょっとムカついたんです。職場に復帰したいからって、なんで母ちゃんが俺に謝らなきゃならないんだろう、って。
好きなことをして、好きなように金を稼いでくればいい。そのぶん、子供の俺がサポートすればいいだろう、って」
「そうなんだ……」
「そうなんです。それでなんだかんだ、朝食も夕食も、弁当も作るようになりました」
つらつらと話したあと、小皿に残ったサラダをフォークで刺して、口に放り込む。玉ねぎの苦味が舌をピリつかせたから、慌てて飲み込んだ。
それからふと先輩を見遣ると、手を止めたままだった。軽くうつむき、なにか思いつめたような瞳で、テーブルを見つめている。
「ど、どうしました? 俺の話、不愉快でしたか?」
うろたえながら尋ねると、先輩は「ううん、そんなことない」とかぶりを振って、顔を上げた。
そこに浮かぶ表情は、決して不快感じゃない。どこか真摯で、なにかを決意したような顔つきで、俺へと真っ直ぐに視線を向けてくる。
俺の心臓はドキリと跳ねて、先輩から目が離せなくなった。先輩は、ゆっくりと口を開く。
「あのね……わたしの家も、両親共働きなの。平日は二人とも夜遅いし、休日はほとんど外食か宅配」
「そう、だったんですね……」
これでいろいろと合点がいった。先輩がいつもコンビニで昼食を買っていることも、俺の作る庶民的な弁当に強い興味を示すことも。
あと、『大勢でワイワイ食べるのが苦手』って言ってたけれど、それももしかすると、孤食に慣れてしまったからかな、なんて思った。
先輩は、小さく息を吐いて、俺からわずかに視線を逸らす。
「……でもわたし、ゴウくんみたいに、自分で作ろうなんて思ったことなかった。ママやパパを助けたいなんて思ったこと、まったくなかった」
「いやでもそれは」
「わたし、自分が恥ずかしくなっちゃった」
「そんな……」
うつむく先輩に、俺は言葉を失った。
俺が気持ちよく自分語りをしたことで、先輩に自責の念を抱かせてしまった。後悔と恥ずかしさに、身体が震える。
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