美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

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第四章 知る七月、八月

64.打ち上げ花火、先輩と見るか、友人と見るか その5

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 野郎どもの待っている場所へ戻ると、鞘野さやの先輩を中心になにやら盛り上がっていた。

 陰キャ男子に囲まれる、小柄な美少女……。
 ああ、『オタサーの姫』というのは、たぶんあんな感じなんだろうな。

「みんな、お待たせ」

 先輩が声をかけると、全員がニヤニヤしながらこちらを振り向いた。予測はできていたが、どうせ先輩と俺のことを話題にしていたんだろう。
 俺はむすっとしながら、瑛士えいじにベビーカステラの大袋を手渡す。

「先輩にお礼言っとけよ!」
「あざっした~!!」

 野郎どもが口を揃えて、妙に明るい声で礼を言う。
 さっきまでどいつもこいつもおどおどしていたくせに、この短期間で鞘野先輩から女子耐性を獲得したらしい。ニヤけたつらをしながら、我先にと紙袋に手を突っ込んで、ベビーカステラをさらっていく。それを口に含んで、さらに表情を緩ませた。

 傍目から見ているとたいそうキモい光景だけれど、奴らの気持ちも理解できる。美女が買ってくれたというだけで、なんの変哲もない屋台の食い物も、ウマさ五割増しになるもんだ。

「みんな、ゴウくんとは付き合い長いの?」

 先輩の問いに、それぞれが「中学からで~す」とか「俺は小学校で~す」とか答える。

「そっかぁ、ワイワイ楽しそうでいいね」

 ふふっと先輩が笑うと、野郎どもは一斉に目を泳がせた。付け焼き刃の女子耐性ごときでは、先輩の破壊力抜群の笑顔に耐え切れなかったらしい。

 そのとき、連続して炸裂音が響いたため、みんなで夜空を見上げる。色とりどりの光の大玉が、雲一つない夏の夜空を彩っていた。
 得も言われぬほど美しい光景に、自然と感嘆の声が漏れる。

 来年は、先輩と二人きりで見れるだろうか……。友人たちには悪いけれど、ついそんなふうに考えてしまう。
 想像だけならいくらでもできるけれど、それが現実のものになるとは到底思えなかった。
 大学生になって交友関係が広がり、さらに美しさを増した先輩が、今となにも変わらない俺を相手にしてくれるのだろうか。胸がずきりと痛む。

「あきら、そろそろ行こっか。アンナたち、場所を確保してくれたみたい」

 鞘野先輩が、スマホを確認しながらそう言った。ああ、俺の幸福な時間もここまでか。

「じゃあ先輩、また水曜日に」

 男らしくいさぎよく、俺から別れを告げる。

「うん、またね」

 小さく手を振ってから、先輩は俺に背を向けた。
 ……と思いきや、不意にくるりと振り返る。

 なにか忘れ物だろうかと目をぱちくりさせる俺に向けて、先輩は形のいいくちびるをきゅっとつり上げてみせた。

「足が痛くなったら、ホントに呼んじゃうからね。おんぶ、お願いね」
「!! え、え、え、遠慮なくどうぞ!」

 呆気に取られながらも勢いよく返事をすると、先輩はくすっと笑ってから去っていく。俺を翻弄して楽しんでいるような、小悪魔的な笑みだった。

 先輩の姿が暗闇に消えてしまうまで、目で追っていた。
 いや、その姿が見えなくなっても、視線を動かすことができない。頭の中がポヤポヤして、まるで媚薬でも盛られたみたいだ……。

「ゴ・ウ・くぅ~~~ん」 

 背後から気色の悪い声が響き、俺は否応なしに現実へと引き戻された。逃げる間もなく友人たちに取り囲まれ、頭や肩をはたかれて、すねを蹴られる。
 うう、予想通り、私刑が始まった……。ここは甘んじてされるがままになるべきだろうか。

 しかし俺への暴行はすぐにやんだ。ホッとしたのも束の間、今度は恐ろしい精神攻撃が始まる。

「で、ゴウくぅ~んはいつ告白するのかね」
「真夏のアバンチュールってか? 夏休みが終わる頃には一皮も二皮も剥けちゃってんのかぁ?」
「あれは『びじんきょく』ってヤツだろ、なぁ」
「ぼくもおんぶしてぇ~ん」
「料理のできる男はモテますねぇ」
「よせよ、お前ら!」

 最後に鋭い声をあげたのは、一番付き合いの長い瑛士だった。眉間にシワを寄せて、俺をからかう友人たちをにらみ据えている。

「からかうな。豪は真剣に恋をしてるんだよ」
「瑛士……」

 さすが、一番付き合いの長い友なだけある。俺は感動で胸を熱くし、他のみんなはばつが悪そうにうつむいた。

「それに、よく考えてみろよ」

 と、瑛士は空っぽになった紙袋をぐしゃりと潰す。

「豪があの美人と付き合ったあかつきには、俺たちにも女子を紹介してもらえるかもしれない! だから豪のことを、精一杯応援しようぜ!」

 途端、友人共が雄叫びに近い歓声を上げる。うへぇ、マジかよ……。

「で、いつ告白するんだ? やっぱ、この夏休みの間に?」

 及川の問いに、全員が期待に満ち満ちた目を向けてきた。どいつもこいつも、幼児のように汚れのないまなこをしていやがる。内心は下心でいっぱいのくせに!

「いちおう、告白する時期は決めてる……。九月の末か十月の頭くらい……かなぁ」

 俺は頬を掻きながら、正直に答えた。ベストタイミングはやはり、先輩から『生徒会長』の肩書きがなくなる頃だろう。
 成功率はたかが知れているけれど、言わずに後悔するくらいなら、言って後悔した方がずっといい。

「なんで九月なんだよー」
「意味わかんねー」
「うるせぇな、こっちにも事情があるんだよ!」

 ぶー垂れる奴らを一喝すると、及川がポンと手を打った。

「ああ、思い出した! あの美人、うちの学校の生徒会長だろ!」
「あー、そうだそうだ、生徒会長だ!」

 瑛士もあとに続き、納得したようにふむふむとうなずく。

「そういうことか。会長の任期が終わる頃に、ってワケね。ま、いろいろ大変そうだし、タイミングとしてはちょうどいいのかもな」

 と、妙に訳知り顔で言ったあと、他の奴らへと向き直る。

「それがさー、うちの学校の生徒会ヤバくてさぁ。今年の九月で廃会になるんだぜ?」
「……え?」

 今、瑛士はなんて言った? 聞き間違いかな。
 呆然とする俺をよそに、友人たちは会話を続ける。

「生徒会が廃会、ってなんだよ。そんなことあり得るの?」
「去年の役員が問題を起こしたんだってよ。それで、今年の九月いっぱいでお取り潰しって、全校投票で決まったんだって」
「マジか、やべぇな。生徒会をなくして、どうすんの?」
「十月からは、風紀委員を中心にした『委員会総会』が生徒代表組織として活動すんだってさ」
「あー、なるほどね。不祥事を起こした組織は解体して、新しいのを立ち上げるわけだ。オトナの社会ではよくある話だよな」
「じゃあ豪のカノジョは、『最後の生徒会長』ってわけなんだな」

 ……『最後の生徒会長』。その言葉がやたらと耳に残った。

「もしかして豪、生徒会の後始末の手伝いとかしてるのか? あんな美人と一緒とはいえ、大変だなぁ」
「!!」

 及川ののんきなねぎらいが、俺の心をカッと沸き立たせる。

 なにが『大変だなぁ』だよ!
 先輩は、俺を生徒会に関わらせてくれない。大丈夫大丈夫と、いつも流されて。
 それどころか、お取り潰しだとか、最後の生徒会長だとか、そんなことさえも話してくれてないぞ!

 あと一歩のところで、及川に怒鳴り散らしてしまうところだった。理性を総動員して激情を抑え込み、極力冷静に瑛士へと尋ねた。

「すまん、俺、生徒会が廃会うんぬんは知らねーや。いつどこで聞いたんだ?」
「入学初日に、担任から。生徒会はなくなるから、そういう活動がしたい人は委員会に入ってね、って」

 言葉を失う俺に、瑛士ははっと目を見開く。

「あ、お前、休んでたんだっけな。でも、今の今まで知らなかったのか」
「……そうだよ」

 俺の声は、相当絶望感にまみれていたんだろう。友人たちが一斉に同情の眼差しを向けてきたから。

 そうだ、俺は入学早々風邪をひいて、数日間学校を休んだ。
 そんな俺への諸々の説明は、学級委員長のワタベに一任された。でもワタベは、学校生活に関する必要最低限のことしか教えてくれなかった。

 それはワタベのせいじゃない。俺がさっさと奴から離れていったから、説明の機会が失われてしまったんだ。
 もし奴と付き合いを続けていれば、いずれ知る機会があったかもしれない。

「……あー、すまん。大丈夫だ。今度、先輩に直接聞いてみるから」

 俺は無理に笑顔を作った。
 せっかくの花火大会、せっかく集まった友人たち。雰囲気を悪くするわけにはいかない。

「かき氷でも食おうぜ」

 露店の方へ誘導すると、みんなぞろぞろとついて来てくれた。でも『お通夜みたいな空気』っていうのはこういうのをいうんだろうな。

 ブルーハワイの青いシロップが瑛士のTシャツにくっきりと染みを作るまで、俺たちの雰囲気は暗いままだった。 
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