美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

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第四章 知る七月、八月

67.生徒会動乱篇 その1

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 八月に入ってすぐ、俺は先輩に学校へと呼び出された。朝からどんより曇っていて湿っぽく、シャツが肌にべっとりと貼りつく嫌な日だった。
 夏休みの学校には予想以上に人がいるらしく、グラウンドも校舎もワイワイと騒がしい。

 指定された場所は、第一資料室もとい生徒会室ではなく、本校舎二階にある『総会室』──つまり、生徒会の後任組織の活動拠点だった。

 こんな部屋があること、俺は今までまったく知らなかった。
 三年生の教室が居並ぶ二階になんて足を踏み入れようとは思わないし、そもそも委員会に所属していない俺には絶対に無縁の場所だから。

 総会室のドアの前に立ち、恐る恐るノックする。奥から聞こえた「どうぞ」という低い声は、間違いなく安元先輩のものだった。

 困惑しながらドアを開けた途端、心地よい冷風がふわりと俺の身体にまとわりついた。
 もっともっとこの風を浴びたくて、俺はささっと室内へ足を踏み入れ、ぴしゃっとドアを閉めた。
 夏の盛り、エアコンによっていい感じに冷やされた部屋の誘惑に抗えるはずがない。ああ、蒸れて汗まみれになった全身が浄化されていく……。

 涼しさを堪能してから改めて室内を見渡してみると、生徒会室との落差に強烈な哀愁を覚えた。
 真新しい白いデスクに、キャスター付きのチェア。ホワイトボードにデスクトップパソコン。ファイルの詰められた棚も明らかに新品。電気ポットまであるぞ。

 教室というよりも、『オフィス』という印象を受けた。広さでは明らかに生徒会室が勝っているけれど、居心地の良さでは比べ物にならない。

「あの、俺、ともえ先輩に呼ばれて来たんですけど……」

 パソコンをいじっている安元先輩に尋ねると、こちらに視線を向けさえもせず、

「すぐに戻るだろう」

 と、無愛想極まりない態度で返事をくれた。
 相変わらずだなーと不快な気分になりつつ、安元先輩から一番距離のあるチェアに腰を下ろす。手持ち無沙汰ぶさたになった俺は、意味もなく座面を回転させてみたりした。

 くるくると三回転ほどしたとき、がらりと扉が開いて、巴先輩と鞘野さやの先輩が姿を現した。
 先輩の手には計四つのパックジュース。校内の自販機で販売しているものだ。
 まさか、ジュースを飲みながら四人で歓談でもするつもりなのだろうか?
 それとも、このあと先輩と俺だけ生徒会室に移動するのか?

「ゴウくん、学校まで呼び出しちゃって、ごめんね」

 と、先輩はパックジュースを机の上に並べる。紙容器にはたっぷりと水滴が付着していて、白いデスクがあっという間に水浸しになった。

「好きなの選んで」
「俺は余り物でいいですよ」

 三人の上級生を前にして、一年生したっぱの俺が真っ先に選ぶわけにはいかない。

「あたしオレンジジュース!」

 鞘野先輩に続いて、いつの間にかこちらへ来ていた安元先輩がいちごオレのパックを無言でさらっていった。このメガネ、見かけによらず甘党かよ。

「ゴウくんは?」

 そう尋ねる先輩の表情は包容力に満ちあふれていて、『わたしは残り物でいいから』という寛大さが伝わってきた。
 だから俺は遠慮することなく、リンゴジュースを選択することができた。コーヒー牛乳という気分ではなかったから、大変ありがたい。

「じゃあ、いただきます」

 ストローを刺す前に、先輩に向かってぺこりと頭を下げると、

由之助ゆのすけくんのおごりだから」

 と言われてしまった。ああ、そうですか……。

「安元先輩、あざーっす」

 ぶっきらぼうに礼を言うと、どうでもよさそうに「ん」とだけ返された。すごい勢いでいちごオレを飲み込んでいるらしく、すでにパックがベコベコにへこんでいる。肺活量をひけらかされたようでムカついた。

「じゃ、役者もそろったことだし、話を始めましょうか」

 鞘野先輩がどっかりチェアに腰を下ろして、仕切り始めた。
 やっぱり四人で話をすることになるみたいだけど、なんでだろう?

 思い切り眉根を寄せる俺に、鞘野先輩が諭すような口調で言う。

「去年の生徒会でなにがあったか、余すところなく知りたいんでしょ? あきらの口からじゃ、ソフトな話しか聞けないわよ。
 その点あたしは、どんなクソみたいな話でもちゃんと語ってあげるから。当時あたしが感じた、とびっきりの嫌悪感と一緒にね」
「わ、わかりました……」

 言葉の端々からにじみ出る剣吞けんのんな空気に、俺は一気に緊張した。
 もしかすると、想像以上に物騒な話が待ち受けているのかもしれない。

「ちなみに、安元先輩がいるのはどうしてですか?」
「あたしの認識が間違ってないか、話をしながら当事者に確認してもらうためよ」
「そうですか……」

 ちらりと安元先輩を窺うと、うつむいていちごオレのパックをもてあそんでいた。眉間には深いシワが刻まれていて、スクエア眼鏡の奥にある目は恐ろしく暗かった。
 これは、榎木田えのきだのことを語ったときの巴先輩とまったく同じ面持ちだ。

 巴先輩はコーヒー牛乳にいっさい口を付けぬまま、ひどく申し訳なさそうに鞘野先輩を見ていた。

「ごめんね、みっちゃん。わたし、まだ……」
「いいのよ。こういう下世話な話をするのは、あんたには辛いでしょ。ましてや、かわいい後輩くん相手にね」

 鞘野先輩が俺に向き直る。

「それじゃ改めて。世にも胸糞悪い、春山北高校生徒会の黒歴史を教えてあげる」
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