アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅷ 消えた記憶

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朝食を四人で楽しく食べた。絵にかいたような幸せな食卓だとリンは感じた。でも、心が痛む気がした。よく分からない感覚に不安を感じる。

 リンは部屋に戻る前にマリーに声をかけた。お菓子パーティーをするなら準備を手伝ってもらわないといけないから。
「ねぇ、マリー。後でお菓子パーティーやりたいんだ。ほら、二十歳の誕生会でアルコールダメって言われてセレスとテーブルいっぱいのお菓子パーティーしたじゃないか。あれあれ」

「まぁ、それは楽しいですね。懐かしゅうございます。あの頃は伯爵家が花の咲いたように明るい日々でした。リン様は伯爵家の灯りのようでしたわ。リン様の婚約が決まってからは空気が重くなり……。いえ、申し訳ありません。何でもありません。お菓子ですわね。かしこまりました。伯爵様にもお声掛けしておきます。よろしければリン様もお菓子の調達に街に行かれてはいかがですか?」

マリーが涙を目にためて話す。リンは自分が幸せではなかったのか、と首をかしげる。何かが引っかかる。

「お菓子を街に買いに行ってみようかな。ね、マリー、僕は幸せな婚約生活、だったんでしょ?」
「もちろんでございます!! リン様は、いつでもお幸せでいらっしゃったはずです! 皆でそう願っておりましたから!」
必死に答えるマリーにそれ以上聞くことが出来なかった。

「リン、聞いていたよ。お菓子買いに行く? 一緒に行っていい?」
部屋に戻る途中でセレスに声をかけられる。
「セレス。いや、一人で行くよ。セレスは恋人のドーラ殿下と過ごしたいだろ?」

「うん。だから、皆で行かない?」
「僕は伯爵家の者だからおもてなしする側なんだよ。だからセレスは休んでいてよ」

「そんなこと気にしているのかよ。リンは今、ザザ国からの賓客側だよ。もてなす側じゃないって」
「は? 僕はカロール殿下の婚約者なんだろ? なんでザザ国側なんだよ?」

「え? そ、れは……。そうだ。じゃ、僕も一緒にもてなす側にいようかな。ほら、ドーラ殿下にお菓子を買ってきてあげたいし。この国のお菓子のお勧めを教えてあげたい。だからリンと一緒にいくよ」
セレスの言葉にところどころ疑問を感じる。明らかに動揺しているセレスの態度も変だ。

「リン、街のお菓子屋に行くなら『ララ』行こうよ。あの焼き菓子は最高!」
「あ、うん。そこは外せない。セレスの一押しだしね。あとは、中心街の生フルーツのタルト店と、キャンディは外せないかな。クッキーとチョコ系はうちのシェフが作ってくれるかな」
リンは首をかしげながらも、流れる話題についていく。

「あ、そう言えば殿下たちは王都に向かう途中だよね。何日うちにいるのかな。経由していくってことだろ?」
「僕とリンは全日程を同行する予定だよ。ニッゼン家領地からザザ国一行が入国して、ニッゼン家に一泊した。ジャルル家には二泊予定だったけど、少し長引いているかな」

「僕はカロール殿下の婚約者として同行だよね。セレスはドーラ殿下の恋人として同行するの? 会って数日で恋人って凄いな」
「実は前にリンに話した、初めて会った忘れられないアルファがドーラ殿下だよ。運命の相手ってやつ。どうしてもあの匂いが忘れられなくてさ。ドーラ殿下は、ちょっとズレているところもあるけれど尊敬するところが多い人かな。こう、僕の意識が全部吸い寄せられちゃうような魅力がある」

えへへ、と照れるセレスが可愛くて「惚気だぁ。このこの~~」とからかって笑った。セレスと笑い合えばリンの不安が吹き飛んだ。

「じゃ、行ってきます!」
「リン、気をつけて、な。街では買いたいだけ買って良いから。俺の侍従を付かせた。会計は全てその者が払う。好きに過ごしておいで」
伯爵家の馬車を用意してくれて、出発前に兄が優しく声を掛けてきた。

「何? 兄さん気持ち悪い。いつも説教ばっかりのくせに。『いいか、リン。貴族オメガと言うのはだなぁ』ってさ。好き放題買うな、伯爵家だからと甘えるなって煩いのにさ」
少しからかい気味に言ったのに、思いのほか傷ついた顔をして下を向く兄。

「そうだよな。ごめん。いつも偉そうにしておいて、少しも助けてあげられずに、リンに負担ばかり掛けて、ゴメン」
苦しそうな言葉の意味が分からない。すぐに顔を上げて笑顔を見せる兄。

「何でも無いよ。たまには良いじゃないか。大事な弟に兄としてカッコつけたいんだ。派手な買い物でもしておいで」
リンに甘い兄さんなんて気持ち悪いけれど、奢ってもらえるのならラッキーだと考え、気持ちを切り替える。

「わかった。兄さんのお金を使い切ってくる!」
「おいおいおい。さすがにそれは勘弁してくれ。セレス、俺が破産しないように頼む」
「あはは。かしこまりました。リンを見守っておきます。では行って参ります」

「ジャルル伯爵家ライ卿、心遣い感謝する」
「俺からも」
一緒に行く、と譲らなかったカロール殿下とドーラ殿下が兄に声を掛ける。
「もったいないお言葉です。道中お気をつけて」
兄が丁寧に挨拶をして護衛をつけた馬車が街へ出発した。


「あぁ、楽しみだね。愛しいセレスのお菓子の好みを知っちゃうわけだ。ザザ国に来ても毎日食べられるように用意するからね。なぁ、カロール。セレスを嫁にくれ」
ドーラ殿下が目をハートにしそうな勢いでセレスの手を握っている。セレスはクスクス笑っている。

「ドーラ、俺はセレスの親じゃない。ニッゼン子爵に言えよ」
「分かった。俺はニッゼン家に戻る。セレスと戻って、そのままザザに帰る。挙式だ!」

「ドーラ、今回の訪問は友好訪問。お前はアローラの国賓だろうが」
暴走するドーラ殿下を慣れた調子でなだめるカロール殿下。

「そうだよ。セレスに会うついでに国の行事をこなすんだ。俺の全てはセレスで回っている」
「ドーラがバカ正直で羨ましいよ」
カロール殿下の言葉に『ははは』と苦笑いのセレス。リンはドーラ殿下が想像以上に面白いキャラで驚いた。

「リン、大丈夫? 馬車酔いしていない?」
急にカロール殿下に聞かれる。
「え? 馬車酔いはしないほうです。大丈夫です」
「そうなのか。ザザ国からリンが来た時には馬車酔いしていてね。心配になった」
カロール殿下の言葉がまたリンの心に引っかかる。

「僕はザザ国から来たのですか? 僕はアローラ国に居たのではないのですか?」
単純な質問をしたつもりだった。それなのに馬車内が凍り付いたように沈黙。

「……リンがザザ国から来たのではない。ザザ国のドーラ殿下を迎えに行った時の話だ。王都からは距離があったからね」
「あ、そういう事ですか」

カロール殿下の言葉に納得した風にリンは返事をした。

けれど、何かおかしいと感じる。カロール殿下の表情は取り繕ったような微笑みだ。ドーラ殿下は『知らないぞ』とでも言いたそうな表情で外を見ている。セレスは明らかに動揺している。

先ほどまでの一体感がない。きっと皆でリンに何か隠している。それは分かった。でもそれを問い詰めてはいけない。そんな気がした。リンは心が沈み込むような感覚がした。寂しい様な孤独の様な、凍える様な感覚だ。

この気持ちに触れてはいけない、そんな気がして左手首のブレスレットを触る。すると隣に座るカロール殿下がリンの手を優しく包み込む。カロール殿下は慈悲に満ちた顔をする。この優しさは嘘ではないと思いたい。

たった一年でも記憶がない事をリンは怖いと感じた。


 お菓子パーティーは大変盛り上がった。買い出しで山ほどのお菓子を買った。食べきれないと大笑いし、護衛兵にも配ろうと決めた。

ジャルル家のシェフが思った以上に張り切って大量のお菓子を作ってくれた。マリー達侍女が部屋を生花と布リボンで飾り、綺麗なセッティングをしてくれた。父上と兄が「リン、たくさん食べて」「リンが楽しめるなら毎日でもパーティーをしていい」と言ってくれた。

皆がリンを喜ばせようと張り切ってくれるのが嬉しかった。だけど何故リンにそれほど気を遣うのか疑問と不安が付きまとった。

 突発的な短いリンの発情期だったけれど、カロール殿下と過ごしたことで部屋割りがカロール殿下とリン、セレスとドーラ殿下に分かれた。今更オメガ同士とアルファ同士に戻しましょうとも言えずこのままとなった。

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