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じゅん

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三章 絡新婦(じょろうぐも)の恋

三章 4

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   * * *

 話し終わった絡新婦の持っているグラスがカランと音を立てた。
「人間とあやかしの恋愛か……」
 毬瑠子は呟いた。人とあやかしが共存しているのなら、そんな関係になることは少なくないのかもしれない。
 青藍は糸織の話の途中でクロを連れて席を立ち、住居である二階に行ったまま戻ってこない。真剣な相談事を、部外者は聞かないほうがいいと考えたのかもしれない。
「俺の得意分野がきたな。ワンナイトを含めて恋愛歴ならそこらのあやかしには負けねえぞ」
 蘇芳は胸を張りながら長い足を組み替えた。
「自慢になっていません。本位でない行動はつまらないだけですよ」
 マルセルは蘇芳に同情的な視線を向けている。
「ふん、誰のせいだよ」
 グラスを煽った蘇芳はマルセルを一瞥すると、また陽気な表情に戻って糸織に顔を向けた。
「人の傍にいたいなら化かし続けていればいい。黙ってりゃわかりゃあしない。その男だってそのほうが幸せなはずだ。好きな女とずっと一緒にいられるんだからな」
「人型になるときは、私はこの姿にしか化けられない。老けていかないのは不自然よ。いずれ気づかれてしまうわ」
 それが糸織の一番の心配事なのだろう。
「そりゃ何年も先だろ。そうなったら別れ時ってことだな、元々あやかしと人では寿命がまったく違うんだ、そのときが寿命だと考えればいい。まあ先のことなんて心配しなくても、恋愛なんてそう長くは続かない」
「そんなことはない。私が人であれば、優之介と一生添い遂げているはずよ」
 糸織はむっとする。
「蘇芳の言うことは極端だとしても、難しい問題ではありますね」
 マルセルは慎重に発言する。
「そもそも人間とあやかしが結ばれるケースって、どれくらいあるんですか?」
 毬瑠子が隣りにいるバーテンダーを見上げた。
「異類婚は大抵うまくいきません。『雪女』、『蛇婿』、『清姫』」
 マルセルの答えに、「雪女の話は知っています」と毬瑠子が続けた。
「雪女は人に化けて人間の男性と結婚して、子供も授かって幸せに暮らす。だけど以前に雪女として男性と会っていて、会ったことは口止めをしていたにもかかわらず、雪女のことを妻となっていた本人に男性がしゃべってしまったから、雪女は人の姿でいることができなくなって男性の前から姿を消した。……というお話ですよね」
 マルセルはうなずいた。
「蛇婿も異類婚姻譚の代表格です」
 毎晩娘の部屋に通う男がいた。結婚前に娘が男の身元を調べてみたら、なんと男は人に姿を変えた蛇だと判明した。娘は慌てて策を講じ、最終的には蛇男は死に至る。娘は蛇男の子を孕んでいたが、腹の子を消すことにも成功する。
 清姫の物語は、一度は両想いになった男に振られた清姫が、蛇身となって男を焼き殺すというもの。清姫は元々人ではなく白蛇の精だったため、それを知った男が逃げ出したという説もある。
「本当だ、上手くいかないものなんですね……」
 毬瑠子も考えてみたが、あやかしと人が結ばれるような話が思い浮かばない。『羽衣伝説』も『竹取物語』も、女性が元の世界に帰ってしまう。
「成功例はないんですか?」
 糸織が尋ねた。
「『一寸法師』や『鮒女房』あたりでしょうか」
 マルセルが返事をする。
「一寸法師は有名ですよね。でもあれって、異類婚姻譚なんですか?」
 毬瑠子に視線を落としてマルセルはうなずいた。
「小指ほどの大きさしかない一寸法師が打ち出の小槌で大きくなり、姫と結ばれます。江戸時代に刊行された『狂歌百物語』では、一寸法師はあやかしとして扱われているんです」
 鮒女房は、『鶴の恩返し』というタイトルでも知られる『鶴女房』と内容はほとんど変わらない。人の姿で男の妻となった鮒は、湯浴み姿を見ないよう夫に頼む。しかし夫が約束を破ったため、妻は鮒に戻って琵琶湖に消えた。
 しかし、ここからが鶴女房と違う。夫はすぐに琵琶湖に飛び込んで妻を追いかけ、追ううちに自身も鮒となった夫は、湖の中で夫婦幸せに暮らす。
「どっちも現実的ではないですね」
 毬瑠子は困ったように眉を下げた。どちらも糸織の恋愛の参考にはならなそうだ。
「あやかしの物語は実話をベースにしていることもありますが、創作が大いに含まれてしまいますからね」
 毬瑠子は「自分の体験談を話せばいいのに」と内心で思ったが、口には出さなかった。デリケートな部分だろう。
「大いに参考になっているだろ。どれも正体がばれたから別れることになったんだ。要領が悪い。付き合い続けたきゃ秘密は隠し通せってことだ」
 蘇芳はマルセルに意地の悪い視線を向けた。
「なあマルセル、おまえも正体がバレたから振られたんだもんな。隠していれば運命も変わって、今頃親子三人で暮らしていたかもしれねえのに」
 毬瑠子があえて触れなかった話題に蘇芳は切り込んだ。ハラハラとしながらマルセルを見上げると、きつく唇を引き締めてつらそうに眉をひそめていた。
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