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終章 最高の出会い
終章 3 【完結】
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「母に父のことを尋ねると、素敵な人で、今でも大好きだと言っていたんです。すごく愛おしそうに。母はマルセルさんのことが好きだったんだと思います」
マルセルは動揺している。
「関わらないでほしいと彼女に頼まれたんですよ」
「はい。もう母には確認できないので想像になりますが、それは祖父母の意思だったんだと思います」
祖父母はあやかしを毛嫌いしていた。
毬瑠子の家系は霊感が強いようだ。だから理子はあやかしバーを見つけ、マルセルと出会った。
祖父母もあやかしと関わったことがあり、そして嫌な思いをして、あやかし嫌いになったのだろう。
毬瑠子をお腹に宿した理子は両親に事情を話した際、別れるように説得されたに違いない。それがお腹の子供のためになるとも言われたのかもしれない。
「理子は、わたしに愛想を尽かしたわけではなかったと……」
マルセルは額を押さえて、苦悶の表情を浮かべる。それならば打つ手があったはずだと、また別の後悔をしているのかもしれない。
「私は自分の名前が好きではありませんでした。呼びづらいし、漢字の画数は多いし。母に名前の由来を聞いたら、絆だって言っていました。その時は意味が分かりませんでしたが、今ならわかります。マルセルさんも、わかりますよね」
マルセルは毬瑠子を見たまま動きをとめた。毬瑠子の名前の意味を考えているようだ。
毬瑠子。マリルコ。
マルセルはハッとしたように目と口を開いていった。
「理子とわたしの名前ですか」
毬瑠子は頷いた。
マルセルの「マル」、理子の「リコ」を組み合わせて名付けられたのが、毬瑠子だ。
「嫌いな人の名前を子供に付けるはずがありません」
「理子……」
マルセルは顔を伏せる。赤い瞳が潤んで揺れた。
それから、ゆっくりと顔を上げて、愛おしそうに毬瑠子をみつめた。
「毬瑠子、抱きしめてもいいですか?」
それはマルセルに出会った初日に言われた言葉と全く同じだった。その時、毬瑠子は拒絶したが……。
毬瑠子ははにかみながら立ち上がると、微笑みを浮かべて軽く手を広げた。
「一度だけですよ」
マルセルも立ち上がって、繊細なガラス細工に触れるように毬瑠子にそっと手を回し、それから強く抱きしめた。大きく逞しい身体に、華奢な毬瑠子の身体がすっぽりと覆われる。
「これからは父親らしいことをたくさんさせてください」
「もう、してもらってますよ」
どう見ても兄のようなマルセルを「お父さん」と呼べる気はしなかったが、もうすっかり信頼していた。
「あっ、もうこんな時間に」
壁時計を見たマルセルは、名残惜しそうに毬瑠子の身体を離した。オープンの七時を回っている。
「毬瑠子、ライムが切れているんです。買ってきてもらえませんか」
承諾した毬瑠子は、渡されたお金を握って店を出た。オープン前に材料が足りないなんて、初めてのことだ。買い忘れたのだろうか。
近くのスーパーで買い物を済ませると、「BAR SANG」の厚いドアを開ける。怪力を抑えるためのレースの手袋をしているので、力を入れないと開かない。
「ただいまです」
カランと真鍮のドアベルが鳴ったと同時に、パパパパンと周囲から破裂音が鳴って身体をすくませる。
「毬瑠子、誕生日おめでとう!」
「えっ」
一瞬で毬瑠子はカラフルなテープに絡まれた。火薬のにおいが充満する。
ドアを囲むように、あやかしたちがクラッカーを手にしていた。マルセル、蘇芳、青藍、クロ、糸織に白銀、そのほか常連客のあやかしもいる。
いつもは照明が落とされた店内には煌々と明るく、いつの間にか花や風船が飾られていた。カウンターには料理が並べられて、椅子は片付けられている。すっかり立食パーティの準備ができていた。
「みんな……、ありがとう」
驚きと感動で毬瑠子の言葉が詰まった。
「おめでとう。オレが選んだんだ」
いつも涼やかな表情の青藍が、照れくさそうに毬瑠子に花束を手渡す。カトレア、ダリア、バラなどを中心に、ピンク色を基調とした可愛らしい花が揃っていた。
「ありがとう青藍」
胸がトクンと高鳴る。
「さ、主役は真ん中だ。年の数を覚えていられるうちに祝っておけ」
蘇芳にカウンターの真ん中に連れて行かれた。
「毬瑠子は今日、大人になったんだにゃ」
「成人な。毬瑠子は二十歳になったんだ。あやかしにはない概念だな」
食事をとりやすいようにとクロを抱きかかえた青藍が言う。
「すごい、美味しそう」
テーブルに並んだ料理を見ながら毬瑠子が感嘆すると、
「デリバリーもあるけど、私も結構作ってるのよ」
糸織がウインクした。あの日から更に美しさに磨きがかかっているように見える。
「あとで大きなケーキも出てくるよ」
白銀も笑顔で補足する。翔太と上手くいっていそうだ。
「さて、まずは乾杯をしましょうか。みなさん、なにを飲まれますか? 今日は特別に、蘇芳のリクエストにも応えますよ」
「普段からそうしてくれよ、店なんだから」
カウンターの中に入ったマルセルと蘇芳が、いつものやりとりをしている。
「まずは主役の毬瑠子からリクエストを聞きましょうか。誕生日カクテルのチョコレートギムレットにしますか?」
毬瑠子は首を横に振る。乾杯をするなら、飲み物はひとつだ。
「みんなでキールを飲みたいです」
マルセルは「承りました」というように微笑んだ。
――ある日突然、目が赤くなって牙がはえ、怪力になった。
吸血鬼の血が目覚め、悠久の時を得たと知り、頭が真っ白になった。
しかし今、この場所が毬瑠子にとって掛け替えのない場所になっている。
毬瑠子はあやかしとして生きる覚悟を決めた。それができる自信も得た。
全員がグラスを手にすると、毬瑠子は感謝を込めてグラスを掲げる。
「最高の出会いに、乾杯!」
了
マルセルは動揺している。
「関わらないでほしいと彼女に頼まれたんですよ」
「はい。もう母には確認できないので想像になりますが、それは祖父母の意思だったんだと思います」
祖父母はあやかしを毛嫌いしていた。
毬瑠子の家系は霊感が強いようだ。だから理子はあやかしバーを見つけ、マルセルと出会った。
祖父母もあやかしと関わったことがあり、そして嫌な思いをして、あやかし嫌いになったのだろう。
毬瑠子をお腹に宿した理子は両親に事情を話した際、別れるように説得されたに違いない。それがお腹の子供のためになるとも言われたのかもしれない。
「理子は、わたしに愛想を尽かしたわけではなかったと……」
マルセルは額を押さえて、苦悶の表情を浮かべる。それならば打つ手があったはずだと、また別の後悔をしているのかもしれない。
「私は自分の名前が好きではありませんでした。呼びづらいし、漢字の画数は多いし。母に名前の由来を聞いたら、絆だって言っていました。その時は意味が分かりませんでしたが、今ならわかります。マルセルさんも、わかりますよね」
マルセルは毬瑠子を見たまま動きをとめた。毬瑠子の名前の意味を考えているようだ。
毬瑠子。マリルコ。
マルセルはハッとしたように目と口を開いていった。
「理子とわたしの名前ですか」
毬瑠子は頷いた。
マルセルの「マル」、理子の「リコ」を組み合わせて名付けられたのが、毬瑠子だ。
「嫌いな人の名前を子供に付けるはずがありません」
「理子……」
マルセルは顔を伏せる。赤い瞳が潤んで揺れた。
それから、ゆっくりと顔を上げて、愛おしそうに毬瑠子をみつめた。
「毬瑠子、抱きしめてもいいですか?」
それはマルセルに出会った初日に言われた言葉と全く同じだった。その時、毬瑠子は拒絶したが……。
毬瑠子ははにかみながら立ち上がると、微笑みを浮かべて軽く手を広げた。
「一度だけですよ」
マルセルも立ち上がって、繊細なガラス細工に触れるように毬瑠子にそっと手を回し、それから強く抱きしめた。大きく逞しい身体に、華奢な毬瑠子の身体がすっぽりと覆われる。
「これからは父親らしいことをたくさんさせてください」
「もう、してもらってますよ」
どう見ても兄のようなマルセルを「お父さん」と呼べる気はしなかったが、もうすっかり信頼していた。
「あっ、もうこんな時間に」
壁時計を見たマルセルは、名残惜しそうに毬瑠子の身体を離した。オープンの七時を回っている。
「毬瑠子、ライムが切れているんです。買ってきてもらえませんか」
承諾した毬瑠子は、渡されたお金を握って店を出た。オープン前に材料が足りないなんて、初めてのことだ。買い忘れたのだろうか。
近くのスーパーで買い物を済ませると、「BAR SANG」の厚いドアを開ける。怪力を抑えるためのレースの手袋をしているので、力を入れないと開かない。
「ただいまです」
カランと真鍮のドアベルが鳴ったと同時に、パパパパンと周囲から破裂音が鳴って身体をすくませる。
「毬瑠子、誕生日おめでとう!」
「えっ」
一瞬で毬瑠子はカラフルなテープに絡まれた。火薬のにおいが充満する。
ドアを囲むように、あやかしたちがクラッカーを手にしていた。マルセル、蘇芳、青藍、クロ、糸織に白銀、そのほか常連客のあやかしもいる。
いつもは照明が落とされた店内には煌々と明るく、いつの間にか花や風船が飾られていた。カウンターには料理が並べられて、椅子は片付けられている。すっかり立食パーティの準備ができていた。
「みんな……、ありがとう」
驚きと感動で毬瑠子の言葉が詰まった。
「おめでとう。オレが選んだんだ」
いつも涼やかな表情の青藍が、照れくさそうに毬瑠子に花束を手渡す。カトレア、ダリア、バラなどを中心に、ピンク色を基調とした可愛らしい花が揃っていた。
「ありがとう青藍」
胸がトクンと高鳴る。
「さ、主役は真ん中だ。年の数を覚えていられるうちに祝っておけ」
蘇芳にカウンターの真ん中に連れて行かれた。
「毬瑠子は今日、大人になったんだにゃ」
「成人な。毬瑠子は二十歳になったんだ。あやかしにはない概念だな」
食事をとりやすいようにとクロを抱きかかえた青藍が言う。
「すごい、美味しそう」
テーブルに並んだ料理を見ながら毬瑠子が感嘆すると、
「デリバリーもあるけど、私も結構作ってるのよ」
糸織がウインクした。あの日から更に美しさに磨きがかかっているように見える。
「あとで大きなケーキも出てくるよ」
白銀も笑顔で補足する。翔太と上手くいっていそうだ。
「さて、まずは乾杯をしましょうか。みなさん、なにを飲まれますか? 今日は特別に、蘇芳のリクエストにも応えますよ」
「普段からそうしてくれよ、店なんだから」
カウンターの中に入ったマルセルと蘇芳が、いつものやりとりをしている。
「まずは主役の毬瑠子からリクエストを聞きましょうか。誕生日カクテルのチョコレートギムレットにしますか?」
毬瑠子は首を横に振る。乾杯をするなら、飲み物はひとつだ。
「みんなでキールを飲みたいです」
マルセルは「承りました」というように微笑んだ。
――ある日突然、目が赤くなって牙がはえ、怪力になった。
吸血鬼の血が目覚め、悠久の時を得たと知り、頭が真っ白になった。
しかし今、この場所が毬瑠子にとって掛け替えのない場所になっている。
毬瑠子はあやかしとして生きる覚悟を決めた。それができる自信も得た。
全員がグラスを手にすると、毬瑠子は感謝を込めてグラスを掲げる。
「最高の出会いに、乾杯!」
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