姫様、国を買う〜亡国の姫は己の拳で金を稼ぐ〜

アジカンナイト

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第三話 宿屋

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 カリーナと元メイドのアイは、一日の疲れを癒す為、宿屋に入る。
 
「姫様、服を着替えてから布団に入ってください」
アイは、旅慣れた手つきでテキパキと身支度を整えながら、カリーナに促す。
 
「もう、堅苦しいことはなしって言ったじゃない。ここはベルタ王国じゃないんだから」
 
 カリーナはアイの言葉を無視して、柔らかい布団の中にバフッと勢いよく飛び込んだ。湿気を含んだ木造りの部屋だが、布団だけは清潔で、一日の疲れを癒すには十分だった。
 
「あー、疲れたわ。今日出発する予定だったのに……」
 カリーナは布団の上に仰向けになり、指に挟んだ一枚のコインを手の甲の上でスライドさせる遊びを始めた。
 
「最近、ずっとそれやってますね」

 アイは寝巻きに着替えながら、横目でカリーナの様子を静かに見ていた。
 
「やってみる?」
 
カリーナはアイに向けて、軽やかにコインを投げ渡した。
 
「う、難しいですね、これ」
 
アイは受け取ったコインを、緊張した面持ちで指の間に挟もうとするが、すぐにポロポロと手のひらから落としてしまった。
 
「ふふふ、アイは下手ね。」
 
「初めてですから。でも姫様が、コインを転がすこの技が得意だってことは分かりましたよ」
 
アイは、失敗したコインをカリーナに投げ返した。
 
「アイツらに教えてもらったのよ。本当、くだらない」
 
 カリーナは投げ返されたコインを手に取ると、再び静かに手の甲の上でスライドさせて遊んだ。
 
 寝間着に着替え終わったアイが、カリーナの隣の布団にそっと潜り込む。
 
「楽しいですか? この仕事は」
 アイは静かに尋ねた。昼間、ブルーを殴り飛ばしたカリーナの怒りを知っているからこその、問いかけだと思う。
 
「急にどうしたのよ、愚問だわ。楽しいに決まっているじゃない。今日だって怒りはしたけど、いつものことよ、いつものこと」
 カリーナは顔をアイに向けず、天井を見上げたまま即答した。
 
「いつも笑顔ですものね」
 アイは、ふふッと安堵したように笑みをこぼした。
 
「そうね。大変だけど、楽しいことも多いわ」
 カリーナは体をググッと伸ばして、あくびをした。

「なんだかんだ、みんなに出会ってからもう二年も経ったのよね」
 
 国が滅び、アイと二人、肩を寄せ合ったあの日。冒険者になり、初めて汗水垂らして日銭を稼いだあの日。人語を話すオークを森で拾い、元騎士の盗賊と出会って、捕らえられていた龍人族を助けたあの日。
 その全ての日々があって、今のカリーナがいる。
 
「本当に変わりましたね、姫様も」
 アイがカリーナの顔を覗き込み、寂しさと誇らしさが混じったような、複雑な眼差しを向けた。
 その眼は、まるで昔のカリーナを惜しむようだった。
 
「今は姫じゃないわ。カリーナよ、ただのカリーナ」
 
「……クセです」
 アイはまだ呼び方が定まってないみたいだった。
 
「ふふふ、そうね。それはクセね」

「中々直せないものですね、困りました」

「無理に直さなくて良いわよ。それもアイだから」
 アイは照れくさそうに顔を伏せた。

「だけど、外では気をつけてね?」

「はい、もちろんです」

「それにしてもあれね。早く私たちの足が欲しいわね」

 ブレイブ、ブルー、サラマンダー、アイ、そしてカリーナの五人は「なんでも屋」として活動している。依頼のためなら世界の果てまでだって行く彼女達には、どうしても移動するための足が必要であった。

「『ドライブ』の噂を聞きつけて、この国に来ましたけど、無駄足でしたね」

「そんなこともないわ、この国での繋がりは出来たから」
 カリーナは一枚の紙をベッドの上に置く。

「トゥオブ商会……」
 アイは紙に書かれている文字を読む。

「あっ」
 カリーナは、まだアイが読んでいる途中だった紙をとりあげた。

「実はすでに、ここから依頼を受けている」
 カリーナはその紙を丸めると、カバンにしまった。

「明日、みんなに伝えるね」
 そう言うとカリーナは、蝋燭の灯りをふっと吹き消した。

「私、絶対にベルタ王国を再建させてみせるわ!その為にも今は、お金稼ぎを頑張るから」

「はい、一緒に頑張りましょう」

「おやすみ、アイ」
 
「おやすみなさい、カリーナ」

 ◆◇◆◇

 酒場の二階にある小さな宿屋の一室で、二人の男が言い争いをしていた。
 
「お前は賭けは外すし、お前のせいで借金取りには襲われるし、挙げ句の果てには酒場で大食いして金がねぇから代わりに払えだぁ?」
 ブルーがブレイブを捲し立てる。

「そういう日だってあるだろ?負の連鎖ってやつだ」

「ねぇよ。大体、全部お前のせいじゃねぇか」
 ブルーは目を細めた。

「全部ってのは聞き捨てならねぇな」

「おーそうか。じゃあ言い訳を聞かせてもらおう」
 ブルーは腕を組んでベッドの上に座ると、どしっと構えた。

「大食いしたのは俺のせいじゃない。やけ食いって知ってるか?単なる生理現象だ、人間特有のな。勝手に手が動くんだ」

「なんだよそれ。また俺を騙そうって魂胆か?」

「おい、サラマンダー。やけ食いって聞いたことあるか?」
 ブルーは、刀を手入れしているサラマンダーに聞いた。
 数百年は生きるとされる龍人族。彼ならブレイブが言った謎の単語も知っているはずである。

「さぁ、焼き食いなら知っているが、やけ食いは知らないな」

「おい、ブレイブ!騙したな!サラマンダーは知らないってよ」

「ほらなって。お前……サラマンダーは人間じゃねえじゃねぇか。知るわけないだろ!」

「そうか、そうか。だが、ここにいるのは人間以外が二人、人間が一人だ。お前の常識は通用しねぇ」

「二人とも時間を考えろ。賭けに負けてイライラしているのは勝手だが、騒ぐなら他でやれ。夜風でも浴びて、熱を冷ませ」
 サラマンダーが場を鎮める。

「分かった、分かった……ちょっとだけ夜風に当たってくるわ」
 ブレイブは部屋を出ると、三階の屋上に続く階段を登っていった。

 昼間はあれだけ賑わっていた街も、夜になれば人の気配を隠し、静まりかえっていた。

「全く……ブルーの野郎」
 ブレイブは屋上の木柵に肘をつく。
 そんな彼を月明かりが照らしていた。

「やめてよ、離して!」
 その静寂を破るように、どこからか子供の声が聞こえてきた。

 ブレイブは顔上げ、声が聞こえてくる方向を確認すると、屋上から飛び降り走り出した。

「この辺りから聞こえたはずだが……あれは」
 大通りから脇道に逸れると、少し先に黒塗りの馬車が止まっていた。

 ブレイブがそれに近づこうとしたその時、背後から声が聞こえた。

「何か用ですか?」
 黒ずくめのその男は、淡々とブレイブに問いかけた。

 (こいつ……ただものじゃねぇな。気配に気づかなかった)
 
「ちょっとそこの馬車が気になってね、あれ、お前のものか?」

「はい、そうですが」

「立派な馬車だ。中を見てもいいかな?」

 男は舐め回すようにブレイブのことを見て、そして微笑んだ。
 
「……いいですよ」

 (もしコイツが、今誰かを攫ったのなら、この中にいるはず)

 ブレイブは男を視界の端に捉えながら、ゆっくりと馬車の扉を開ける。しかし中には誰もいなかった。

「どうされました?」
 男は表情を崩さずに尋ねる。

「いやぁ、中も素晴らしく立派だ。特にこの赤い絨毯。ここまで立派な馬車を見るのは初めてだよ」
 
 (さっきの声は聞き間違えか?)

 ブレイブは馬車の扉を静かに閉めた。

「もう用は済みましたか?」
 男が尋ねる。

「中を見させてくれてありがとうな。いい夜になったよ」

「いえいえ、では」
 男は軽く会釈すると馬車に向かって歩き出す。

「あ、そうだ。この辺りで子供の声が聞こえた気がしたんだが、見なかったか?」

「いえ、何も」
 男は振り返らずに答えると馬車を走らせ、馬車は深い闇に消えていく。

 ブレイブは、男の腕に彫られた赤い蛇のタトゥーを見逃しはしなかった。

 


 
 

 

 

 

 
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