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運命の相手と言われても、困ります。
命を狙われています。王子ではなく、別の人に。
しおりを挟む数週間の公爵領滞在を終えて、王宮へ戻る日がやってきた。
机の前で家庭教師の説明を聞くよりも大きな学びを得た私は自分が少し成長したような気分でいた。あれだけ怖かった王子の印象もこの滞在期間で少し和らいだし、彼も少し私に優しくなったような気がするんだ。
王宮に戻らなきゃ行けないのが残念なくらい。公務で来たから仕方ないけど、栄えている街にも顔を出したかったな。
「この領地は気に入ったか?」
「はい、時間があればもっといろんな場所に立ち寄りたかったです」
王子からの問い掛けに私は心から思ったことを返すと、王子は小さく笑った。
嘘だと思ってる? 本音だよ。公爵領は何となく私の故郷に雰囲気が似ていて居心地がよかったんだ。それに領民が生き生きして、子供はみんな笑顔で。本当にいい場所だと思ったんだよ。
「私と結婚したらあの地に住まうことになる。そう残念がることはない」
それを言われた私は言葉をなくした。
なぜか頬が燃えるように熱くなり、見られるのが恥ずかしくて両手で顔を隠した。
結婚。この王子と結婚……想像できなかったことなのに、言われると意識してしまう。ど、どうしたんだ自分。
行く道中は息苦しかった馬車だったが、今では外の風景を観察する余裕も生まれた。相変わらず王子から睨まれているけど、なんかちょっとそれに慣れてきたかもしれない。
ずっと見ていて飽きないのだろうか。私の顔がそんなに面白いのかな……
──ガタン!
『ヒヒィン…!』
突然、これまで普通に走っていた馬車が突然ガクンと大きく揺れた。外では馬がいななき、車輪がギャリリと地面を削る嫌な音が聞こえた。
その衝撃に座席に座っていた私は身を投げ出された。そのまま馬車のどこかに身体を叩き付けるのだろうかと痛みに身構える。
「レオーネ!」
私に訪れたのは痛みではなく、苦しさだ。
熱い腕の中に囲まれ、力強く抱きしめられた私はぎゅっと目を閉じてその胸に縋った。
『貴様、この馬車に乗られているのが王子殿下であるとわかった上での狼藉か!』
『狙っているのは女の命だけだ! 差し出せば他の奴らは殺さねぇ!』
『花嫁様の命だと!?』
『この悪漢め、どこの誰の差し金だ!』
外では小競り合いする声と、剣を交わす音が響き渡る。
盗賊か何かと思えば、私の命を狙っているような口ぶりだった。恐怖に震え上がると、王子の腕の力がさらに増す。
急になんなの。なんで私の命が狙われてるの?
『先に行け! 我等は正義のために戦う!』
『王国騎士の剣に誓って殿下と花嫁様をお守りするぞ!』
外で警備してくれていた騎士達が雄叫びをあげて士気を上げていた。
転倒しそうなほど蛇行して走行していた馬車は、なんとか立て直し、戦いが起きている場所から遠ざかる。
縦に横に激しく揺れる。ものすごい振動だ。馬車が壊れてしまうかもしれない。御者の誘導で馬たちが全速力で駆け抜けていく。
私を抱き抱えた王子はそっと馬車の窓から外の様子を伺い、鋭い視線を後方へと送り付けていた。
行きの道中では途中高級宿に宿泊したり休憩したりしたが、命がかかっている現在ではそんな呑気にしていられない。
途中で馬を交換、馬車の点検をするとすぐに出発し、馬車は夜通し走りつづけた。
怯える私を腕に抱えたまま、王子は一睡もせずに私を守りつづけてくれていたのである。
◇◆◇
怒涛の逃走劇を経て、やっとの思いでお城に到着した途端、緊張の糸が切れた私は彼の腕の中で気絶してしまったらしい。
目覚めると王宮で自分に用意されている部屋のベッドの上だった。私の様子を見に来たヨランダさんと再会するなり思わず泣きついてしまった。
いろいろ面倒見てくれているヨランダさんはここでは私のお母さんみたいな存在なのだ。彼女は子供みたいに泣きじゃくる私の背中を撫でつづけてくれたのだった。
あの場で格闘を繰り広げた騎士達が、ならず者を先に行かせまいと足止めをしてくれたお陰で私は生きて戻ってこれた。
幸いなことに騎士達の中に死人は出なかったそうだが、中には大怪我を負った人もいるそうだ。ステファン王子によって護衛騎士達には手厚い見舞金と療養環境を与えたという話は聞かされたけど、自分がいても立ってもいられなかったため、個別でお見舞いに行くことにした。
私は良くも悪くも普通の町娘だ。
町で喧嘩する人たちを目撃したことはあれど、命を狙われたり、命を懸けて戦った結果傷ついた人たちを見たのはこれが初めてだった。
自分を守るためだったとなると、罪悪感でいっぱいになった。
「これは花嫁様!」
「このようなむさ苦しいところに」
私がヨランダさん並びに護衛騎士達を引き連れて療養施設へお見舞いに行くと、大部屋で包帯をあちこちに巻いた騎士様達が寝台に横になっていた。先日、私たちを守るために命を懸けて戦ってくれた人たちだ。
彼らは王国一の腕を持つ騎士団で腕を磨いたつわもの揃いだ。
身分に関係なく、その腕だけで上り詰めた精鋭達。──それでも怪我を負っている。あの場に私一人だったらあっさり殺されていただろうなと恐怖がぶり返してきた。
「あの、すみませんでした。私のせいで皆さん傷だらけになって」
申し訳なくてたまらない。お金も権力も持ち合わせていない私はこうしてお見舞いするしかできないのが心苦しい。
彼らは貴人を守るのが仕事。そして私はその貴人の花嫁候補という立場だ。簡単に頭を下げるなと言われるかもしれないが、無理だ。
王子を守るならまだしも、あの時狙われていたのは私である。下手したら彼らのうちの誰かが命を落としていたのかもしれない。
「いいえ、お守りできてようございました」
「我等はそのために存在します。この傷は名誉の傷痕でございます」
それなのに彼らは誇らしそうに笑う。騎士として自分を誇りに思うというのだ。
嘘偽りではなく本音なのだろうが、私は申し訳なくて仕方なかった。
襲ってきた男達は逃げ足だけは早かったそうだ。
私たちの馬車がもう遠くへ去ってしまい、もう追えないと分かると、目つぶしのようなものを騎士達に投げつけてさっさとずらかったそうだ。騎士達が目を抑えながら必死に捕まえようと追うも、見失ってしまった後だった。残念ながら奴らにつながる証拠品も何も手に入らなかったという。
誰が私の命を狙ったのか、一切わからず仕舞いだ。
私の知らないところで、誰かが私を引きずり落とそうとしている。
狙いは間違いなくステファン王子の花嫁の座。
次期ヴァイスミュラー公爵になる彼の妻の座に私が収まるのが気に入らない、もしくは不都合だという人物の仕業なのだろう。
みんな口にしないけど、きっとそう思っているはずだ。
人によってはその人物の予想がついているのかもしれない。
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