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運命の相手と言われても、困ります。
見る分には耐えられるけど、触れるとなると話は別です。
しおりを挟むドレスに紛れ込んでいた毒蜘蛛に足を咬まれるという事件に巻き込まれ、高熱と激痛にうなされること数日。
やっと目が覚めた私であったが、未だにベッドの上の住人をしていた。
「薬を塗り直す時間だ、レオーネ」
侍女や医者の仕事を奪って私の看病をする王子が安静にしてろと命じるからだ。
そして今日も私の世話を焼こうとする王子は腕まくりをしながら、声をかけてきた。綺麗な水を張った洗面器と清潔なガーゼ、お医者さんに処方された薬をサイドテーブルに置くと、私の身体に掛かった布団を取り払う。
「あの、大丈夫です。自分で塗りますから」
だから薬をくださいと手を差し出すも、王子は怪訝な表情をするのみ。
「ちゃんと塗らないと大きな傷痕になる」
そう言って、私のネグリジェの裾を持ち上げようとするものだから私は裾を抑えて阻止した。
この人、女が足を見せることをなんだと思っているんだろう。それとも平民だからなにしてもいいと考えているんだろうか。そもそもレディ扱いしていないってこと!?
「やめてください、私が耐えられません」
顔をしかめて王子をキッと睨むと、王子は少し困惑していた。
私の拒絶にそんなに驚いたのか。私だって嫌なことは嫌だと言うぞ。
「なぜだ、私にみられるのが嫌なのか」
多分王子の言っている言葉は「診る」って意味なんだろうけど、私にはそれだけで片付けられない事情があるんだよ。
それとも王子はいろんな女性の足を見てきたから見慣れているとでも言うの? 私ごときの足には興味がないって?
勝手な想像で嫌な気分になりながら、私は唇を軽く噛んだ。
「殿下は男性の方です。ましてやお医者様でも、家族でもありません。女が足を見せるのは本来はしたないことです」
だから薬は自分で塗ると言っているのだとはっきり拒絶してみせると、王子は途方に暮れた顔をしていた。
完全無欠の王子様から急に無防備になるもんで私はギクッとしてしまった。急に迷子になったみたいな顔になるのやめて。びっくりするじゃない。
「私は君の夫になるのにか」
「……そういう問題ではありません」
またそれか。
夫になるとか運命の相手だとか突っ込みすぎて飽き飽きしてきたからもう何も言わないけど、仮に王子が婚約者だとしても婚前に足を見せるような行為はしてはいけない。それが世の中の常識なのだ。
王子は私を花嫁にと義務感で考えているみたいだけど、それは絶対じゃないだろう。
契約も何もしていない、いつ反故にされるかもわからない不安定なそれで、私が信じて足を見せるとでも思ったら大間違いだ。私はそんな軽い女じゃないのだ。
「恥ずかしいのです。お嫁に行けなくなります……」
自分で言ってなんだか情けないし、恥ずかしくなった。こんなこと言わないと説得できないとか、すごくつらい。
じわじわと涙がこみあげてきて頬を雫が伝った。泣くつもりはなかったけど、抑えられず泣き出してしまった。
そんな私を前にした王子が息を呑む。
「……レオ、済まない、君を辱めたいわけじゃないんだ。ただ心配で」
ことの重大さをやっと理解してくれたのか、王子は引いてくれた。
「泣かないで。私が悪かったから」
大きな手が私の頬を包み、涙を拭う。
目の前が陰り、目元に柔らかいものが押し付けられた。その正体はなんだろうと目で追うと、目の前に美しい翡翠が映った。
いつものように私を睨むと、彼は言った。
「君は私の元へ嫁ぐのだから、何も心配することはないよ」
甘さを含む低い声に囁かれ、私は目を見開いて固まっていた。
彼の瞳がとても熱くて、その美しさに心臓を打ち抜かれたような錯覚に襲われたからだ。
薬と包帯の交換はメイドに任せると王子が言ったので、私はホッと胸を撫で下ろす。
──しかし私が意識混濁して寝込んでいる間中、ずっと王子が右足の手当をし続けていたのだと、メイドさんに教えられたことで私はしばらく悶絶した。
時既に遅しであったのだ。
◇◆◇
お医者さんから寝たきりよりも、お散歩して足を動かした方がいいと言われたので、私はお城の居住区域内を散歩するようになった。
歩きはじめは、しばらく動かさなかった足に力が入らなかったり、毒がまだ残っているのか足を動かすたびに痺れが走ったけど、日を追うごとにそんなこともなくなった。
私の周りには相変わらず警備の騎士と側付きの侍女がいる。これだけでも十分厳重に守られている。
それなのにお散歩の時間は毎回王子が付き添ってくる。
もう足は大丈夫だと言っても、聞かない王子は私が歩くのをヒヤヒヤしながら見守ってくる。私は立ち歩きを始めた赤ん坊か何かか。
さくさくと芝生を踏みしめながら中庭に出てくると、季節の花々が私をお出迎えした。外の空気と綺麗な花たちの香りが心を癒やしてくれるそんな気がする。
私は王子と会話するわけでもなく、花を眺めてのんびり歩いた。
お城に来てから私は運動不足になっている気がする。動ける範囲が限られてるから、お城の外の世界がどうなっているのかもわからないので世の中の情報に疎くもなっている。
外に出たい気持ちはある。だけど命を狙われている問題は継続中だしわがままは言えないなと落ち込む。城から出た途端始末されるオチだろう。
私はため息を小さく漏らした。お父さんお母さん心配しているだろうなぁ。小さな子供でもないのに両親が恋しくなって心細くなってきた。
──ぽてっ
ひとりで感傷的な気分に浸っていると、なにかが落ちてきた音が聞こえた。しかもその音は私の頭上に着地した。ワサワサと髪の間を掻き分ける触感すらする。
私の中で蘇るは毒蜘蛛の記憶である。
また蜘蛛!? あの痛みは勘弁!
「きゃあっ!?」
私は毒蜘蛛の記憶を思い出して混乱し、悲鳴を上げた。
「レオーネ!?」
「やだやだ取って! 蜘蛛! 頭に落ちてきたぁ!」
私は目の前にいるのが一国の王子であることをド忘れして、ドンッと相手に体当たりをかますと半泣きで訴えた。
「頭の上で動いてる!」
「わかった、動かないで」
顔を彼の胸に押し付けて虫を取り払ってくれと頼むと、なぜか王子はふふふとちいさく笑った。
「なんで笑うの!」
「バッタだよ、蜘蛛じゃない」
「バッタも嫌なの! 取ってよ!」
今の私の行動も言動も不敬である。しかし私は毒蜘蛛の悪夢のせいで虫の存在に臆病になっていた。相手が王子だろうと知ったこっちゃないのだ。
取ってくれと、おでこをグリグリと王子の胸元に押し付けると、王子が腕を持ち上げて私の髪の上の存在にそっと触れていた。
「取れた?」
「んーもうちょっと。手足が取れそうだからそっと取らないと」
なんて恐ろしいことを言うのだ、この王子。
私は恐怖で、「ひぃ、ひぃぃ」と悲鳴を漏らし、王子の背中に腕を回して震えていた。
バッタは王子の手から花壇の花に移され、どこかに消えていった。
虫から解放された私がようやく落ち着きを取り戻すと、自分が王子に抱きついている事に気付いて慌てて離れた。
「すみません! 失礼しました!」
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その日の彼は終始機嫌が良かった。やけにニコニコしていて、少し不気味でもあった。
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