麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ

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続編・私の王子様は今日も麗しい

人の親を悪く言う方に、育ちがどうのこうの言われたくありません。

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 良いところの子息らしく洗練された見た目をしているが、悪い意味で貴族らしい威圧感と傲慢さが目立って印象はよくない。

 鮮やかな赤毛をきっちりセットした青い瞳のその人からは、葉巻の匂いがした。
 ──できればステフに近寄らないでほしい。彼は葉巻の匂いや煙が苦手なんだ。

「どこのどちら様でしょうか」

 失礼な態度を取る相手に愛想を振り撒く必要はない。不快の意を示すためにぎろりと睨みつけると相手は大袈裟に肩を竦めていた。

「僕のことを知らないだって? さすがに勉強不足なのでは?」

 そういった後に「まぁ成り上がり女だ。無知でも仕方ないか」とこちらのカンに障ることをいう。
 わかりやすい悪意、敵対心を向けてきたその人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべると、ずいっと前のめりにこちらに顔を近づけてきた。

「所詮は顔だけの女だな」

 ……は?
 言われた言葉をすぐに理解できなかった私は目を丸くして固まった。

「殿下のお相手にはどう見てもうちの妹の方が相応しい。占いなんてふざけた選出方法で結婚相手を決めるとか王家の考えることは理解しがたいね」

 私が固まっているのをいいことに失礼に失礼を重ねて来る男性。ひとりで演説して悦っているようにも思える。
 ……自分の妹の方が相応しいと言われても、その妹さんがどこのどなたかわからないので返事に困る。

「しかもそれが隣国の平民の血が流れた、血を裏切りし者の娘。なにをしでかすかわからない身分の賎しい女と結婚することになった殿下がお可哀相だ」

 な、なんなの、この人……!
 私が平民の血を受け継いでいるのは否定しない。だけど賎しいと言われる筋合いはない。
 一方的にボロクソに貶された私は扇子を握り締めた。

「殿下は古臭いしきたりのせいで君と婚約することになったんだぞ。自分から辞退を申し出るのが常識だろう。これだから育ちの悪い女は……母が母なら娘も娘だな。自分本意で強欲な女だ」

 以前の私なら身分が低いからとただ黙り込んでいたけど、黙り込んで我慢するだけではダメだ。
 今の私はレオーネ・フェルベーク。公爵家の娘であり、王子殿下の婚約者なのだ。喧嘩を売られたら堂々とお返しするのが筋ってものである。
 ただし感情的になってはいけない。相手の思う壷になってしまうから。

「──なら何故、あなたの妹様は花嫁候補に割り込みなさらなかったのですか? 他の候補者御三方はなにかと理由をつけてでも殿下の花嫁になりたいと割り込んでいらっしゃいました。……あなたの妹様がそれをしなかったのはつまりそういうことでしょう? どちらにしても選ばれませんでしたわ」

 戦いもせずに、選ばれなかったことを悔しがるのは臆病者の言い訳じゃないだろうか。
 まぁ、実際には割り込み花嫁候補の令嬢達の内2人は権力のために乗り込んだだけで、純粋にステフを慕って、彼の花嫁になりたいと思っていたのは最後まで残って辞退して行ったあのご令嬢だけだったけどね……栗色の髪にオリーブ色の瞳をした彼女は元気にしているだろうか。

 選ばれた立場の私が偉そうに言うのは違うかもしれないけど、ほんの少しの可能性を賭けて候補に名乗りあげた令嬢達を知っているからこそ、なにも行動していない令嬢の兄から偉そうに否定されても不快なだけである。
 私がいなくても他の人が選ばれただけで、その場合もあなたの妹さんは動かなかっただろうから、結局同じではないだろうか。

「なっ……」
「ところでステファン殿下とはどのような間柄で? ご友人……ではありませんよね、友人であれば彼が葉巻を苦手なことご存知のはずですもの。こんな煙の匂いをさせて殿下に近づくなんて嫌がらせもいいところですわ」

 成長して肺が丈夫になって病弱さは鳴りを潜めているが、それでも敏感に反応してしまうものはあるのだ。葉巻を嗜みとして吸う男性がいるけど、絶対に身体に悪いに決まっている。
 彼と親しい友人ならばそのことを理解していてもおかしくない。それなのにこの人は葉巻の匂いをぷんぷんさせているのだもの。

 直球でステフの友達じゃないですよねぇ、と投げかけると、相手の反応が変わった。

「あぁそれと、お名前はなんとおっしゃるの?」

 扇子で口元を隠したまま、私は目をかっぴらいて相手を睨みつける。
 圧力をかけたら怯えて撤退するとでも思ったの? その段階はとっくの昔に過ぎ去った。今はもう退くわけにはいかない。私もステフもいろいろと覚悟の上でお互いの手を取ったのだ。
 私はもう平民のレオーネではない。私の背後にはフェルベーク公爵家と王家の信頼厚いブロムステッド男爵家がいる。引き裂こうと思うなら、返り討ちを覚悟してほしい。

「貴様…!」

 私の反撃に腹を立てた男性が怖い顔をして私を睨みつけてきた。
 だけどそんな顔、ステフの睨み顔に比べたら全然怖くない。美形の睨み顔は震え上がるほど怖いんだ。あの怯えた日々のおかげで耐性がついてしまったわ。

「モートン、なぜここにいる」

 扇子の影でふふんと意地悪に鼻で笑っていると、普段より低く警戒している彼の声が上から降ってきた。

「ステフ!」

 ステフは本を数冊抱えたクレイブさんを引き連れて戻ってきた。やっと戻ってきてくれたと私が喜色満面な反応をすると、彼は私と不審な男を見比べて眉間にしわを寄せていた。
 あっ、人前なのについ愛称で呼んでしまった。まずいと思って私は扇子でさっと顔を隠す。窘められちゃうかなと心配していたけど、ステフの怪訝な視線はモートンと呼ばれた怪しい男に向けられていた。

「彼女は私の婚約者だ。彼女に一体何の用だ」
「殿下の婚約者様にひと目お会いしたくて」

 モートン氏は、先程まで私に対して怒りの感情を向けていたのに、一瞬で表情を切り替えていた。ステフに向けて愛想よくにっこりと微笑んでいるが、どこか薄ら寒いものがある。

「……そうか」

 ステフはそれに対して淡々とした返事を返す。その時の彼の瞳があまりにも無感動で、ガラスの瞳を嵌め込まれた人形の表情に見えて私は違和感を覚えた。

「ところで殿下、来月うちの妹の誕生日パーティが開かれるのですが、是非」
「せっかくだけどお断りしておくよ。私が参加したら主役が気分を害すだろうからね。それに──君に病気を感染してしまうかもしれない」

 ……それはどういう意味だろう。私は困惑してステフとモートン氏を見比べてみたが、苦虫を噛み潰したような顔をしているモートンに対し、ステフは変わらず無表情だった。
 彼らの間には親しみなんてない。せ、政敵だったりするのだろうか……

 両者が見つめ合っていたのは数秒のことで、ステフはすぐに興味をなくして視線を逸らすと、座っている私の手を取って立ち上がらせた。

「ここは冷えるな。どうやら私のかわいい人は体を冷やしたようだ」

 そう言って私に微笑みかけてきた彼はいつもの甘い笑顔だった。
 先程の表情が抜け落ちた彼は目の錯覚だろうかと疑いたくなるくらいに違う。

「クレイブ、個室で話そう。積もる話もある」

 私が状況の変化についていけず固まっていると、ステフはクレイブさん達にも声をかけて移動を促していた。

「そこの君、レディたちに甘い物と温かい飲み物を用意してあげてくれ。さぁ行こう、レオーネ」
「はい、殿下」

 近くにいたサロンの使用人に声をかけると、ステフが私をエスコートしてくれた。
 私は動揺を表に出さぬよう、公的な呼び方で返事をしたのだが、ステフはむっと不満を表に出した。

「愛称では呼ばないの?」

 いじけた声音で言われて、私はぐっと唸る。
 私の失敗を笑うつもりか、それとも本気でそう思って言っているのか……

「人前ですよ。二人きりの時だけのお約束です」
「呼んで、お願いだよレオ」

 人の目があるからダメだとやんわりお断りしたのに、彼は私の耳に顔を近づけて囁いた。
 小さく囁かれた低い声に、ぞくっと胸が震えた。そ、そんなおねだりの方法は卑怯です。

 ちろりと目でステフの顔を伺うと、期待の眼差しを向けられた。
 私は暫し迷い、腹をくくる。
 知らないからね、公私混同していると指摘されても。

「ステフ」

 屈んでいる彼の耳元で小さく呼ぶと、ステフはくすぐったそうに笑った。彼の反応が可愛くて私も釣られて笑うと、口の横に奪うようにキスされた。

「本当は唇にしたいけど、口紅が取れちゃうからね」
「……もう、ステフったら」

 仕方のない人。そう呟くと、ステフは愛おしさを隠さずに私を見つめてきた。
 惚れた弱みだろうか。好きな人のかわいいおねだりなら聞いてあげたくなるってものだ。

 そのまま私は彼に腰を抱かれて、個室へ連れて行かれた。
 モートン氏を一瞥することなく。



「──あなたは私に対してあぁいう風に愛を表現してくれないわね」

 その声に私は我に返る。
 ついつい二人の世界を作っていちゃついていたけど、そういえばクレイブさんとポリーナさんがいたんだった。
 はっとして振り返ると、ジト目で婚約者を睨むポリーナさんが後ろにいた。その視線に晒されたクレイブさんは目を左右上下に動かして明らかにうろたえている。

「か、勘弁してくれよ。殿下と僕じゃ絵面が違うだろう」

 おどおどと弁解するクレイブさんには刺激が強いようで、自分には無理だと弁解していた。それに不満な顔をするポリーナさんは完全に臍を曲げてしまったようだ。

「私たちがいたら気まずいだろう。別の部屋を借りようか?」
「結構ですっ!」

 空気を読んだらしいステフがそう提案するも、クレイブさんが赤面して断固拒否。ポリーナさんがますます膨れっ面になっていたのであった。
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