【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河

文字の大きさ
29 / 33

27話

しおりを挟む
 その日は突然訪れた。

 いつものようにソウマとダンジョン配信で、中層の古い遺跡内部をパトロールしていた時のことである。

「今日は妙に静かですね」

 ソウマが呟く。確かに、いつもなら遺跡内には小型のモンスターがうろついているものなのに、今日は全く姿を見ない。

「ああ、なんか嫌な予感がするな」

 俺がそう答えた瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ドォォォン!!

 突然の轟音と共に、遺跡の一部が崩れ落ちてきた。

 突然の衝撃でダンジョン全体が激しく揺れ、俺は思わず体勢を崩してしまう。倒れそうになった俺の身体を、ソウマが素早く支えてくれた。

「レイジさん、大丈夫ですか!」
「ああ、すまんな……」

 俺は慌てて辺りを見回した。遺跡内部の状況を把握しようと視線を巡らせ、そして愕然とする。

 俺たちが入ってきた入口が、完全に瓦礫で塞がれていた。しかも、崩れ方が自然ではない。まるで俺たちの退路を断つために、明確な意図を持って破壊されたように見える。

(──やばい。これは罠だ!)

「ワタル!」

 撮影役のワタルを探すと、彼は崩落の衝撃で転倒し、カメラを地面に叩きつけてしまっていた。機材は粉々になっていたかせ、幸い本人は無事のようだ。

「か、カメラは死にましたが、僕は大丈夫です……!」

 ワタルが震え声で答える。俺は咄嗟の判断で、気配隠しの魔術を彼にかけた。

「ワタル、様子がおかしい。今すぐあの柱の陰に隠れて、絶対に動くな」
「は、はい!」

 ワタルが慌てて指定した場所へ駆けて行く。その時だった。

 俺の肌に刺すような痛みが走った。

 冷気だ。それも尋常ではない冷たさが、遺跡内部に満ち始めている。

 俺は冷気の発生源を探し、吹き抜けのような構造になっている遺跡上部へと視線を向けた。そして、そこに巨大な黒い影を見つける。

 全長20メートルをゆうに超えそうな巨大な狼が、そこに鎮座していた。

(あれは……フェンリルか!)

 俺は過去の知識から魔物の正体を推測した。フェンリルは最下層に住む災厄級のモンスターだ。氷と冷気を司る巨狼で、その戦闘能力はドラゴンにも匹敵すると言われている。もちろん、こんな中層のダンジョンに現れていいモンスターではない。

 なぜフェンリルがここに……?

 その疑問が頭をよぎった瞬間、フェンリルが恐ろしい声量の遠吠えを上げた。

 アオオオオオオオオォォォォォ――――ッ!

 地響きがしそうなほどの遠吠えが遺跡内に響き渡る。その音圧により石壁がきしみ、天井から砂塵がぱらぱらと降り落ちてくるほどだ。

 遠吠えが終わると、フェンリルは明確な殺意を持って俺たちの元へと跳び降りてきた。

「レイジさん!」

 ソウマが魔術を発動しようとする。

「待て!」

 俺は咄嗟に止めようとしたが、間に合わなかった。

 ソウマの氷の魔術が完成し、巨大な氷柱がフェンリルへ向かって飛んでいく。完成した氷柱が一直線にフェンリルへと放たれる──が、その刹那、氷は音もなく霧散した。まるで飲み込まれたかのように。

 ソウマの魔術を無効化したフェンリルは、反撃するかのように遺跡内部に猛吹雪を展開し始めた。視界が途端に真っ白になる。

「攻撃が……効かない!?」

 ソウマの声が雪煙にかき消されそうになる隣で、俺は叫んだ。

「フェンリルは冷気系の魔術は一切通用しない! 冷気はむしろ奴のテリトリーみたいなものだ! 下手にお前さんの氷の術で攻撃したら相手の反撃を食らっちまう!」

 ソウマは俺に申し訳ないと謝ると、すぐに次の手段に出た。自身に速度強化の魔術をかけ、剣を構えて一気にフェンリルのもとへと距離を詰めていく。

 しかし、吹雪による視界の悪さもあり、ソウマの攻撃はことごとく空を切った。それどころか、近づいてきたソウマに対しフェンリルの巨大な爪が振り降ろされそうになる。

「危ない! くそっ、防壁展開バリア・ウォール!」

 俺は咄嗟に障壁魔術を使い、その攻撃を防いだ。

 爪と障壁がぶつかり、防御壁はその一撃だけで脆くも崩れてしまう。

 パチ、パチ、パチ――

 その時、遺跡の上部から手を叩く音が響いた。見上げると、さきほどフェンリルがいた吹き抜け部分に、一人の男が立っているのが見える。

「やあ、すごいすごい。魔力値がほとんどないのに、部分的な防壁魔術で攻撃を防ぐとは。さすがだよ、お前は憎らしいほどに昔から戦闘センスが抜群だった」

 その声を聞いて、俺は息を呑んだ。冷たいものが、背筋をゆっくりと這い上がってくる。

「お前……ハルトか?」

 男は指笛を吹くと、自身の元へフェンリルを呼び寄せた。巨大な狼はその背に男を乗せると、再び俺たちの目の前にゆっくりと降り立つ。

 二十年ぶりに見るハルトの顔は、すっかり年齢を重ねていた。俺と同じく顔にしわも刻まれているが、妹と同じ少し垂れ目な瞳には、当時のハルトの面影が確かに残っている。

「すぐオレの名前が出てきたってことは、オレが関わっているってなんとなく気づいていたんだな。──うん、そう思っていたよ」

 ハルトの口元が、嘲るように歪む。

「お前たち、ダンジョン配信の度に、わざとらしく毎日同じルートを通って配信していたもんな。……まるで『俺たちはここにいますから、どうぞ罠を仕掛けてください』といわんばかりに」

 その挑発を、ソウマが遮った。

「──あなた、気は確かですか。テイマーの能力を使って災厄級のモンスターを中層に引きずり出すなんて、正気の沙汰じゃありません」

 その問いかけに対し、ハルトは鼻で笑った。

「ふん、お前もどうせそこの『レイジおじさん』から聞いているんだろう。オレはかつてこいつとパーティを組んで、そしてこいつのせいで妹を失った。だからこれは復讐なんだよ」
「お前が俺を恨んでいるのは分かっている。──でも、どうして今なんだ?」

 俺がそう問うと、ハルトは忌々しそうに俺を見つめた。俺を見下ろす目がわずかに細くなる。

「オレはお前から魔力値を奪った。お前をダンジョンから引きはがし、みじめに生きるようにしてやった」

  ハルトは低く押し殺した声で続ける。

「だが最近知った。お前が初心者向けの配信なんて始めて、楽しそうにやっていることをな。……配信でお前の笑顔を見た瞬間に悟ったんだ。魔力値を奪うだけじゃ足りなかったって」

 ハルトはそこで一呼吸おくと、口元に冷たい笑みを浮かべた。

「だから、わざとお前の配信場所のすぐ近くでスケルトンドラゴンを使役し、襲わせた」

 俺は拳を握りしめた。――やはり、あの時の事件もこいつの仕業か。

「お前はこういうとき、無駄に正義感を振り回して率先して敵にツッコんでいくタイプだ。案の定、オレの作戦にお前はまんまと引っかかった。まあ、近くにいた国家公務員騎士に助けられる形でスケルトンドラゴンを倒されてしまったことは残念だったけどな」

 その言葉に、ソウマが堪えきれずに前へ出る。

「あなたのその身勝手な行動で、どれだけの人が犠牲になったと思っているんですか!」

 珍しく激高した様子のソウマが、声を荒げてハルトに抗議を続ける。

「先のワイバーンのこともそうです。あの時は若者を中心に何人か犠牲者が出ました。妹さんの復讐といいながら関係のない人を巻き込む災害を引き起こすあなたは、自分の行動に全く正統性がないことに気づいていないんですか!」

 しかしハルトは、まるで意に介さない様子で肩をすくめた。

「オレたちがかつて命がけで挑んだダンジョンが、今や金儲けの手段として使われている。視聴者の軽薄なコメントや投げ銭なんて馬鹿げた文化……そんなものに群がる連中が死んだところで、何が悪い? 配信の人気を得ようとと強敵に挑んだ奴らの自己責任だろう。ダンジョンは昔から弱肉強食だ」
「……なんてことを」

 ソウマが今にもハルトに食って掛かりそうな様子だったので、俺はそれを片手で制した。

「落ち着け、ソウマ」
「すみません。……でも、レイジさんだって、怒ってるはずですよね?」

 まっすぐに向けられた視線を受け、俺は短く息を吐く。

「……ああ。腸が煮えくり返るほどにな」

 静かな声でそう返し、ハルトを見据えた。

「……信じたくなかったよ。かつての仲間が、いくら俺を恨んでいるとはいえ、こんなに落ちるところまで落ちているなんてな」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」 *** 地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。 とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。 料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで—— 同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。 「え、これって同居ラブコメ?」 ……そう思ったのは、最初の数日だけだった。 ◆ 触れられるたびに、息が詰まる。 優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。 ——これ、本当に“偽装”のままで済むの? そんな疑問が芽生えたときにはもう、 美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。 笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の 恋と恐怖の境界線ラブストーリー。 【青春BLカップ投稿作品】

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

処理中です...