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5話
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「レオンハルト・ヴィルヘルム・エルクレスト殿下がお見えになりました」
侍従長の声と共に、扉が開いた。
そして、彼が姿を現した。
レオン殿下は、いつもの軍服ではなく、正式な礼服姿だった。深い紺色のタイトな上着に、金の刺繍が施されている。肩から胸にかけてのラインが、彼の鍛え上げられた体を際立たせていた。
──なんだよ、カッコいいじゃないか。
そんな考えが頭をよぎって、オレは慌てて視線をそらした。何考えてんだよ、オレは!
両親が即座に立ち上がり、深々と礼をした。オレも慌てて同じようにする。
「お待たせしました」
レオン殿下の声は、いつも通り落ち着いていた。でも、なんだか少し緊張しているようにも聞こえる。気のせいかだろうか。
「いえ、とんでもございません。お忙しい中、私どものような者にお時間を割いていただき、恐縮です」
父が丁寧に答えた。母も頭を深く下げている。
「グランツ卿、令夫人、お越しいただき感謝します。……セリル」
レオン殿下がオレの名を呼んだとき、その声音がほんの少し変わった気がした。オレは顔を上げて、彼と目を合わせた。
「レオン殿下」
なんて言えばいいんだろう。頭の中が真っ白になる。
「少し話がしたい。お二人には、別室でお茶を用意させた。しばらくセリルとだけ話をさせてほしい」
レオン殿下が両親に向かって言った。父と母は一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに深々と頭を下げた。
「かしこまりました。お心のままに」
そう言って、両親は侍従に案内されて部屋を出ていった。
扉が閉まると、部屋の中に妙な沈黙が流れた。オレとレオン殿下、二人きり。なんだか息がしづらい。
「来ないかと思った」
彼が静かに言った。
「は?」
「お前は来ないかと思った」
レオン殿下はテーブルに向かって歩き、椅子に腰を下ろした。オレも向かい側に座るよう促された。
「オレの立場からすれば、断れるわけないでしょう」
オレは正直に答えた。だって本当のことだ。下級貴族の息子が王子からの招集を断れるわけがない。特にオレみたいなオメガになってしまった立場なら。
レオン殿下の表情が、ほんの一瞬だけ曇ったような気がした。
「そうか……強制したつもりはなかったんだが」
彼の声は、いつもより少し低く聞こえた。何かを考え込んでいるようだ。
「いや、別に強制されたとは思ってないですよ。でも、現実的に考えて、オレみたいな立場じゃ、王子様からのお誘いを断るなんて無理ですよ」
オレは軽い調子で言ったつもりだけど、レオン殿下の表情はさらに暗くなったように見えた。何か気に障ることを言っちゃったのかな?
「……セリル、はっきり言おう」
レオン殿下は真剣な表情でオレを見た。
「これは見せかけの婚姻だ」
「え?」
オレはつい声を上げてしまった。見せかけって……何?
「説明する」
レオン殿下は姿勢を正して続けた。
「私は今後しばらく、結婚するつもりはない。だが、立場上、婚約者がいないことで様々な圧力がかかっている。それをかわすための策だ」
オレはゆっくりと頷いた。なるほど……そういうことか。
「つまり、オレは王子様の『見せかけの婚約者』ってことですか?」
「そうだ。もちろん、お前に不利益はないよう取り計らう。それに、私は君に騎士としての地位に近い立場を用意するつもりだ。私付きの護衛騎士になってもらいたいと思っている」
オレの胸の中で、なにかがポンと落ちる感覚。なんだろう、この感情は? 安堵? 失望?
──いや、嬉しいはずだ。オレは騎士に戻れるんだから。
「なるほど! それは助かります!」
オレは元気よく答えた。実際、これならオレも都合がいい。元の生活に戻れるようなものだ。しかも王都にいられる。
「オレなら適任ですよ。殿下とは付き合い長いですし、癖もわかってますから」
レオン殿下の表情が少し和らいだ気がする。
「そうだな。お前以外に適任はいないと思っていた」
その言葉に、なぜか胸がポカポカと暖かくなる。褒められたわけじゃないのに。変な感じだ。
「じゃあ、オレは今までどおり騎士団宿舎で生活することになるんですかね?」
オレは質問した。そうすれば、仲間たちともいつも通り過ごせる。それが一番いい。
「そんなわけないだろう」
レオン殿下はキッパリと言った。
「お前は私の婚約者という立場なんだ。見せかけとはいえ、外聞が悪い。王宮内に専用の部屋を用意した」
「え? 専用の部屋って……」
「使用人にそこを案内させる。今日はこれで終わりだ。明日から新しい仕事についての説明をする」
レオン殿下は立ち上がった。それだけ? もっと話すことあるんじゃ……。
でも、彼の表情を見る限り、今日の面会はこれで本当に終わりらしい。オレも立ち上がって、軽く会釈をした。
「わかりました。では、また明日」
「ああ。それと……」
レオン殿下が何かを言いかけて、少し躊躇った。珍しい。彼はいつも言葉に迷いなどないのに。
「その服……似合っている」
そう言って、彼は貴賓室を後にした。オレはその場に立ち尽くしたまま、彼の背中を見送った。
「……何だよ、それ」
オレは呟いた。頬が熱い。なんでだろう?
「こちらがお部屋になります、セリル様」
使用人に案内されて、たどり着いた先は……
「うわっ」
思わず声が漏れた。目の前に広がるのは、とんでもなく豪華な部屋だった。王族の翼と呼ばれる宮殿の一角にある、最も格式高い居住区だ。
「ここって……王族の伴侶用の部屋じゃないですか?」
オレは使用人に訊ねた。彼女は優雅に頷いた。
「はい。レオンハルト殿下の婚約者様ですので、当然こちらになります」
天蓋付きの巨大なベッド。優雅なソファセット。調度品はすべて最高級品で揃えられている。部屋の向こう側には、なんとドレッシングルームらしき空間まである。
「嘘だろ……」
オレは呆然と部屋の中央に立ち尽くした。こんな場所で、オレが生活するんだって?
使用人が丁寧に部屋の説明をしてくれているけど、オレの頭の中はぐるぐると回るばかりだ。
見せかけの婚約。護衛騎士としての新しい任務。そして、この豪華すぎる部屋。
これから先の生活を想像して、オレは自分の胃がキリキリと痛むのを感じずにはいられなかった。
侍従長の声と共に、扉が開いた。
そして、彼が姿を現した。
レオン殿下は、いつもの軍服ではなく、正式な礼服姿だった。深い紺色のタイトな上着に、金の刺繍が施されている。肩から胸にかけてのラインが、彼の鍛え上げられた体を際立たせていた。
──なんだよ、カッコいいじゃないか。
そんな考えが頭をよぎって、オレは慌てて視線をそらした。何考えてんだよ、オレは!
両親が即座に立ち上がり、深々と礼をした。オレも慌てて同じようにする。
「お待たせしました」
レオン殿下の声は、いつも通り落ち着いていた。でも、なんだか少し緊張しているようにも聞こえる。気のせいかだろうか。
「いえ、とんでもございません。お忙しい中、私どものような者にお時間を割いていただき、恐縮です」
父が丁寧に答えた。母も頭を深く下げている。
「グランツ卿、令夫人、お越しいただき感謝します。……セリル」
レオン殿下がオレの名を呼んだとき、その声音がほんの少し変わった気がした。オレは顔を上げて、彼と目を合わせた。
「レオン殿下」
なんて言えばいいんだろう。頭の中が真っ白になる。
「少し話がしたい。お二人には、別室でお茶を用意させた。しばらくセリルとだけ話をさせてほしい」
レオン殿下が両親に向かって言った。父と母は一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに深々と頭を下げた。
「かしこまりました。お心のままに」
そう言って、両親は侍従に案内されて部屋を出ていった。
扉が閉まると、部屋の中に妙な沈黙が流れた。オレとレオン殿下、二人きり。なんだか息がしづらい。
「来ないかと思った」
彼が静かに言った。
「は?」
「お前は来ないかと思った」
レオン殿下はテーブルに向かって歩き、椅子に腰を下ろした。オレも向かい側に座るよう促された。
「オレの立場からすれば、断れるわけないでしょう」
オレは正直に答えた。だって本当のことだ。下級貴族の息子が王子からの招集を断れるわけがない。特にオレみたいなオメガになってしまった立場なら。
レオン殿下の表情が、ほんの一瞬だけ曇ったような気がした。
「そうか……強制したつもりはなかったんだが」
彼の声は、いつもより少し低く聞こえた。何かを考え込んでいるようだ。
「いや、別に強制されたとは思ってないですよ。でも、現実的に考えて、オレみたいな立場じゃ、王子様からのお誘いを断るなんて無理ですよ」
オレは軽い調子で言ったつもりだけど、レオン殿下の表情はさらに暗くなったように見えた。何か気に障ることを言っちゃったのかな?
「……セリル、はっきり言おう」
レオン殿下は真剣な表情でオレを見た。
「これは見せかけの婚姻だ」
「え?」
オレはつい声を上げてしまった。見せかけって……何?
「説明する」
レオン殿下は姿勢を正して続けた。
「私は今後しばらく、結婚するつもりはない。だが、立場上、婚約者がいないことで様々な圧力がかかっている。それをかわすための策だ」
オレはゆっくりと頷いた。なるほど……そういうことか。
「つまり、オレは王子様の『見せかけの婚約者』ってことですか?」
「そうだ。もちろん、お前に不利益はないよう取り計らう。それに、私は君に騎士としての地位に近い立場を用意するつもりだ。私付きの護衛騎士になってもらいたいと思っている」
オレの胸の中で、なにかがポンと落ちる感覚。なんだろう、この感情は? 安堵? 失望?
──いや、嬉しいはずだ。オレは騎士に戻れるんだから。
「なるほど! それは助かります!」
オレは元気よく答えた。実際、これならオレも都合がいい。元の生活に戻れるようなものだ。しかも王都にいられる。
「オレなら適任ですよ。殿下とは付き合い長いですし、癖もわかってますから」
レオン殿下の表情が少し和らいだ気がする。
「そうだな。お前以外に適任はいないと思っていた」
その言葉に、なぜか胸がポカポカと暖かくなる。褒められたわけじゃないのに。変な感じだ。
「じゃあ、オレは今までどおり騎士団宿舎で生活することになるんですかね?」
オレは質問した。そうすれば、仲間たちともいつも通り過ごせる。それが一番いい。
「そんなわけないだろう」
レオン殿下はキッパリと言った。
「お前は私の婚約者という立場なんだ。見せかけとはいえ、外聞が悪い。王宮内に専用の部屋を用意した」
「え? 専用の部屋って……」
「使用人にそこを案内させる。今日はこれで終わりだ。明日から新しい仕事についての説明をする」
レオン殿下は立ち上がった。それだけ? もっと話すことあるんじゃ……。
でも、彼の表情を見る限り、今日の面会はこれで本当に終わりらしい。オレも立ち上がって、軽く会釈をした。
「わかりました。では、また明日」
「ああ。それと……」
レオン殿下が何かを言いかけて、少し躊躇った。珍しい。彼はいつも言葉に迷いなどないのに。
「その服……似合っている」
そう言って、彼は貴賓室を後にした。オレはその場に立ち尽くしたまま、彼の背中を見送った。
「……何だよ、それ」
オレは呟いた。頬が熱い。なんでだろう?
「こちらがお部屋になります、セリル様」
使用人に案内されて、たどり着いた先は……
「うわっ」
思わず声が漏れた。目の前に広がるのは、とんでもなく豪華な部屋だった。王族の翼と呼ばれる宮殿の一角にある、最も格式高い居住区だ。
「ここって……王族の伴侶用の部屋じゃないですか?」
オレは使用人に訊ねた。彼女は優雅に頷いた。
「はい。レオンハルト殿下の婚約者様ですので、当然こちらになります」
天蓋付きの巨大なベッド。優雅なソファセット。調度品はすべて最高級品で揃えられている。部屋の向こう側には、なんとドレッシングルームらしき空間まである。
「嘘だろ……」
オレは呆然と部屋の中央に立ち尽くした。こんな場所で、オレが生活するんだって?
使用人が丁寧に部屋の説明をしてくれているけど、オレの頭の中はぐるぐると回るばかりだ。
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