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15話
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「セリル先輩!」
振り返ると、そこには元後輩、ルークが立っていた。
濃い茶色の髪と同じ色の大きな瞳が特徴的な小柄な若者──ルークだ。いつも人懐っこい笑顔を浮かべていて、好奇心旺盛な性格は昔から変わっていない。騎士見習い時代、よくオレについてまわっていたんだよな。
「ルーク! 久しぶりだな!」
オレは思わず笑顔になった。騎士団の中で、こうして自然に話しかけてくれる奴がいるのは正直かなり嬉しい。
「先輩、元気そうで安心しました」
ルークの声には素直な喜びが込められているように感じられた。オレが王宮を離れた後、心配してくれていたんだな。
そのとき、レオン殿下がオレたちの方をちらりと見て言った。
「セリル、ゆっくり話したいだろう。私は先に部屋に戻っている」
レオン殿下はそう言って、廊下の向こうへと歩いていった。気を使ってくれたんだな。
「先輩、ちょっと食堂のほうに戻りませんか? ぼく、先輩に色々聞きたいことがあるんです!」
ルークの顔は興奮で輝いていた。まるで猫が面白い獲物を見つけたかのような表情だ。相変わらずだな、こいつは。
「ああ、いいよ」
そうして俺たちは、改めて先ほどの食堂に戻ることになった。食堂に向かう途中、ルークはずっとオレの袖を引っ張りながら歩いていた。まるで昔みたいに。
食堂につくと、そこにはもう誰もいなかった。オレたちは無人になったテーブルに向かい合って座る。
「先輩! 話してください!」
すると、ルークはまくし立てるように質問し始めた。
「どうして突然いなくなったんですか? どうしてレオンハルト殿下の護衛になったんですか? どうして婚約者なんですか? そもそも先輩、オメガだったんですか? 隠してたんですか? ベータだというのは嘘だったんですか?」
「ちょ、ちょっと待て! ひとつずつ答えるから!」
オレは圧倒されながらも笑った。相変わらず勢いがあるなぁ。
「まず、オレがオメガになったのは最近の話なんだ。元々はホントにベータだった」
「え、ベータからオメガに?」
「そう。覚えてるか? 去年ここの砦で起こった戦いで、オレがレオン殿下をかばって毒矢を受けただろ?」
「もちろん覚えてます。先輩が突然殿下を突き飛ばして、矢を受けて……みんな心配したんですから」
「その毒が原因で高熱を出して、数日間寝込んじまってな。熱が下がったら、なぜかオメガになってた」
ルークは驚いた表情で口を開けたまま固まっていた。
「そんなことってあるんですか?」
「医者も『珍しいケースだ』って驚いてたよ。オレもビックリしたさ」
「それで騎士団を辞めたんですね……」
「そう。規則だからな。『オメガは騎士になれない』ってやつ」
オレは少し苦い表情になった。でも、騎士団の規則なんだから仕方ない。
「でも、どうして殿下の婚約者に?」
「それは……」
オレは少し言葉を選んだ。見せかけの婚約だとは言えないし、なんて言えばいいんだろう?
「……レオン殿下が、オレを護衛騎士として雇いたいって言ってくれたんだ。でも、オレみたいなオメガが騎士をやるには、特別な立場が必要でさ」
「婚約者という立場ですか、なるほど!」
ルークは納得したように頷いた。
「先輩が変わらず、元気でよかったです。みんな先輩のこと、心配してたんですよ?」
「そうか? あいつらは、オレのこと避けてるみたいだけど」
「ふふっ、みんな先輩のこと心配してますよ。ただ、どう接していいか分からないだけで……」
ルークの言葉に少し救われた気がした。騎士団の仲間たちの態度に少し傷ついてたけど、対応に困ってただけなららまだ納得できる。
「それにしても……」
ルークの表情が突然変わり、なぜかニヤリと笑った。
「先輩とレオンハルト殿下って、そういう関係だったんですね~」
「は?」
「だって、婚約者ってことは、やっぱり夜は一緒に……」
「ちょ、違う! 違うぞ!」
オレは慌てて手を振った。顔が熱くなるのを感じる。
「そういう関係じゃないから! あくまで形式上の婚約であって──」
「えー、そうなんですか?」
ルークは信じていない様子で、さらに続けた。
「でも先輩、オメガならヒートがありますよね? その期間はどうするんですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。そうだよな、ヒートのこと。アドリアンも言ってたし……。
「抑制剤を飲めば……」
「抑制剤だけじゃダメなときもありますよね?」
ルークの表情が真剣になった。
「それに、万が一にも先輩のヒートに当てられて、誰かが先輩と関係を持ってしまったとしたら……」
彼は声を潜めて続けた。
「先輩、王族との婚約者なのに他人と通じたということで、姦通罪で下手すると死罪になっちゃいますよ?」
「え……」
オレは血の気が引くのを感じた。そんなこと、全く考えてなかった……。
「えっ、先輩、気づいてなかったんですか?」
ルークは驚いたように目を見開いた。
「先輩は王族との婚約者なんですから、そんな貴方と関係を持った人がいれば、先輩も相手も確実に反逆罪で重罪です。気をつけてくださいね?」
冗談めかして言われたはずなのに、オレの頭の中はパニックになっていた。
「ま、まあとにかく! そういうことにはならないから……大丈夫だよ」
オレは何とか明るく振る舞おうとしたけど、内心は混乱していた。
会話を終え、ふらふらしながらレオン殿下との部屋に戻る。廊下を歩きながら、頭の中はグルグル回っていた。
(姦通罪……死罪……マジかよ……)
部屋のドアを開けると、レオン殿下が書類を読みながら待っていた。
「おかえり。話はできたか?」
「あ、はい……」
レオン殿下はオレの様子がおかしいことに気づいたらしく、眉をひそめた。
「どうした? 顔色が悪いが」
「いえ、なんでもないです……」
椅子に腰掛けながら、オレは改めて自分がヒートになった時のことを考えていた。
(常に抑制剤は持ってるけど、それでも効かなかったらどうする?)
アドリアンは緊急用の抑制剤をくれたけど、それでも効かない可能性もある。その時は……レオン殿下を頼るしかないのだろうか。
(レオン殿下も、それでいいと言ってくれたんだよな……)
でも、好きでもない人とそんなことをするのは──。
そこまで考えて、オレはあることに気づいた。
(レオン殿下とそういうことをするって考えたら……恥ずかしさはある。……でも、嫌じゃない)
むしろ、もし本当にどうしようもなくなった時にレオン殿下が傍にいてくれるのなら――他のどんな奴が傍にいるよりも、安心できるような気がする。
(どうして……?)
「セリル」
突然の呼びかけに、オレは思考から引き戻された。
「明日から騎士団のメンバーと手分けして砦の本格的な調査が始まる。今日は早めに休め」
「は、はい。わかりました」
オレは無理やり先ほどの思考を中断させようとした。でも、さっきの考えが頭から離れない。
やがて就寝の時間となった。この部屋には二つのベッドがあるものの、かなり近い位置に置かれている。
「それでは、おやすみ」
レオン殿下がランプを消し、部屋が暗闇に包まれた。
「……おやすみなさい」
オレはベッドに潜り込んだ。でも、なかなか眠れない。ほんの少し顔を向ければ、レオン殿下の寝顔が見える距離だ。
薄い月明かりが窓から差し込み、彼の輪郭を照らしていた。端正な横顔、整った鼻筋、長い睫毛……。普段は厳しい表情をしている彼も、寝顔は穏やかで、どこか無防備に見える。
(あーもう、なんでこんなに落ち着かないんだよ!)
オレは布団の中で何度も体勢を変え、どうにか眠ろうとするけど、レオン殿下が近くにいる感覚が強すぎて、心臓がずっとドキドキしていた。
(なんでだろ、今まで任務で一緒に野宿とかしたこともあるのに……)
だけど、その時は「上司と部下」だった。今は「婚約者」という立場。しかも、さっきまでヒートのことでいろいろ考えちゃったせいか、妙に意識してしまう。
レオン殿下の寝息が規則正しく聞こえてくる。彼は完全に眠りについているようだ。
その美しい寝顔を見つめながら、オレは夜明け近くまで悶々と過ごすことになった。
振り返ると、そこには元後輩、ルークが立っていた。
濃い茶色の髪と同じ色の大きな瞳が特徴的な小柄な若者──ルークだ。いつも人懐っこい笑顔を浮かべていて、好奇心旺盛な性格は昔から変わっていない。騎士見習い時代、よくオレについてまわっていたんだよな。
「ルーク! 久しぶりだな!」
オレは思わず笑顔になった。騎士団の中で、こうして自然に話しかけてくれる奴がいるのは正直かなり嬉しい。
「先輩、元気そうで安心しました」
ルークの声には素直な喜びが込められているように感じられた。オレが王宮を離れた後、心配してくれていたんだな。
そのとき、レオン殿下がオレたちの方をちらりと見て言った。
「セリル、ゆっくり話したいだろう。私は先に部屋に戻っている」
レオン殿下はそう言って、廊下の向こうへと歩いていった。気を使ってくれたんだな。
「先輩、ちょっと食堂のほうに戻りませんか? ぼく、先輩に色々聞きたいことがあるんです!」
ルークの顔は興奮で輝いていた。まるで猫が面白い獲物を見つけたかのような表情だ。相変わらずだな、こいつは。
「ああ、いいよ」
そうして俺たちは、改めて先ほどの食堂に戻ることになった。食堂に向かう途中、ルークはずっとオレの袖を引っ張りながら歩いていた。まるで昔みたいに。
食堂につくと、そこにはもう誰もいなかった。オレたちは無人になったテーブルに向かい合って座る。
「先輩! 話してください!」
すると、ルークはまくし立てるように質問し始めた。
「どうして突然いなくなったんですか? どうしてレオンハルト殿下の護衛になったんですか? どうして婚約者なんですか? そもそも先輩、オメガだったんですか? 隠してたんですか? ベータだというのは嘘だったんですか?」
「ちょ、ちょっと待て! ひとつずつ答えるから!」
オレは圧倒されながらも笑った。相変わらず勢いがあるなぁ。
「まず、オレがオメガになったのは最近の話なんだ。元々はホントにベータだった」
「え、ベータからオメガに?」
「そう。覚えてるか? 去年ここの砦で起こった戦いで、オレがレオン殿下をかばって毒矢を受けただろ?」
「もちろん覚えてます。先輩が突然殿下を突き飛ばして、矢を受けて……みんな心配したんですから」
「その毒が原因で高熱を出して、数日間寝込んじまってな。熱が下がったら、なぜかオメガになってた」
ルークは驚いた表情で口を開けたまま固まっていた。
「そんなことってあるんですか?」
「医者も『珍しいケースだ』って驚いてたよ。オレもビックリしたさ」
「それで騎士団を辞めたんですね……」
「そう。規則だからな。『オメガは騎士になれない』ってやつ」
オレは少し苦い表情になった。でも、騎士団の規則なんだから仕方ない。
「でも、どうして殿下の婚約者に?」
「それは……」
オレは少し言葉を選んだ。見せかけの婚約だとは言えないし、なんて言えばいいんだろう?
「……レオン殿下が、オレを護衛騎士として雇いたいって言ってくれたんだ。でも、オレみたいなオメガが騎士をやるには、特別な立場が必要でさ」
「婚約者という立場ですか、なるほど!」
ルークは納得したように頷いた。
「先輩が変わらず、元気でよかったです。みんな先輩のこと、心配してたんですよ?」
「そうか? あいつらは、オレのこと避けてるみたいだけど」
「ふふっ、みんな先輩のこと心配してますよ。ただ、どう接していいか分からないだけで……」
ルークの言葉に少し救われた気がした。騎士団の仲間たちの態度に少し傷ついてたけど、対応に困ってただけなららまだ納得できる。
「それにしても……」
ルークの表情が突然変わり、なぜかニヤリと笑った。
「先輩とレオンハルト殿下って、そういう関係だったんですね~」
「は?」
「だって、婚約者ってことは、やっぱり夜は一緒に……」
「ちょ、違う! 違うぞ!」
オレは慌てて手を振った。顔が熱くなるのを感じる。
「そういう関係じゃないから! あくまで形式上の婚約であって──」
「えー、そうなんですか?」
ルークは信じていない様子で、さらに続けた。
「でも先輩、オメガならヒートがありますよね? その期間はどうするんですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。そうだよな、ヒートのこと。アドリアンも言ってたし……。
「抑制剤を飲めば……」
「抑制剤だけじゃダメなときもありますよね?」
ルークの表情が真剣になった。
「それに、万が一にも先輩のヒートに当てられて、誰かが先輩と関係を持ってしまったとしたら……」
彼は声を潜めて続けた。
「先輩、王族との婚約者なのに他人と通じたということで、姦通罪で下手すると死罪になっちゃいますよ?」
「え……」
オレは血の気が引くのを感じた。そんなこと、全く考えてなかった……。
「えっ、先輩、気づいてなかったんですか?」
ルークは驚いたように目を見開いた。
「先輩は王族との婚約者なんですから、そんな貴方と関係を持った人がいれば、先輩も相手も確実に反逆罪で重罪です。気をつけてくださいね?」
冗談めかして言われたはずなのに、オレの頭の中はパニックになっていた。
「ま、まあとにかく! そういうことにはならないから……大丈夫だよ」
オレは何とか明るく振る舞おうとしたけど、内心は混乱していた。
会話を終え、ふらふらしながらレオン殿下との部屋に戻る。廊下を歩きながら、頭の中はグルグル回っていた。
(姦通罪……死罪……マジかよ……)
部屋のドアを開けると、レオン殿下が書類を読みながら待っていた。
「おかえり。話はできたか?」
「あ、はい……」
レオン殿下はオレの様子がおかしいことに気づいたらしく、眉をひそめた。
「どうした? 顔色が悪いが」
「いえ、なんでもないです……」
椅子に腰掛けながら、オレは改めて自分がヒートになった時のことを考えていた。
(常に抑制剤は持ってるけど、それでも効かなかったらどうする?)
アドリアンは緊急用の抑制剤をくれたけど、それでも効かない可能性もある。その時は……レオン殿下を頼るしかないのだろうか。
(レオン殿下も、それでいいと言ってくれたんだよな……)
でも、好きでもない人とそんなことをするのは──。
そこまで考えて、オレはあることに気づいた。
(レオン殿下とそういうことをするって考えたら……恥ずかしさはある。……でも、嫌じゃない)
むしろ、もし本当にどうしようもなくなった時にレオン殿下が傍にいてくれるのなら――他のどんな奴が傍にいるよりも、安心できるような気がする。
(どうして……?)
「セリル」
突然の呼びかけに、オレは思考から引き戻された。
「明日から騎士団のメンバーと手分けして砦の本格的な調査が始まる。今日は早めに休め」
「は、はい。わかりました」
オレは無理やり先ほどの思考を中断させようとした。でも、さっきの考えが頭から離れない。
やがて就寝の時間となった。この部屋には二つのベッドがあるものの、かなり近い位置に置かれている。
「それでは、おやすみ」
レオン殿下がランプを消し、部屋が暗闇に包まれた。
「……おやすみなさい」
オレはベッドに潜り込んだ。でも、なかなか眠れない。ほんの少し顔を向ければ、レオン殿下の寝顔が見える距離だ。
薄い月明かりが窓から差し込み、彼の輪郭を照らしていた。端正な横顔、整った鼻筋、長い睫毛……。普段は厳しい表情をしている彼も、寝顔は穏やかで、どこか無防備に見える。
(あーもう、なんでこんなに落ち着かないんだよ!)
オレは布団の中で何度も体勢を変え、どうにか眠ろうとするけど、レオン殿下が近くにいる感覚が強すぎて、心臓がずっとドキドキしていた。
(なんでだろ、今まで任務で一緒に野宿とかしたこともあるのに……)
だけど、その時は「上司と部下」だった。今は「婚約者」という立場。しかも、さっきまでヒートのことでいろいろ考えちゃったせいか、妙に意識してしまう。
レオン殿下の寝息が規則正しく聞こえてくる。彼は完全に眠りについているようだ。
その美しい寝顔を見つめながら、オレは夜明け近くまで悶々と過ごすことになった。
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